もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

昆虫の呼吸-9

2023-12-20 19:00:00 | 日記
昆虫の呼吸-9

前回、昆虫の飛翔は鳥とは違って外骨格の強靱性や弾力性が重要な役割を果たしていることがわかりました。
強靭といえば、コブゴミムシダマシ科の甲虫は「悪魔の鋼鉄武装甲虫」とも言われ、車に轢かれても潰れないほどですが、その強さは丈夫な材料を繋ぎ合わせる構造に由来していると報告されています(2020年Nature)。
昆虫は飛翔する以外に、バッタ、コオロギ、ノミ、などのように体長の何十倍もの高さに跳ねます。外骨格の強靱性を調べるために、バッタを例にして跳ねる脚の負担についてみてみます。
まず、外骨格の構造ですが、表皮の外側(外表皮)に200μm(0.2mm)以上の厚さを持つキチン質+タンパク質の層があって、その内側には薄い層状のタンパク質とキチンが積み重なっています。これらが外骨格(クチクラ)を形成しています。

構造物に用いられる材料の強度はヤング率で評価されます。ヤング率は材料にかかった力をその力で生じた歪みで割った値(=力/歪み)であり、ケヤキやチークなどの堅い木材では11~13GPa(ギガパスカル)、コンクリート30GPa、一般の鋼材200GPaなどです。(なお、1GPaは1平方mmに約100Kgの圧力を表します)
私たちの骨のヤング率:30GPaはコンクリートと同程度で、昆虫の外皮:クチクラのヤング率:11GPaは木材のケヤキと同程度です。昆虫はこの強靱な材料で胸郭や脚の外骨格を作って、その内側の腔に筋肉や腱を付けて飛翔や跳躍をしています。
○ショウリョウバッタ(キチキチバッタ)が飛び跳ね、着地するときの衝撃について
子供の頃に野原でキチキチと音を立てて飛んでいたバッタです。よく捕まえました。このバッタをモデルにして考えてみます。
バッタの膝関節にはレジリンというゴム状のタンパク質の靱帯があって、これは着地で曲げた時に蓄えたエネルギーの98%を跳ぶときに使えるという優れた効率を持つ弾性体です。

以下の数式に出てくる^の印は累乗を表し、      A^2ならAの2乗です
体長8cm、体重3g、伸ばしたときの脚の長さ8cmのバッタが、地面に止まっていて、そこから膝を伸ばして脚底が1mの高さまで跳び上がるとします。
その速度vは、
E=1/2 mv^(2 )=mgh
より、     v=√2gh

 h=1.08m g=9.8m/s2 なので、
v=√2gh=4.6m/s
となります。
この速度を得るためには、脚関節のレジリンのエネルギーを使ってL=8cmの高さまで等加速度αでt時間かかるとすると、脚にかかる力Fは
F=mv/t であり、
v=αt 、 L=1/(2 ) αt^(2 ) より     t=2L/v   なので
F=(1/2 mv^(2 ) )・1/L=mgh/L  となる         
L=0.08m、m=0.003kg、h=1.08mを代入して
t=0.035秒、  F=0.397N(=0.04kg重) 
(Nは力の単位でニュートン、1kg重=9.8N)
つまり、脚が伸びるまでの35マイクロ秒の間、両脚(特に下腿)には40gの重さがかかることになります(体重3gの13倍も!)。

逆に、1mの高さから落ちてくるときには、脚から着地して同じように等加速度で減速すると、やはり40gの重さがかかります。
〇バッタの脚が耐えられる限界の重さは?
バッタの大腿と下腿は、跳ぶときや着地の時の衝撃力に耐えられるように出来ています。脚の外骨格構造を図のような円筒としてモデル化して、脚が耐えられる重さを計算してみます。柱が上からの力(荷重)が大きいと折れ曲がってしまうことを座屈といい、その荷重を座屈荷重といい、それを算出します。
この円筒の青い壁がクチクラです。クチクラの壁の厚さを200μm(0.2mm)とすると、大腿部の直径が2mmだったので、a=2mm、b=1.6mm、 下腿部ではa=1mm、b=0.6mm、どちらも長さC=4cmです。
クチクラのヤング率Y=11GPaはケヤキと同じなので、この太さと長さの木材の細長比による中空円筒の計算式(オイラーの理論式)を適用します。
材料工学より座屈荷重Pは、
P=(π^3 Y)/64・((a^4-b^4 ))/C^2
となります。
上記のa、b、cとYを代入すると、
大腿部の座屈荷重Pは P=31.4N(=3.2kg重)、下腿部の座屈荷重Pは P=2.89N(=0.3kg重)となり、両脚では600gになりました。

