先日、大阪北部の地震に直撃されまして、一昨日はキッチンで久しぶりにゴキブリと
直面したんですが(笑)
まあ、地震に関しては周囲の町が断水や停電、一部倒壊といった状況なのに対し
我が家周辺はありがたいことにいつもどおりの日常でした。
見る人によっては奇跡的かも知れません。
まあ、数日つづいた余震にはそわそわしましたが・・・・
思うんですが、グッスリ寝ている間に揺れたとしても、本人が気付かなければ、
それはその人にとって、「地震は起きてない」ということなんですよね。
いくら周囲があんなに揺れたのに!とか言っても関係ありません^^
身近であっても、それぞれはそれぞれのパラレルワールドで生きてますから。
で、ゴキブリさんに関しては、以前アシュタールの記事にも書いてあって、僕も
ずいぶん前からそう思ってたんですが
「掃除できてないところを、命をかけて教えに来てくれた」
ってことなんですよね^^
なので数年前からゴキブリさんはなるべく殺さず、ビンに捕獲できたものは少し
緑深いところに放すようにしています。
で、彼らも間違いなくネットワークを持っていますから、
「ごめんだけど、ウチのなかに入らないよう、みんなに伝えておいてくれる?」
なんてね、
話しかけてから放します。
けっこう効果あります。殺すより断然いいと思ってます^^
ヘンなこと書いてるでしょう?
気づきが進み始めると、なにか一見、ネガティブ要素的な出来事に遭遇すると、
「なにが足りなかったのだろう?」
「繰り返さないためには、どうポジティブでいればいいのか?」
などと考えがちですが、
実はそういうのは必要なくて、
「起こったことは仕方ない。まあ、もうどうでもいいや」
って、すっと思うようになったらね、けっこう進んでると思いますよ。
「そう思うように意識しよう!」「そう思わなければ!」
・・・なんていちいち思わなくても、そのうち、勝手にそう思えるように
なってます^^
気づきって、「自然にそうなってる状態(その状態に在る)」なんですよね。
まあ、多少の方向付けは必要ですが。
「人生は遊びだ」 というのを、こころから納得できるくらいのレベルなのかも
しれません。
これも、けっこう何年もかかるかも知れないワードでしょう。
「人生の、すべてはどうでもいいこと」 とは、
= 「すべてはかけがえのない、大切なこと」 であり、つまり
= 「すべてはどうでもよく、大切でもあり、どちらでもあり、どちらでもない」
このすべてが同義であると、、、、、こころから理解出来たらもう最高です^^
もう、すでに地上で昇天してますよ(笑)
今日もつまんないこと書きましたね。
けど毎日、こんな感じです^^