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「男女平等」とか「機会均等」とか、いろいろな場面で耳にしますが、
最近の「平等論」って、
「一部の人だけが得をするのは許せない。みんな平等なんだから特別な優遇は認めない。」
という足の引っ張り合い的なものが多いように感じて、げんなりします。
そんなにみんなで一緒に不幸になりたいですか?ってね。
あ、これは学校などに「生理用ナプキン」を配布する動きに対して、
「女子だけがもらえるものを学校で配布するなんて、女性優遇だ!差別だ!」という声があがったことについてなんですけどね。
なんでそうなるかな。
LGBTの問題があるにせよ、男性と女性の体のつくりは違う、生理現象もちがう、そこを平等にって言われても。
本来、「平等な社会」というのは、
脚が遅い子も、計算が苦手な子も、歌が下手な子も、体力に自信がない子も、いろんな人がいるけれど、
みんなが「平等に楽しく」暮らせる社会だと思うんですよね。
こうして「社会」をつくって「集団」で暮らしているメリットって、
お互いに足りないところは補い合って、役割分担して生きていけることじゃないですか?
みんな平等に「同じことができなきゃいけない」社会じゃないはずです。
できないことはできないと認めて助けてもらう、
できる人は積極的に得意分野を引き受ける、でいいじゃないですか。
そうして幸せな人が一人でも増えていけば、めぐりめぐって暮らしやすい社会になって、
自分も幸せを感じられると思うのです。
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