3gのバッタが1mの高さの高さに跳び上がるときに両脚には40gの力がかかりましたが、バッタの脚は細い下腿でも600gの荷重に耐えるので、15倍の安全率です。 
なんと自分の体重3gの200倍に耐えられるのです!
○巨大な昆虫の怪獣の運動能力は?
では映画やアニメに出てくるような巨大な昆虫の場合についてみてみます。
上記のバッタがあの形のまま50倍に相似形で大きくになると、体長0.08mx50=4m、 大腿の太さが0.002m×50=10cm、下腿は5cmの太さ、伸ばした脚の長さは4m、体重は50の3乗倍になるので、0.003kg×50x50x50=375kgとなります。
この4mの怪獣が1mの高さまで飛び上がったり、その後に着地したりするときの衝撃力は前と同じ様に計算すると
F=mgh/L  m=375kg ,h=5m,L=4m, を代入して
F=4594N(=約469kg重)  になります
座屈荷重Pは50の2乗倍になるので P=2.9N×50x50=7250N(=740kg重)
となります。二本脚で約1480kgです。ジャンプの時の脚の強度の安全率は
1480÷469=3.2 と3倍ほどに低下してしまいます。
また、4mの高さにジャンプする時の衝撃はh=8mより、750Kg になるので、片足だと折れ曲がってしまうことになります。これでは、走ったりジャンプしたりしながら戦うことはできそうもありません。
ちなみに100倍になると 体長8m、体重3000kgになり、座屈荷重は2900kg重なので片脚で立つと折れてしまうので、歩くこともできなくなります。

こうしてみると、巨大な怪獣になるにはバッタのようにスマートな体型の外骨格では無理で、クチクラを分厚くして、太めの体型にならないと難しいようです。


(材料工学には素人なので、適切な評価方法のために色々勉強していたので、時間がかかってしまいました。 評価方法に誤りがあればご指摘ください。)

参考文献
1小峯龍男 ゼロからわかる材料力学 技術評論社 東京 2020
2高久田和夫 生体組織の力学-序説 download 2023/11/7 
http://www.jsdp.org/kaobio/journal/11/11-1.pdf
3田中英一 皮質骨の力学特性と損傷のモデル化 マテリア 46:460-63 2007
4高嶋聰  クチクラに基づく材料設計論 download 2023/11/10 
https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Engineering
/Insect_kutikura.html?ml_lang=ja
5「押しつぶされない」コブゴミムシダマシの秘密 download 2023/11/10 Nature2020/10/22https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/pr-highlights/13485
6本川達夫 ゾウの時間ネズミの時間 中公新書 1992
7松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
8Wikipediaより バッタの図
9AmvitionのYouTube動画より昆虫怪獣カマキラスの画像download 2023/12/20 https://www.youtube.com/watch?v=_Er4Mtsd9x8
コメント (1)
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昆虫の呼吸-その8

