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韓国ドラマ「病院船」から(連載109)
「病院船」第10話➡他人行儀⑧
★★★
ヒョンの携帯が鳴った。
「検査を受けないって?」
「ええ。前回も検査を受けなかった」
「では、前回の所見は?」
「彼女が持参したカルテを見た。治療を始めるには検査が必要だ。自分は化学療法がいいと思う」
「僕が連絡してみます」
ヒョンはヨンウンに電話を入れた。しかし、電話はつながらない。留守電サービスになっている。何度かけ直しても同じだった。
もう一度かけようかどうか迷っているとこっちにかかってきた。
てっきりヨンウンかと思ったら違った。
「あの…ウジェだけど」
ウジェの話を聞いてヒョンはウンジェを見つけて声をかけた。
ウンジェは振り返る。2人は見つめ合った。
ウンジェと目が合った瞬間、ヒョンは思いとどまった。ウジェの言葉を反芻した。
―姉さんには秘密にしといて…。
ウンジェは怪訝そうにする。
「何?」
「いや、何でもない。ところでどこへ? 週末だけど」
ウンジェは短く答えた。
「救急室の仕事よ」
「では、気をつけて」
ウンジェは黙って背を返した。
★★★
ヒョンとギクシャクした話をすませ、寮を出たところでウンジェの携帯が鳴った。
電話は巨済病院の院長からで食事の誘いだった。
「救急室の仕事があります」
「交代させた。君はこちらに来てくれんか」
気の向かない電話だが、出向かないわけにいかない。
迎えの車が来て船に乗せられた。秘書は10分ほどだと言ったが、そんな短い時間で着くはずもない。海はかぜもなく穏やかだった。
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やがて灯台を設置した島に着いた。灯台を見てヒョンと一緒に来たことのある島なのを思い出した。
相変わらず眺めの良い島ででウンジェは”もしや”の不安を覚えた。
乗り気なく船をおりる。
到着するなり秘書の携帯が鳴った。秘書は無事に着いたのを報告する。
平日のせいか人はほとんど出ていなかった。ウンジェは舗装された坂道を歩いて目的の場所に向かった。
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ヒョンはウンジェの弟と会った。朝、弟の話をしなかったのは”内緒にしてくれ”とウジェから口留めされていたからだった。
ヒョンは訊ねた。
「お父さんがガンだって?」
「そうみたいなんだ。…」
「どうして知ったの?」
ウジェは衣服のポケットから紙切れを取り出した。ヒョンに見せた。
「父が中国にいた時の診断書だ」
ヒョンは診断書を広げた。
「中国語と英語で書いてあるけど、”cancer”はガンだよね」
ヒョンは黙って診断書に見入っている。
「どう思う?」
「君の父さんは今どこに?」
「かなり悪い?」
ヒョンは軽く息を吐いた。
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ウンジェは当該の屋敷にたどり着いた。庭先に入るとジェゴルが迎えた。
「いらっしゃい」
ウンジェは驚く。
「キム・ジェゴル先生がどうしてここに?」
ジェゴルは屋敷を振り返った。
「俺は院長の息子だよ」
「家族の集まりに先生も呼ばれたんだよ」
「…」
「緊張してる?」
ウンジェは困った顔になった。
「更なる緊張が待ってるよ。行こう」
ウンジェはやむなくついていく。
ジェゴルはウンジェを釣り場に連れてきた。視線の先にはキム・スグォンの姿があった。
「父さん」
キム・スグォンは振り返る。
「おお、来たか」
嬉しそうにする。
ウンジェは丁重に挨拶した。
「ソン先生、こちらへどうぞ。ジョゴル、場所を譲れ」
「はい」ジェゴルはウンジェを見た。「ほら、緊張が待ってた。よろしく」
「…」
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ウンジェはキム・スグォンの傍に行き、ジェゴルの握ってた釣竿を握った。
「ソン・先生は釣りの経験はあるか?」
「初めてです」
「覚えるといい。外科医にぴったりの趣味だ」
「…」
「頭を空っぽにする時間がたまには必要なんだ」
「分からないだろ?」
ウンジェが頷くとスグォンは楽しそうに笑った。空を見上げて言った。
「ここはもともと無人島だった。知ってたか?」
「知りませんでした」
「大波にもまれかけた釣り人が見つけたんだ。とんだ災難だったが、
島を発見して開拓につながった。ピンチがチャンスに変わったんだ。
分からんもんだろ、人の運命は?」
ウンジェは小さく頷く。
しばし間があってキム・スグォンは言った。
「私にとって、君はこの島のような存在だ」
ウンジェは院長を見る。キム・スグォンは横顔を見せたまま続けた。
「妻は命を落としかけたが、”島”である君に救われた」
「いいえ。私はただ…」
キム・スグォンはウンジェを見た。
「次は私の番だ」
ウンジェは黙って院長を見つめ返す。
「釣り人が島を開拓したように今度は私が君を支援したい」
ウンジェは慌てて何か言いかける。だがその時、院長の携帯が鳴った。