これまで何度も何度も優勝のチャンスがありながら、いつも肝心なところでモタモタと無様な負けを繰り返し、その度に優勝はおろか、寸前まで手にしかけていた横綱の地位さえ取り逃がしてきた大関である。
国技館には何度ファンの悲痛な叫びが渦巻いたことか。
この初場所も8日目まで1人全勝で来て、このままいけばいよいよ悲願の…と思った矢先、9日目に何と絶不調の大関にあっけなく寄り切られる体たらくだったのだ。
またいつもの繰り返しかと、ほとほと呆れかえったものである。
しかし、あろうことか実力ナンバー1の白鳳はあっけなく連敗するわ、7日目には横綱日馬富士、11日目には同じく横綱の鶴竜が休場してしまい、稀勢の里にはだいぶ楽になったと思っていたら、何と何と13日目には対戦相手だった大関豪栄道が前日の取り組みで足を怪我して休場してしまったのである。
目の前から難敵が次々に姿を消していくのである。
さらに驚いたことには不戦勝の勝ち名乗りを受けに土俵に上がった稀勢の里に、大観衆は口笛を鳴らし、盛大な拍手と歓声で祝福したのである。
あの時の客の反応は、いつもあと一歩のところで大願を逃してきた情けない男に対する憐みの情といったもので、とにかくどんな形でもよいから一度優勝だけは味合わせてあげたいという、心底優しい思いだったのである。
これまでの勝負の神様の無慈悲な態度に、いくらなんでもそこまでいじめるのか、かわいそう過ぎるじゃないかという一種の反感もそこには混じっていて、勝ち方なんかどうでもいいのだ。
星取表に白い星が並ぶかどうかが問題なのであって、最後にほかの力士より白星が1個だけ多ければいいのだ。不戦勝はまさにそういう白星だったのである。
13日目までの経緯はそういうものであったのだ。
ところがこれまで何度も冷や水を浴びせてきた勝負の神様の側にも罪滅ぼしの気持ちがあるのだろう。
14日目に念には念を入れたのである。
すなわち千秋楽に勝負をさせると神様の気が変ってしまって、白鵬が本番で勝って追いつき、さらに相星での決定戦でも白鵬に勝たせてしまうという、稀勢の里にはむごすぎるオプションが残ってしまいかねないのである。
勝負の神様は恥じていたのだ。これまでの仕打ちを。
転ばぬ先の杖である。14日目に稀勢の里を勝たせ、それを見届けると、普通なら白鵬が負けるはずのない平幕力士を勝たせて、千秋楽の大一番を前に優勝という二文字を届けたのである。
罪滅ぼしもそこまでやるかという感じである。
白鵬が敗れた瞬間、支度部屋に戻っていた稀勢の里の目から一筋の涙が頬を垂れるのがテレビ画面に映った…
千秋楽は自分の実力を出す番である。勝負の神様はもう何の手出しもしないだろう。
一度高みからの景色を味わった者は変わるのが普通である。一皮むけるはずである。むけなければいけないのだ。
それができれば横綱まで一気に駆け上がれるだろう。千秋楽はその試金石となる。
それにしても手の込んだことをする神様である。
横浜駅東口のそごうとスカイビルとの連絡通路から見えた富士山
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