2023-10-22 10:30:00 | 日記
昆虫の呼吸-8
今回は酸素を大量に消費する飛翔筋についてです。

4億4千万年前の古生代シルル紀前期に出現した節足動物はデボン紀に昆虫へと進化して約2000万年後には翅を獲得して空を飛ぶようになりました。それから中生代ジュラ紀に鳥が現れるまでの約2億年間、空は昆虫だけの領域でした。
 前回に述べたように、その筋肉(飛翔筋:横紋筋)は安静時に筋肉1g当たり、毎分約 0.02 mlの酸素を消費し、飛行中はその100 倍の毎分 1.5 ~ 3 mlが必要となり、ハチやハエなどは安静時の400倍の毎分8mlと大量の酸素を消費して飛んでいます。
(ちなみにヒトでは安静時の1gの筋肉の酸素消費量は毎分0.002ml程度で昆虫の1/10程度です。一般に体重の小さな動物ほど体重あたりの酸素消費量は大きくなります。)
気管呼吸はこれまで話題としたようにその筋肉の酸素消費を可能にする呼吸器官です。

飛翔筋を動かすには2種類の作動方式があります。1つは「同期型」とい って、神経の活動と飛翔筋の動きが対応していて、1回の神経の興奮(刺激)で、飛翔筋の収縮が1回生じます。この作動方式は、原始的で比較的大型のトンボなどが採用しています。
もう一つは非同期型であり、これは1回の神経の刺激が起きるとそれに引き続いて、外骨格の反発と筋肉の伸張反射とが生じて自励振動のような自律的な羽ばたきが起きるものです。ハチや蚊、甲虫などはこの羽ばたきです。
一般に、空中を飛ぶときの揚力(空中に浮かせる力)は体長Lの4乗に比例し
(揚力=A・L^4:^は乗数を表す記号としてます)、体重は体長の3乗に比例
(体重=B・L^3)するので、体重あたりの揚力=揚力/体重=(A・L^4)/(B・L^3)=(A/B)・L
は体長Lに比例します。つまり体長Lの小さな昆虫ほど体重あたりの揚力が小さくなるので、ゆっくりとした羽ばたきでは空中にとどまることができません。
こうして、小型の昆虫(ハチ、ハエ、蚊など)は、「同期型」よりも羽ばたき回数が多い「非同期型」で飛んでいます:ブ~~ン。
飛翔筋には翅に直接付着して羽ばたきを制御する直接筋と翅が付いている胸部の外骨格を変形させて羽ばたきを行う間接筋があり、昆虫の種により図のように分類されます。

飛翔筋(横紋筋)
1.同期型直接飛翔筋はトンボを例にしています。左図のように翅の根元に付着した挙上筋が収縮すると翅が引き上がり、下制筋が縮むと翅が打ち下ろされます。神経からの筋肉への刺激は1秒間に100回が限度と言われているので、トンボやチョウ、バッタなどの同期型飛翔筋の昆虫の羽ばたきはどんなに多くても毎秒100回が限度です。

2.非同期型間接飛行筋はハチやハエが代表的です。胸部の外骨格の内側にある背腹方向の背腹筋と頭尾方向の縦走筋が外骨格を変形させることで間接的に翅を動かします。
右図のように背腹筋が収縮すると,背板を押し下げて翅を持ち上げ、次に反射的に縦走筋が収縮すると背板(notum)が隆起し翅が打ち下ろされます。
1回の神経刺激が起きると背腹筋と縦走筋による外骨格の変形に反発する弾性力と、筋の伸張活性による自律的な収縮とによって何倍もの羽ばたき回数が生じます。
筋の伸張活性(stretch-activation)とは、急に伸展された筋肉の反射的な収縮のことです。これにより背腹筋と縦走筋との間に引っ張り合いが繰り返し自律的に起こるために、神経活動よりも遙かに多い筋の収縮が生じるのです。
これによりエネルギーと筋肉量が節約されます。
ユスリカなどの仲間では1秒間に1000回の羽ばたきが観察されていて、これが蚊やハエのブーンという羽音の源となります。
3.同期型間接飛行筋は神経活動に一致して胸郭内の上記2種の筋を交互に収縮させて飛翔し、代表は蝶やバッタです。

