平方録

雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ…

わが家の日当たりのよい2階のベランダで中玉トマトがたわわに実り、ようやく色づきかけてきている。
数えてみたら、なんと大小合わせて60個を超えている。
夏の思い出話でもなく、温室の中の話でもない。そもそも温室なんか持っていないのだ。しかも、ここ1日2日比較的暖かい日が続いているとはいえ、正真正銘の師走のベランダでの話である。

そもそも、この時期にトマトが露地栽培で生っていること自体が驚きだが、事の発端から記せば、初夏に6本買って育てたミニトマトと中玉トマトの脇芽を摘んだものを、空いていたプランターの土に何気なく挿してておいたものがぐんぐん成長してきたものなのだ。
夏が終わり、ほかのトマトは葉を落とし実も生らなくなったので引っこ抜いたのだが、こちらは放りっぱなしで、その存在すら忘れかけていたのである。
秋になっても暑い日が続いたせいなのか、そのノーマークの間にも成長を続けていたようだ。株の勢いは衰えるどころか、いつの間にか花が咲き、次々と実をつけ始めたのである。
しかも、隣に置いておいたアサガオの鉢のアサガオ用の支柱に寄りかかって伸びようとしていたのだ。
これには正直言ってほだされ、9月下旬にアアガオを取り除いた後、横に倒れていたものも含めて支柱に縛り付けてあげたところ、改めて花を咲かせたりし始めたのである。

夏のトマトと違うのは、実が生ってもすぐには大きくならず、大きくなってもなかなか赤く色づかないんである。しかし、この株の生命力は驚くべきもので、赤くならずに落ちてしまうんだろうと思っていたものが、徐々に大きくなり、やがて時間をかけ、緑の中に薄っすらと赤みが差してきているのだ。2週間くらい前に、一足早く赤くなった実が2つあり、妻と一粒ずつ口に入れてみたが、十分に甘かったのである。時間をかけた分糖度が上がるものなのか、その辺はわからないが、今後の師走トマトが楽しみなのだ。

思えば夏の暑さの日々を乗り越え、つい先日の11月24日には1センチも雪が積もるという、前代未聞の珍事にも遭遇し、それらにも全くめげることもなく、動じることもない。
真っ白で冷たい綿帽子をかぶったトマトなんて想像の世界の出来事だったのである。
雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ… の宮沢賢治の言うとおりのトマトなのである。

元はといえば南米アンデス山脈の高地が原産地らしいから、遠い故郷は雪くらい降るようなところかもしれないが、雪の積もるシーズンに活躍する植物であるはずがない。太陽をたっぷり浴びるところから、あの真っ赤な実が獲れるはずなのである。
ということは、わが家のトマトははるか古のご先祖様も体験したことのない「雪」という自然現象にもめげることなく、今現在、こうして育っているという、稀有な体験をしているトマトなのではあるまいか。
何という健気さ! 何という愛おしさ!

この間、肥料なんてあげてもいないし、そもそも何かの植物を引っこ抜いた後放置していたプランターに挿しておいただけなのだから、キツネにつままれたような気分でもある。
こうなったら元旦の食卓にベランダからもいだばかりのトマトを並べてみたいものである。ひょとしたらひょっとするかもしれない。




たわわに実り、徐々にだが色づき始めた‟師走トマト”


アサガオの支柱がすっかり気に入った様子の‟師走トマト”
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