ケセランパサラン読書記 ーそして私の日々ー

◆ 『日本文学の歴史』(10和魂洋才) と( 12現代の騎手たち) 角川書店

   (10 和魂洋才)
  つい、開いてしまう。月報に目がいく。
  すると、故 森 於菟 とある。
  それだけで、ほぉー!
  “故”が、ついているということは、この出版されたあたりに亡くなったのかと、憶測してしう。

  森 於菟になる文章は「鷗外の死と遺言(絶筆)」とある。
  

  調べてしまった。
  故 森 於菟は、1967年12月没
  この本の出版は、1968年(昭和43年)2月20日初版発行とある。
  なにしろ、朱の検印は貼られているのだ。


  森 於菟と森茉莉は、それぞれ留学しており鷗外の臨終に立ち会わなかったという。
  


  
    (12 現代の騎手たち)
  12巻の月報の最初の筆者は、「新宿の文明開化」と題して、田辺茂一。
  この人の姿は、随分と、雑誌やテレビのインタビューで見かけたものだ。
  巷の文化に深く造詣したハシリだったかも知れない。


    左は小林秀雄である。右が吉川英治。

  評論と小説が、本当に両輪となって、蒸気機関車を走らせていた時代だ。

  評論家にも、小説家にも、哲学と、なによりも教養があった。
  と、ほぼ断言してしまう。
  と記す時点で、私も、懐古趣味になったものだと自覚する。


  やっぱり現代は、評論家に説得力がないし、小説家もピンからキリだ。


  
  それにしても、文学への思いと理解、その文章の巧みさに、小林秀雄の章は、真剣に読み直してしまった。

  

  
    (12 現代の騎手たち)
  これは月報なかほどに、貴司山治が書いている。
  「文学者の転向」

  この問題は、やはり根が深い、と今でも感じる場合がある。


 この「日本文学の歴史」は、結局、処分箱から全部引っ張り出してしまって、、私の机のそばに、積んである。 

 倉庫化の家に暮らすのも、相当、安らがないけれど、目の前の本から逃げられない習性は、どうにも治らない。

 
 ふと、窓から空を眺めてしまったあとに、ふらりと手に取って、ぱらりと開いたところから、読み始める。
 どのページから、読んでも、あっという間に1時間は過ぎてしまう。

 
 そして、読みながら、こんなに面白くて、分かりやすい評論のようなものを書けたらサイコーだなと思う。

 特に、小林秀雄には、誘い込まれて、吸い込まれてしまいそうだ。



 ああ、それにしても、本の声が聞こえない、静謐とした空間で、生活してみたい。

 いつも私の頭の中には、本の話し声が響いている。



 

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