昨日のことである。いつものように午前4時過ぎに起きてすぐ、まだ雨が弱かったベランダに出て外の様子をうかがって室内に戻った途端、階下から断続的な電子音が聞こえてきているのに気付いた。
数秒おきに「ピッ !」という鋭く乾いた音がする。
とりあえずトイレを済ませ、歯を磨き顔を洗う間も続いていた。
音そのものはけっして大きい訳でもなく、響き渡るような音でもないが、寝静まった家の中、しかも階段を上がったところに設けたドアも何もない8畳くらいのスペースに座っているものだから、階段を通してダイレクトに届く音がやけに大きく聞こえるのだ。
しかも何がこの音を出しているか分からないところが、不安で落ち着きを奪う。
確かめに階下に降りて電子音を出しそうなものが並んでいる台所に立ってみる。
先ず冷蔵庫。
しばらくじっと佇んでいると案の定冷蔵庫から音が聞こえた(少なくともそう聞こえた)。
最初は長い間扉を開けておくと鳴り出す警報音かと思ったのだが、扉はいずれもしっかり締まっているのを確認しても尚、音は止まない。
で、あれこれ冷蔵庫の中に頭を突っ込んで耳を澄ますがラチが明かない。
そのままにして妻が起きてきたら一緒に原因を探ろうと思ったが、2階に上がってパソコンを触り始めると音が気になって仕方ない。
警報音を無視するのもナンだなあと思い直し、止む無く妻を起こして一緒に階下に降りる。
するとややあって妻は音を出しているのは冷蔵庫ではなくてガスコンロとその隣の食洗器あたりからだと言い始める。
ボクもそちらに耳を近づけてみると、なるほどそうかもしれないと思う。
ガスだとすれば万が一の場合は一大事である。尋常ならざる大きな事故につながりかねない。
それから未明の原因究明大捜索が始まった。
ガス台の着火電源である乾電池を入れ替えてみたり、魚焼きグリルの具合を確かめたり…
それでも音は出続ける。
そのうちひょとすると隣の食洗器かと、こちらにも首を突っ込んであれやこれや調べてみるが手掛かりはない。
…そして話は飛ぶ。
結局、原因究明を諦めたボクと妻はガス屋さんに来て点検してもらう道を選択し、昼少し前、ガス屋さんはやってきた。
ボクは立ち会わなかったが、階下から断続的に聞こえていた声が突如笑い声に変わったのを聞いて「何事か ?」といぶかった。
ガス屋さんがそそくさと帰って行った後の妻の説明によると、警報音を出していたのはガス台のすぐそばの天井に設置した火災の発生を知らせる煙検知器の電池切れを知らせる音だったのだ。
「奥さん、音がしているのはガス台じゃなくてこっちの煙警報器からですよ」
これには参った。
台所には冷蔵庫やらガス台やら電子レンジやら、電子音の警戒音を出しそうなものがいっぱい並んでいる。その一つ一つを調べたつもりだが、一つ忘れていた。
天上に設置した警報機の存在がすっかり抜け落ちていた。
我が家に5か所設置してあるが、すべてボクが取り付けたものである。
時々警報音が正常に鳴るか、垂れているひもを引っ張って点検したりもしているのに…
確かにボクの耳は左がほとんど聞こえず、日常生活では全く役に立たない。
で、右の耳ひとつで様々な音を聞き分けているのだから、差障りはいくらでもある。
例えば電車の中で聞こえない左耳の側に座った人から話しかけられても何も聞こえないし、オフィスの机の電話機は通常は左側が定位置になっているがボクは右側に移動させる。右の耳に受話器を当てなければ聞こえないから。
あるいは森に分け入った時に聞こえてくる鳥の鳴き声がどこから聞こえているかを確かめるのは至難の業なのである。
ウグイスが鳴いたことは分かっても、どこにいるのか皆目見当がつかない。
大捜索を行った未明の台所がまさに森の中と一緒だったという訳なのだ。
まっ、耳の悪さは致し方ないとしても、もう少し頭を柔軟に使っていたら天井の防災機器にまで注意が及んだろうに、そこが抜け落ちていたということがボクにははなはだ気に入らない。
しかも夫婦そろって…
こういうのを「ローカ」現象というはずである。
今度ばかりは身に染みた。
どうもそういうことのようである。