これらの同期型と非同期型の筋肉の間にはエネルギーの産生と筋力発生の面から構造に明らかな違いがみられます。

図の筋繊維Aはハチの脚の筋肉などにみられ、Bはチョウの飛翔筋にみられる構造であり、どちらも神経活動に同期して収縮する筋肉です。Cの筋繊維は最も大きな振動を生み出す非同期筋で、筋原繊維が収縮する時のエネルギー源として使うATPを効率よく産生できるように高密度のミトコンドリアが筋原繊維束に沿って多数配列されています。
これらの筋繊維のミトコンドリアには毛細気管が周囲にまで配管されていて、始めに述べたような大量の酸素を供給して筋肉の活動を支えています。

昆虫は地球史の上で初めて空を飛んだ動物であり、気管呼吸、外骨格、筋肉構造、解放血管系、などは飛翔という目的に向けて構成され進化してきたように思われます。
蚊やハエも必死で羽ばたいて空中に留まろうとしていると思うと、あのブーンという羽音もちょっと愛おしくなりませんか?

参考文献
1.安藤規泰 動物の生きるしくみ辞典 昆虫の羽ばたき運動のメカニズム
https://cns.neuroinf.jp/jscpb/wiki/カテゴリ動物の生きるしくみ辞典
2.岩本裕之 昆虫飛翔筋のはたらきとその進化 
日本生物物理学会誌 Vol.50:168-73 2010
3.松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
4.Wigglesworth V. B.  Muscular System and Locomotion
The Principles of Insect Physiology chapter4 pp 146–177
5.Hill Animal Physiology 4th edition Oxford Learning link
https://lerninglink.oup.com/access/content/hill-4e-student-resources/hill- 4e-box-extension-20-2


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昆虫の呼吸ーその7

2023-09-06 19:00:00 | 日記
昆虫の呼吸-その7

今回は、昆虫の飛翔筋における酸素や二酸化炭素の拡散と栄養素の輸送について包括的、先駆的に詳細な生理学的、解剖学的な研究を行ったWeis-Fogh(ヴァイスフォー)の論文を紹介します。  また、彼は蜂の飛び方の研究から、空中での揚力を発生する新しい機構を発見していてそれは「Weis-Foghメカニズム」として知られています。
なお、翻訳は興味ある部分、特にガス交換の部分を中心にしているので、かなり省略されています。

論文名:昆虫の飛翔筋におけるガス拡散:最も活動的な組織について
 実験生物学雑誌 41 (2): 229–256 (1964)

研究に用いた昆虫と研究方法
サザンホーカートンボ (Aeshna Cyanea) とサバクトビバッタ (Schistocerca gregaria Forskål) の新鮮な前胸部の筋肉

問題点
(a) 代謝率
安静時の翅の筋肉は筋肉1g当たり、毎分約 0.02 mlの酸素を消費している。さらに定常飛行中の消費量はその100 倍ほど(毎分 1.5 ~ 3 ml)が必要で、大型の膜翅目(蜂など)と双翅目(蚊やハエなど)の一部は400倍の毎分8mlを消費する。

(b) 供給と供給ルート
翅の筋肉内で気管系は一次気管から二次気管系が分岐し一定の間隔で三次気管を放出し、最終的に毛細気管に分裂する。
翅の筋肉は平行な角柱構造をしていて、筋肉繊維、血液、気管系からできている
気管系の空気の組成
イナゴの気管系の二酸化炭素濃度は約 5 %、酸素濃度は15 %である。

(c) 拡散について
・筋肉組織内では、同じ分圧ならば二酸化炭素は酸素の36倍の拡散速度があるので、二酸化炭素は素早く輸送される。
・しかし、気管系内では反対に二酸化炭素の方が15 % 遅く拡散する。

・昆虫の飛翔筋の断面積の中で気管系の断面積の割合は0.1%~10%を占めている。この気管系の分布によって、筋肉内への酸素の透過性は気管系のない場合に比べて1000~100万倍速くなり、二酸化炭素では50~5000倍速くなる。

