韓国ドラマ「病院船」から(連載95)
「病院船」第9話➡三角関係のはじまり⑤
★★★
「待て」とジェゴル。何か閃いた顔になる。「つまり、麻酔だけが問題なんだな?」
「だったら俺に手がある」
「どんな手?」とウンジェ。
「ソン先生は決して認めないだろうが、鍼で麻酔をやる」
「…」
「研修医の頃からこれを専門にしてきた」
「ジェゴル」とヒョン。「気持ちは分かるが」
「鍼麻酔だけで手術するのは無理でも」
ジェゴルは鍼麻酔のレポートを手に必死に説明する。爺やを助けたい一心でだった。
「局所麻酔と鎮静剤を併用すればいい。全身麻酔に―近い効果は出る」
「ジェゴル…」
「疑うのも無理はない。だが、もし効果がなくても―試す価値はある。脊椎を傷つけないから患者に負担もかからない」
ジェゴルはウンジェを見た。
「やるだろ?」
「…」
「先生は―患者を失えないはず。俺も失いたくない。俺には―父より大切な人だ」
「…」
「クァク…いや、ヒョナ…俺は…」
ジェゴルは目頭を押さえた。
「ジェゴル」とヒョン。「やってみようか、俺たち」
そう言ってウンジェを見た。
「先生は止めても手術するだろう? 手術を強行するならできるだけ安全策を用意したい」
「鍼麻酔が安産策になると?」
「ああ。他に手段がない状況だ。痛みを減らせばリスクも下がる。だから少しでも痛みを軽減できるなら、僕はどんな手でも試すつもりだ。最悪でも患者に害はない」
「ソン先生」
ジェゴルは訴えるような目をウンジェに向ける。今までに見せなかった真剣なまなざしだった。
ウンジェは立ち上がる。
「わかったわ」
「ほんとに」
「やってみましょう、それを」
3人は決意を漲らせて頷きあった。
★★★
ウンジェ達はパク・スボンを手術する態勢に入った。
しかし、彼は手術するのを嫌がった。ゴウンの説得に手術台の上で抵抗を続けた。
「いいから、このまま死なせてくれ。起きたまま腹を割かれるなんて御免だ。冗談じゃない」
ゴウンは必死に説得を続ける。
「意地を張らずに手術を受けてください。治れば元気になれるんですよ」
「離せ」
スボンは暴れてゴウンらを寄せ付けない。しかし、暴れすぎて今度は患部を押さえて痛がる。
「いたっ! 痛い!」
ちょっとでも触ると暴れるから傍観してるしかすべがない。
痛みで大人しくなったスボンは言った。
「頼むから…私を台からおろしてくれ」
そこへジェゴルとヒョンが支度して入ってきた。
「帰る。このままどこかへ行って死んでしまえばそれまでだ」
ジェゴルは厳しい表情でスボンのところへ進み出る。
「手術なんか受けないぞ。このまま帰らせてくれ」
ジェゴルは駄々をこねる爺やの手を取った。両手で包んだ。ジェゴルに気づいてスボンは大人しくなる。
しばらく見つめ合う。
握った手を通じて爺やと過ごしたたくさんの思い出がジェゴルの脳裏で拡がる。
老いたこの手に孤独で寂しかった時間をどれだけ癒されたことか。そういえば爺やに”死ぬんだ”と言って駄々をこねた日もあった…
昔の爺やに戻って元気な姿をこれからも見せ続けていてほしい…この思いはジェゴルにとって祈りのようなものだった。
ジェゴルは爺やの前で跪いた。
「ずいぶんわがままだな」
「…」
「それは俺の専売特許だ。真似するなよ」
スボンは目をつぶってジェゴルの話を聞いている。
「怖いの? …俺はそうだった。兄ばかり構う両親を見て、俺はいつか捨てられるのかと―怖かった。だからわがままを繰り返した。そんな時、爺やが俺の手を取り、こうやって慰めてくれた」
「…」
「この手にはたくさん世話になったね。自転車の乗り方も―教えてくれた。普通は父親がすることを…俺は爺やにしてもらった」
スボンは目を開けた。涙ぐむジェゴルを見た。
アリムも涙ぐんでいる。ゴウンも、ウンジェまでも…。
スボンは口を開いた。
「お前は…いつまで私を”爺や”と呼ぶんだ」
「…」
「幼い頃は…さみしい子だからと甘やかした」
「…」
「だが、私が手術を受けて元気になったら、まず最初にお前の根性を叩き直さないとな…!」
「手術を―していい?」
スボンは笑顔を覗かせた。目をつぶり、小さく頷いた。
ジェゴルは感激で泣き出す。
スボンは腕を伸ばした。うれし泣きするジェゴルの涙を親指で拭い取った。
「手術前に泣いちゃいかんだろ」
スボンはそう言って笑い声を立てた。
「大きな手だ。ジェゴルも成長したんだな」
スボンの承諾で手術の準備が進行する。ジェゴルは爺やの鍼麻酔をかける。準備が整うとウンジェはリドカインを打つ。
「もう一本」とウンジェ。
外では医療と直接には関係ないスタッフまで手術の成り行きを気にしている。
「心配で落ち着かない」
船長は動き回りながらぶつぶつ言っている。
「気が散るのでうろうろしないでください」と甲板長。
「冷たいヤツだ」
後ろで事務長が大人しくしている。
「そこで何してる?」
船長は下から事務長の顔を覗き込む。
「どうした? 泣いてるのか?」
「何言ってる。泣くわけないだろ」
「心配なのか?」
「そうじゃない」
事務長は笑いながら説明した。
「医者たちが力を合わせて患者を救おうとしている。その姿に胸が熱くなった」
船長は頷く。
「感動するのも当然だ」
手術は順調に推移した。
「手術部をもう少し広げて」
助手のヒョンが対応し、部位を広げる。
スボンは呻く。全身麻酔がかかっていないからだ。
「大丈夫だよ」ジェゴル。「感触だけで痛みはない」
ウンジェらにOKのサインを出す。
待機状態の医療スタッフの話題は当然手術のことだった。
食堂へやってきて看護師が切り出した。
「本当に鍼で麻酔ができるの?」
「どうだろう…韓方科の看護師の私にも信じられない」
1人がジュニョンに声をかけた。
「ジュニョン先生」
行きかけたジュニョンは立ち止まる。
「先生はどう思います?」
「僕は奇跡を願って祈るだけだ」
「先生!」
手術室から誰かの声が響いてきた。