「五島列島に自生する椿にちなんで、吉永小百合さんが、
「椿サポーター」に就任し、放送の出演CMと同じ
五島の椿で染めた鮮やかなピンク色の
着物姿で登場した」。旨のニュースを見ました。
偶然にも私も椿染をしたばかりだったので、目を奪われました。
でも、鮮やかなピンク色の表現はちょっとそぐわないかと思います。
草木染ではなかなか鮮やかな色目は出せないのです。勿論、
吉永さんがお召になると艶やかさが引き立つのでしょう。
吉永さんがお召しになったお着物は、
染織家 志村洋子氏ら制作の着物「椿の詩」だそうです。
ほのかなピンクに染まりました。
ところで、新型コロナウイルスについて、以前、私は、
パンデミックに陥る人為的条件(養鶏・養豚などの
動物による感染や、世界規模での高密度な人の移動が
拡大)などの条件がそろったからですと書きましたが、
国内の「クラスター」と呼ばれる集団感染が判明した事から
見えてきたこと、人々の意識の違いと生活の仕方です。
パニックになってケンカ沙汰になる人がいるかと思えば、
旅行やライブなど楽しみ事を優先する人もいます。私自身、
遊びは大好きで人の事をとやかく言える身ではないのですが…
聖書は、イザヤの時代のイスラエル人がもっぱら、
「歓喜と歓び,……肉を食べることとぶどう酒を飲むこと」のために
生きていたといいます。何故なら
(イザ 22:13)
『食べたり飲んだりしよう。明日には死ぬのだから』と。
後の時代、パウロも人々の生活態度について、
死者が生き返らされないのであれば,
『ただ食べたり飲んだりしよう。明日は死ぬのだから』と
表現しました。(コリント第一 15:32)
だから、気晴らしや楽しみ事を咎めることはないのです。
私もかって、カナダ旅行をしたことがあり、
あの時、行けたことが最も大きな喜びになっています。でも、
毎週見ている「ぽっんと一軒家」はそこで暮らす人たちの
“人生を追う”ことにこだわって制作されているそうですが、
自分境遇を受け入れ、井の中の蛙のように暮らすこと。
今の時代何かを得こそなっているのだろうかと考えたのです。
そんなことはありません。見る方にもいつも感動がありますし、
皆さん、とても明るいし満足しておられるように思います。
満足を覚えるということには何が関係しているでしょうか。
それには,自分の置かれた状況に十分満ち足りているという
持続する内的感情が関係しています。
そうした人は不平を言ったり人を羨ましく思いません。
ある辞書は,「満足している」という言葉を,「気が楽なこと。
とりわけ自分の置かれた境遇に満ち足りていること」と
定義しています。足を地につけてあまりにも快楽を得そこなうまいと
きょろきょろしないで、生きていきたいと思ったことです。
新型コロナウイルスの進展に伴って、
苦境に立たされることになるかもしれません。
皆で励まし合って乗り切っていきましょう。
今日の聖句 (テモテ第一 6:6-8)
「もちろん,持っている物で満足しつつ神への専心を示すことには,
大きな利益があります。 私たちは何も持たずに世に生まれ,
何も持たずに世を去ります。ですから,食物と衣服があれば,
それで満足します」。
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