サザンホーカートンボの翅の筋肉構造
・後胸部の左半分にある背腹側の翼の筋肉は背腹方向に互いに平行に走り、各筋肉は平行な繊維か
ら構成される角柱状の構造である。
・筋肉への主な空気供給は、気門に直接つながる1 つまたは 2 つの短い1次気管であり、そこ
から二次の気管系が非常に規則的に放射状に広がっている
・一部の筋肉では一次気管から末梢までの距離が約1 mmほどになる。 飛行中の酸素摂取量は
1gの筋肉当たり毎分 1.8 mlである。
(a)1次気管における拡散
・一次気管の占める体積は筋肉体積の 1 ~ 4% に相当している。
・飛翔しているときの胸部は翼の動きと連動したポンプ機構によって強力に換気されていると推
測される。
(b) 小葉 A における気管拡散(次図参照)
・平均して 21 μ ごとに 1 本の二次気管が分枝していて、各二次気管の終末では 3 本の三次気管が分岐して、それぞれがすぐに 2 つに分岐して等価直径が増加していた。
図のように2次気管1本から約25本の3次気管が分岐し、その末梢で3次気管1本当たり毛細気管は20~30みられる。
3次気管が分岐した部位の直径は約1μであり、最小の毛細気管系は約0.2ミクロンである。
これで計算すると、3次気管の断面積と毛細気管の合計断面積は同じになる。
(3次気管断面積:πx0.5x0.5=0.25π、毛細気管合計断面積:πx0.1x0.1x25=0.25π )


・気門と気管の終端の毛細気管との間の分圧の差が0.05気圧以下であれば拡散により酸素と 二酸化炭素の輸送が説明できる。

・毛細気管から酸素を消費する細胞内へ十分な酸素が拡散する距離は、酸素分圧差が0.05気圧の場合約10μmである。多くの筋肉内では毛細気管の間の距離は約 3μmなので、拡散距離の安全率は 2 ~ 3(10μm÷3μm=約3)となる。
・毛細気管の壁の厚さはわずかに0.01~0.03μm(原文100 ~ 300 オングストローム)であるので酸素や二酸化炭素の拡散については考慮していない。

************** その他 ******************
筋肉へのグルコースやトレハロースの輸送に関する結論
蚕、バッタ、イナゴの筋肉構造とガス拡散について
ショウジョウバエの筋肉内拡散について
ゴキブリや蝉の筋肉構造と拡散
************************************

(e) 一般的なこと
ここで行った計算や推定は、気体分子が毛細気管の壁の影響を受けない通常の拡散が行われると仮定しています。しかし毛細気管の直径である 0.1 μm は、気体分子の平均自由行程である約 0.06 μ に近いので、細径が拡散に与える影響についても考慮する十分な理由がある。
(注:この部分については、「昆虫の呼吸―その6」を参照してください)

なお、筋肉内の拡散速度の計算では次の図のようなモデル配管を用いて計算しています。
計算には、拡散量は濃度差・分圧差に比例する、というフィックの第一法則をこれらの幾何学的パイプ構造に適用しています。
詳細は省略します。

まとめ
昆虫の羽の筋肉の収縮と弛緩によって、気管、小気管系、毛細気管、は周囲の組織とともに変形するので、胸部と腹部では気管内の空気の換気、気管系の軸方向の長さの変化に伴う栄養素の輸送、毛細気管内のガス分子の拡散が行われる。

要約
1.昆虫の羽の筋肉の気管系は非常に密に分布しているので、筋肉の断面積の 0.1% ~10%は 気管系の管が占めている。
2. 主要な気管では強力に換気されていて、その奥の末梢気管では拡散により運動時にも十分な
ガス交換が行われている。
3.毛細気管では空気中のガスが毛細気管深部の水分との間でガス交換を行う
4.筋肉運動による気管の短縮と伸長(ポンピング)は、ガス交換よりも羽ばたき飛行のエネルギ
ー源となる糖分(トレハロース)の筋肉細胞への供給に非常に重要である。
5. O2 と CO2 の拡散による輸送は、安全係数 2 ~ 3 の範囲である
(最適の必要量よりも2から3倍の酸素供給量と二酸化炭素除去能力がある)


