こうなると、せっかくじゃ! 太陽の光を浴び、オゾンを胸いっぱい吸ってこようか、という気分になるもんである。
元々痛めていた右の膝の具合が思わしくなく、自転車を強く漕いだりするとちょっと痛みが走ったりするものだから、しばらく自重していたのである。
坐禅をしている時でさえ、右ひざには違和感があり、正確に言えばきちんと折りたたみ出来ないのである。
まあ、座禅の組み方はともかく、正座は完全に無理で、どこか炎症か何かを起こしているらしく、若干腫れてもいるのだ。
サッカーをやっていた頃からの古傷で、ここ数年、膝の痛みというのは時々感じていたのだが、今年は春先に姫と遊んだ際、準備運動もしないまま、いきなりダッシュやら急な方向転換やら、膝を激しく使うことをやってしまったのが悪化の原因である。
若い頃はこんなことはなかったが、経年劣化による身体のさまざまな部位の衰えは正直に認めざるを得ないのである。
ならば治るまでじっとしていればいいじゃないかという人もいるだろう。
しかし、その通りじっとしているか、こんな気持ちの良い日をむざむざ家の中で過ごすか、という選択肢が示されれば自ずと明快なのである。
元々動かすのが役目の関節の不具合は動かして直す方が早く治るようである。理屈よりも精神論が勝っていた高校時代の部活では、しばしばそう言われて、しかし、その通りだったのである。
特に関節という部位は、程度によるけれど、ある程度動かしていたほうが治りがいいような気がする。
じっと動かさないでいると、周囲の筋肉も衰えてしまい、取り戻すまでにそれなりの時間がかかってしまうのだ。
で、タイヤの空気を入れ直して出発。湘南海岸に出て海沿いを茅ヶ崎まで片道15キロ走ってきたが、漕ぎはじめのころはさすがに若干の痛みがあったが、不思議なもので、しばらく動かしていると膝の中の潤滑油が暖まるのだろうか、動きがスムーズになり、いつの間にか痛みは消えてしまった。
激しい動きには耐えられないだろうが、規則正しく、緩やかに動かす分なら、むしろ動かした方が良いという証明なんじゃなかろうか。
これまではそうして治してきたのである。論より証拠なのだ。経験知でもある。
使いながら治す、案外、的を得ているのかもしれない。
しかし、何事も過ぎたるはナントヤラ。無理は禁物である。2時間少々で戻ってきた。
結局平均時速は15キロだったから“リハビリ漕ぎ”とでも名付けるとするか。今回も首尾よく膝が回復すると嬉しいのだ。
戻ってきて蚊の攻撃にされされながら、サルビアと初めて種まきした黒い花を咲かせるニチニチソウを庭に移植する。
雑草を抜きつつ、バラの花がらを取りつつやるので、時間がかかってしまったが、金曜日から旅行に出かけるので、ポットに植えたままでは水が不足して枯らしてしまうことになるので、仮植えも含めて50数本の苗の移植を急いだんである。
今度は腰が悲鳴をあげかけたが、それもだましだまし何とか乗り切り、今のところ寸止めで踏みとどまっているようだ。
膝だ、腰だと我ながらホトホト情けないが、これが現実というものなのだ。何だ? ジジイへの直線道路が急に目の前に現れたか?
結構、疲労も感じるのだ。疲れたのだ。あぁ、やっぱりジジイか。
辻堂西浜に咲いていたハマニガナ。砂の飛散を防いでくれる存在でもある
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