アメリカ戦争研究所(ISW)が、ウクライナ南部ザポロジエ州でウクライナ軍の装甲車両がロシア軍の最終防衛線を越えて展開したとの分析を発表した。
ウクライナの装甲車両は、ロシアの3重の防衛線の南側に前進し、ザポロジエ州ベルボベ西方でロシア軍と限定的に交戦したという。
ウクライナ側が第1、第2の防衛線を突破し、車両を運用できる十分な安全を確保していると指摘した。
<私見>
この戦争は、国連安保理の一国であるロシアが、国際法に違反し、ウクライナを侵略したために起きた戦争である。
ウクライナは、国連憲章51条に則って、自国を防衛している。
ウクライナには理があり、ロシアには理も正義もない。
プーチンの意味不明な妄想によって、始まった戦争である。
この戦争が起きてから、「反戦」って、なんだろうと、ずっと考えて来た。
それで、ウクライナのギリギリ隣国へも行ってみた。
オランダからドイツへ、チェコからポーランドへ約1ヶ月近くの時間をかけて行ってみて、ウクライナに近くなるにつけて、市民たちの臨場感は目に見えて違ってきた。
ポーランドでは、明日は我が身なのだという人々の危機感を痛切に感じた。
つくづく思うに、「反戦」と人は良く言う。
つまり、「反戦」とは、ロシアにもウクライナにも、戦争は反対ということだろうか。
それでは、もう少し考えれば、小国は大国に服従することを容認することになるのではないか。
服従を容認すると言うことは、人権蹂躙、あるいは人権が蹂躙されるリスクを許容することになるのではないか、と思うに至った。
この度の、ロシアの侵略によって、ウクライナが防衛する戦争を、その始まりの気配から、こんにちに至るまで、じっと見つめ、見据え、観察し、思考を巡らせ続けていると、「反戦」と、発する言葉が、机上の希望論に思えてならない。
ベトナム戦争、イラク戦争、アフガンの戦争、サラエボ、コソボ、チェチェン、ソマリアや、ISや、9.11や、こうして私が生きている時間だけでも、多くの悲惨な状況を見てきた。
それだけでも、言葉を失うような状況だった。
ある主権国家が、他の主権国家を侵略することは、決して認められることではない。
これは、第2次世界大戦で、世界が教訓として学んだことではないか。
戦争は悲惨だ。
第2次世界大戦以降、内乱や民族間の戦い、宗教観の違いによる戦い、目を覆うようなテロなどが起き、あわやどうなるかという怖ろしく不安な綱渡り的危機を感じたことは確かだ。
しかし、主権国家間の戦争は、できうる限り、それを避けておきたいと国際社会は、どうにかこうにか、努力してきたのだと思う。
プーチンは、それを、いとも簡単に反古にした。
しかもプーチンのウクライナ侵略のキーワードはナチズムである。
プーチンこそ、ヒトラーの手法を踏襲し、思うに、あらゆる視点で、それ以上かも知れぬ。
この戦争を終結させる唯一は、ウクライナの勝利しか、ないのではないか。
ウクライナ国民と、ロシア国民のためにも。
私は、声高々に、「反戦」と、言えない。
<追記>
一抹の危惧。
願わくば、切に、ゼレンスキー大統領が、モンスター化しないこと。