ボクの家の西側に面したアスファルト道路と大谷石積みの石垣の間のわずかな割れ目から顔を出していた〝単なるススキ〟が、お茶のお師匠さんにとっては大切な茶花だというから驚く。
〝単なる〟と記したが、この形容詞では少し可哀想かもしれない。
なぜって、わずかな隙間から顔をのぞかせているということは、かなり生育条件が厳しいということに外ならず〝ど根性ススキ〟と呼ぶにふさわしい側面も持つからである。
このお茶のお師匠さんはご近所に住む妻の友人である。
つい最近「お宅のご主人は植物を育てるのがお上手だから、ぜひ育ててみてほしいんです」と琴線に触れるような言葉と共に江戸時代から続く「変化朝顔」のタネを置いていった人である。
そのお師匠さんが「お茶席に活ける貴重なススキだから根こそぎ抜いてしまうなんてことはしないでね」と目を輝かせながら妻に言ったそうである。
「だからアナタも気をつけてね」という訳なのだが、聞いたボクはびっくりである。
まぁ確かにお茶席に活けるススキが野っぱらに生えているような、茎も太ければ葉も分厚いデリカシーのかけらもないようなススキでは「わび・さび」もヘッタクレもあったもんじゃないなとは察しが付くが、まさか〝ど根性ススキ〟がやんごとないススキだったとはお釈迦様でも気付くめぇ~ってやつである。
やんごとなきススキ御前のお名前は「イトススキ」とあらせられる。
NHK趣味の園芸植物図鑑によれば「葉が幅5mm前後と大変細いススキの品種。草丈は標準的なススキの半分~2/3ほど。各地のやせた尾根などに見られる。葉が立ち上がり、あまり広がらないのも特徴。一般家庭で庭に植えるなら、このイトススキをすすめる。斑入り(白覆輪)のタイプもあり、これもたいへんよい」とべた褒めである。
そういう和気清麻呂だったとは恐れ入谷の鬼子母神だが、やんごとなきお方様がお暮らしとあっては大切に保護していかねばなるまい。
と、言ったって特段朝晩水をやるわけでもなく、ましてや肥料をあげるようなことはしない。何せ出自は「やせた尾根」なのだから過保護は禁物である。
お師匠さんの言うとおり、根こそぎ引っこ抜くことだけはしないでおこうと思う。
ススキの仲間は晩秋に綿毛と共に種を遠くへ飛ばすことで子孫をつないでいるが、それにしてもどこからやってきたんだろう。
近所には庭を奇麗にしている寺があるし、市内にはたくさんの寺がある。
案外そんなことだろうか。
ともあれ、今年の中秋の名月にはこのイトススキ御前を花瓶に活けて月見をするのがやはり大切に保護していく上での決意であり、礼儀というものだろう。
ボクの方はもはや枯れススキなんだけど、早速やってみるつもりである。
やんごとなきイトススキ様の御姿。恐れ多くも窮屈なところでお暮らしであることよ。葉の細さと柔らかさがいかにも繊細である。
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