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ひまわり進学ルーム

ことば

国会議員さんたちが、妊婦ジャケット体験をする記事を見かけました。
それはそれでいいことだと思うのですが、
その記事についているコメント欄をみて、ちょっと違和感が。
「悪阻も体験してくれないと」
「こっちは重いだけじゃなくて、内臓圧迫してて…うんぬん」
「生理痛も体験してほしい」
「ホルモンバランス崩れて情緒が不安定になるも追加で」
「妊娠中は酒もコーヒーも飲めない」

妊婦さん、大変ですよね。
だけど、自分が大変だから、「お前も体験しろ」は何か違うかな、と。
どれだけ工夫しようが、「同じ体験」をすることは不可能で。
なんなら女同士でも、悪阻の程度も違うし、同じ人でも第一子のときと第二子のときは違ったとも聞くし。
この「お前も体験しろ」は「お前も同じくらい苦しめ」という呪いのことばにしか聞こえない。

そうではなくて、今は科学的に妊婦の体に起こる変化はある程度説明できるようになってきているのだから、
男でも女でも、独身でも、情報を共有して「相手を思いやる」ことが大切なのじゃないかなって。
せっかく人類は「ことば」というものを獲得したのに、結局自分が「体験」したことしか「理解できない」なら意味なくないですか?
「体験していなくても」相手の立場や状態を「想像」して、思いやることはできないですか?

わたしは、国語を教えるときに常に言っていることは、
「物語を読むことによって、相手の気持ちを想像できるようになることが大事。
 人間が一生のうちに体験できることなんて、たかがしれているけれど、本を読めばほかの人の人生も追体験できる。
 外国にも行けるし、名探偵にもなれるし、冒険の旅をすることもできる。
 自分がどういう気持ちなのかを伝えられるようになることも大事だけれど、
 こういうとき他人はどういう気持ちになるのかを本は教えてくれる。」

というわけで、皆さん本を読みましょう。
実用的な「情報」としての文字の摂取ではなくて、自分の感性を磨く読書をしましょう。
若いうちがいいです。
春休みは終わっちゃいますが、時間をつくって、ぜひ。
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