雪見障子越しに日本庭園が見える和室の個室で、同じ部屋ではないが現役時代に何度か人を招いたり招かれたりで使った覚えがある。
話は飛ぶがサッカーの岡田武史日本代表監督ともこの店で杯を交わしながら歓談したことがあった。
2003年か4年の話で、その頃岡田さんは環境問題に力を入れていて、その辺りの話も盛り上がったのをおぼろげながら覚えている。
なかなか落ち着いた店である。
部屋に案内されると仲居さんが紫色のちゃんちゃんこと頭巾を持ってきてこれを羽織ってくれという。
還暦は真っ赤なちゃんちゃんこだが、紫は貴族や僧侶の世界同様最高位者が身に付ける色だそうで、それにあやかったものだろうという。
ちなみに77の喜寿と90の卒寿も紫色、80の傘寿と88の米寿が金茶色(黄)、99の白寿が白色、100歳の百寿は桃色だそうな。
妻と並んでこんなものを初めて身にまとったのだが、全員そろって記念撮影してもらった写真を見ると自分なりに「ふむ、似合ってるじゃん」と感じたのだからいい気なものである。
でも当然のことだが、写真に写っている顔つきを見ると眼光や顔の表情そのものには幾分のゆるみが漂うが、いわゆる好々爺然とした老人顔ではないのは当然である。
その辺りはちょっぴりだが安心した。
70などはまだハナタレの部類だろうから当然と言えば当然なのだ。
姫と妹君と若の3人は初めて見るボクらのちゃんちゃんこ姿に「ジイジ 似合う~」とか言いつつ物珍しそうにニコニコしていた。
還暦の時には歩いて行ける七里ヶ浜の小さなフレンチレストランを借り切ってお祝いしてあげたじゃない、2度目よと娘たちは言うが、申し訳ないことにあまりよく覚えていなかった。
で、必死に記憶の糸を手繰るとかすかに往時がよみがえり、その店こそ仕事でお世話になった社外の大先輩に何度か勧められていた店で、それをオーナーシェフに話したら随分とサービスしてくれたことを思い出した。
普通はそれをきっかけに何度も通うようになるんだろうが、振り返ってみるとその時が最初で最後。しばらくすると歳も取っていたからだろうが店をたたんでしまった。
そもそもフレンチより焼き鳥屋の方が性分に合うのである。
姫は間もなく10歳になるお姉さんだし蝶ネクタイを締めた若も会食中はおとなしくしていたが、元気印の妹君ははしゃいで部屋中を走り回るものだから勢い余って障子でも破かないかとハラハラした。
料理はどれもおいしかったし、青森の「豊杯」という冷たくした特別純米酒がことのほか美味しく、妻は「私は1杯だけで十分」とかなんとか言いながら、気が付けば杯が空になっていてその都度酌してあげたから5、6杯は飲んだことだろう。
元々酒は弱くないのだ。
結局3合飲んだ。物足りなかったのだが、昼間でもあるし物足りないくらいがちょうどよい。それにしても日本酒というものは日本料理を引き立てる。
という訳で、今回の記念の食事は孫も一緒だったし、還暦の時のように忘れかけてしまうようなことはないだろう。
2人には散在をさせてしまった。感謝あるのみ。ありがとう。
料理の写真を載せるのは趣味ではないが記念なので…




特別にタイの入れ物に入った赤飯が付いた


天竜川のアユ




花束までもらった