雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載90)








 韓国ドラマ「病院船」から(連載90)






「病院船」第8話➡微妙な関係⑪




★★★


 海洋警察がやってきて病院に到着するまでの間、母親の手を握り続けているジェゴルを見ながら、ウンジェは母親の死に立ち会えなかった自分を思い起こしていた。自分の前で母はとうとう蘇らなかった。…


 海洋警察の船が駆けつけてハン・ヒスクは巨済の病院に運びこまれた。
 到着を迎えた医師はウンジェの緊急処置を褒めたたえた。
「聴診で心筋梗塞が分かるとはさすがだな」




 朝のランニングで、ウンジェが毎日聞いている心臓の音をヒョンはずっと聞いていた。
 そこへヨンウンが姿を見せた。
「ヒョンさん、帰りましょ。みんな帰ったわよ」
「やめてくれ。頼むから一人にしてくれないか」
 ヨンウンは息をつく。
「まだ、機嫌が悪いのね」
 さらに話そうとすると、ヒョンは立ち上がった。そのままヨンウンの前から立ち去った。




 ヒョンは海岸を走った。走りながら、ウンジェが毎日聞いている心臓の音を聞き続けた。


★★★


 連絡を受けてキム・スグォンが病院に駆け付けた。長椅子に腰をおろしているジェゴルに訊ねた。
「母さんは?」
「中に」
 よほど急いで来たらしく息が荒い。
「お前が母さんの負担に?」
「ええ。少し…」
「この役立たずが…父親に反抗して韓方医なんかになるからだ。分かるか? それで母さんを苦しめているんだぞ」
「父さん」
 ジェゴルは立ち上がった。
「何だ」キム・スグォンは捲し立てる。「韓方医として何をしたんだ。母さんを救えたか?」
「…」
「何もできないのに医者と言えるのか」
「家族だからです」
 そう言ってウンジェが近づいてくる。キム・スグォンはウンジェを見た。
「キム先生が何もできなかったのは家族だったからです」
「ソン先生!」
「私たちも同じです。何人もの命を救ってきた医者でも、家族の前では無力です。動揺し、冷静さを欠き、我を忘れてしまう」 
 キム・スグォンは何か言いかけようとするが、ウンジェの言葉に出かかった声を呑みこむ。
「処置は終わりました。すぐに一般病室に移れます」
 一礼して更衣室に向かう。
 ジェゴルはウンジェの後姿を遠ざかるまで見送った。




 ジェゴルは母親の病室に入った。麻酔で眠っている母親の手を握った。何もできなかった自分の惨めさで涙を流した。


  
 着替えて病院を出たウンジェは1人で酒を飲んだ。聴診器で心筋梗塞を見つけた嬉しさもあって今日の酒は美味い。
 空けたグラスに酒を注ごうと握った酒ビンをひょいと横取りされてしまう。
 酒ビンを握り取ったのはヒョンだった。対面の席につくと手にした酒ビンをウンジェのグラスに傾ける。ウンジェは黙ってそれを受ける。
 ウンジェは目を合わそうとしない。そんな彼女を黙って見つめる。
 やがてポケットから携帯を取り出す。ウンジェから預かった携帯だ。テーブルにそっと置いた。
「いつから?」
 ウンジェはヒョンを見上げる。話そうとはしない。
 ヒョンはウンジェを見て言った。
「お母さんを亡くしてから、ずっと聞いてたの?」
 ウンジェは黙って酒を飲む。
 ヒョンは嘆息する。
「あの時…、僕がもう少し丁寧に診察してたら―どうだったかな」
「最低限の精密検査でもしていたら…」
「…」
「僕のこと、恨んでる?」
 ウンジェは顔を上げ、ヒョンをちらと見て答える。
「そんな余裕などなかった。自分を恨むのに精いっぱいだった」
 酒をぐびっと飲んだウンジェにヒョンは詫びた。
「ごめん」
 ウンジェは自分で酌をした。ぐびっとやってため息をついた。
 ヒョンを見て立ち上がり、カバンを握った。先にひとりでテーブルを離れていった。
 テーブルに残されたヒョンは両手で顔を覆い、何度もため息をついた。




 翌日、ウンジェは一番にハン・ヒスクの部屋に顔を出した。
「聞いたわ」ハン・ヒスクは言った。「私を助けたのは、ソン先生のお母さまのおかげね」
 ハン・ヒスクはウンジェの手を握った。
「これから私が母親になるわ」
「…」
「私を母親だと思って」
「ありがとうございます。生きてくださってありがとうございます」
 ハン・ヒスクはウンジェを見ながら、握った手をずっと離さなかった。




 ウンジェはハン・ヒスクの病室を出た。ハン・ヒスクと亡くなった母親の姿を重ね、ウンジェはひとり声を出して泣いた。  




 母を見舞うため病院にやってきたジェゴルは、自分の親不孝で死なせた母親を追慕して泣きじゃくるウンジェをたまたま見かけた。
 ふだんとかけ離れたナイーブな姿に意外性や可笑しさなどが混じり、拍子抜けさえ覚えるほどだった。
「何だよ…ほんとにソン先生? しかし泣き顔は可愛い…」
 泣きじゃくるウンジェからジェゴルは次第に目が離せなくなってしまった。




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