韓国ドラマ「病院船」から(連載7)
「病院船」第1話➡病院船に導かれし者⑦
★★★
その夕方、オ・へジョンに電話が入った。へジョンは妹のミジョンとくつろいでいた。そこに携帯が鳴ったのだった。
今日はまた一人、彼女のもとに病人を送り込んだ。そんな時は決まって娘は怒りの電話を寄こす。
鳴りしきる携帯を見てミジョンは言う。
「死神のお迎えが来たわね」
「どうしよう」
へジョンはミジョンを見た。へジョンは怒りの電話をよこすウンジェが苦手だった。
「どうもこうも出なきゃしようがないでしょ」
ミジョンは携帯をへジョンのもとに押し付けた。
「だって怒られそうだもの」
携帯はずっと鳴り続ける。へジョンは手を震わせながら携帯を握る。やっぱり出ることができない。
「出て」
ミジョンに代わりで出てもらおうとする。しかし、ミジョンは拒んだ。
「ウンジェの小言は聞きたくない」
「ああ、もう…」
「早く出て」
へジョンは仕方なく電話に出た。
「おお、ウンジェ、母さんよ」
「母さん、もう5回目よ」
「そうね、知ってるわ」
「今月だけで3件も」
「分かってるって」
「いい加減にもうやめて」
「ウンジェ、あのね」
「私を殺す気?」
「親に何てこというの」
「母さんが私に怒る資格はないはずよ」
「ああ、悪かったわ。母さんの考えが甘かった。ごめんなさい。ほんとごめんなさい」
へジョンはウンジェに謝りながらミジョンと目を合わせた。
ウンジェは乱れた髪を手指で押し上げた。
「これが最後よ。今度患者をよこしたら縁を切るわ。いい」
へジョンの言葉が言い終わらないうち、ウンジェは携帯電話を切った。
★★★
電話が切られたのは分からなかった。へジョンは電話の向こうにいる娘に向かって続けた。
「食事は…しっかり食べてる? 睡眠は? ちゃんと寝てるよね?」
応答がなくてやっと気づいた。この線はもうつながっていない。
「ウンジェ聞いてる?」へジョンは携帯を見た。「あら、切られたわ。しようのない子ね」
「当然でしょ」とミジョン。「シベリアの10倍くらい心の冷たい子だもの」
「何言うの。ああ見えて心根は温かいのよ」
「親ばかだわ」
「患者は診てくれるって」
「そもそも、娘が困ると分かっててなぜ患者を紹介し続けてるの?」
「わびしくて」とへジョン。「自分の人生が惨めで―退屈でやるせないからよ」
「…」
「夫が詐欺を働き、姿を消したせいで家も財産も差し押さえられた。その日から6年間、娘に家賃や生活費を頼ってきた。親なのに世話になり通しよ」
「…」
「私は自分で稼ぐ力もなくて、今は妹の家に居候してる。ほんとに情けない」
「姉さんったら…」
「ミジョン、私はね…ウンジェを自慢したくて―迷惑だと知りつつ患者を紹介しちゃうの」
ミジョンは姉の言葉にほだされだす。
「みんな、ソウルから戻ると口々にほめてくれるの。有能な医者の娘を持って羨ましいと…。その言葉が何よりも嬉しい。うれしくてならない。その言葉を聞くと私の人生も―失敗じゃないと思えてくるの」
ミジョンは涙ぐんだ。
「だからよ。患者さんが出てきたらあの子のもとに行かせてあげたくなっちゃうの」
へジョンは沈む夕日に目をやった。
当直勤務中のウンジェに電話が入った。キム・ドフン科長からだった。
呼ばれた場所はドウソングループの御曹司が入院中の病室だった。
その父親と科長がウンジェが現れるのを待っていた。
科長は言った。
「ドウソングループのチャン会長だ」
ウンジェは頭を下げた。
科長は続いてウンジェを紹介した。
会長もソファから立ち上がる。
科長はウンジェの紹介を続ける。
「当院が誇る外科のエースです」
「光栄です」
チャン会長は手を差し出してくる。
ウンジェはかしこまって会長の握手を受ける。
「事故直後の対応が見事だったと聞いてます」
ウンジェは科長を見た。
「教授の指導のおかげです」
ウンジェは無難に答えた。
「先生のように有能な人とは懇意にしたい。謙虚な人は好きだ」
すると後ろで入院加療中の御曹司が言った。
「僕はビジュアルが気に入った。男にモテるでしょ」
ウンジェは黙ったまま答えない。
「困ったヤツだ」と会長。「命拾いしたとたんに軽口など叩きおって…! 先生、どうかご容赦を」
「いいえ、かまいません」
とウンジェ。
2人は会長に挨拶して病室を出た。
外に出たところでキム・ドフンは言った。
「ソン・ウンジェ。お前は実力があるうえに空気も読める。実に頼もしい弟子だよ」
「とんでもないです」
「”寄付金が増える”と院長も喜んでる。何か望みはないか?」
ウンジェは足を止めた。
「院長が君に礼をしたいらしい」
少しためらって、ウンジェはそれを口にする。
「肝臓がんの疑いのある患者がいます」
「また、島からか?」
「…はい」
科長は携帯を取り出した。
「患者の名前は?」
「チャン・マンボクです」
科長は電話先に切り出す。
「チャン・マンボクさんの手術日程を組んでくれ」
指示を出した後、科長は訊ねた。
「私が執刀するか?」
ウンジェは黙って答えない。
科長は携帯に向かって言った。
「ソン・ウンジェ先生が執刀できるよう調整しろ」
「ありがとうございます」
ウンジェは頭を下げる。
「褒美だから気にするな。お母さんは情に厚い方だ。尊敬するよ」
「…」
「だが、少しは娘の立場を考えるべきだな」
「…」
「外科科長になるなら―病院内での評判も重要になる。分かるよな?」
「はい…分かっております」
科長は先に歩きだした。