1964年に発表された、トンボを中心とした詳細な解剖学的かつ生理学的な研究結果です。
気門から気管、2次気管、3次気管を経て、飛翔筋肉の内部に配置された毛細気管へ酸素が行き渡り、そこから二酸化炭素が排出される構造が良く理解できました。
ガス分子の拡散については詳細な計算が行われたようですが、結果だけが示されています。
文中に出てくる、気管内の分圧0.05気圧=38mmHg は、2005年のHetzによる研究結果の0.04気圧=30mmHgともほぼ一致していて、精度の高い研究であるとうかがえます。

参考文献
・Diffusion in Insect Wing Muscle, the Most Active Tissue Known
T. Weis-Fogh.  J Exp Biol (1964) 41 (2): 229–256.
・Hetz, S.K. Nature. 433: 516-519. 2005.
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昆虫の呼吸 その6

2023-07-28 19:06:23 | 日記
昆虫の呼吸-その6
今回は、毛細気管の最小直径が0.1~0.2μmとなっている理由について考察してみました。
計算式やグラフが主なので、大部分が画像になっています。




今回の考察についての誤りや私の理解の不足をご指摘ください。

参考文献
基礎講座委員会 真空技術基礎講座(26~30)気体分子運動論(1~5)
真空 第5巻4,5,6,9,11号 1962
西川勝 気体分子運動論 化学one point 4 共立出版 1983
駒井豊 総説. 昆虫のガス交換機序BME11:19-28. 1996
本川達夫 ゾウの時間ネズミの時間 中公新書 1992
Hetz, S.K. Nature. 433: 516-519. 2005.
堀越源一 真空技術 第3版 東京大学出版会 1994 
高木 郁二 エネルギー理工学設計演習・実験2 別冊 DL:2023/6/3
: http://www.nucleng.kyoto-u.ac.jp/people/ikuji/edu/vac/index.html. 
松田七美男 講座 気体分子運動論の基礎 J Vac Soc Jpn 56:199-203 2013
柴田恭 講座 真空技術基礎演習講座(1)J Vac Soc Jpn60:201-211 2017
柴田恭 講座 真空技術基礎演習講座(2)J Vac Soc Jpn60:212-219 2017
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昆虫の呼吸ーその5

2023-07-12 18:49:01 | 日記
昆虫の呼吸―その5
気管-毛細気管呼吸
気管呼吸はシルル紀前期(4.4億年前)の頃にムカデやヤスデなどの多足類が初めて獲得して陸上に進出し、それが昆虫に受け継がれたと考えられています。
「昆虫の呼吸-3」で話題としたように、昆虫では気門を通って直径100ミクロン(μm)(0.1mm)~2μm程度の気管から多数に枝分かれした1~0.1μm(1万分の1mm)の毛細気管を通して酸素を体中の組織や細胞に送っています(駒井1996)。

細胞で酸素が消費されると、気門付近の酸素濃度の高い空気から末梢の低酸素の毛細気管内へ酸素が供給されます。そのガス交換は、気管-毛細気管でおきる撹拌と拡散によるものです。
① 撹拌:飛翔筋など移動に使う筋肉が緊張すると気管系が圧迫されて管内の空気が排気される。その後に筋肉が弛緩すると拡張により新鮮な空気を吸い込むという気管系の換気運動(Weis-Fogh1964、Westneat 2003)によって古い空気の一部が新鮮な空気と入れ替わります。これについては「昆虫の呼吸-3」に写真を掲載し、動画の紹介をしたので参照してください。
こ例外にも昆虫の腹部は常に伸び縮みして気管内の空気の撹拌をしている。
② 拡散:撹拌に加えて、主に毛細気管系ではガス分子(酸素、二酸化炭素、水蒸気)がその濃度を均一にするように拡散していきます。末梢の毛細気管の酸素が細胞や組織で消費されて濃度が下がるとそれを補うように気管の酸素分子が拡散してきます。二酸化炭素と水蒸気は細胞から排出されると酸素とは逆に気管から気門に向かって拡散していきます。

ここでは、特に拡散について概説します
分子の拡散の性質
(以下では10の自乗を10^2、n乗を10^nなどと表しています)
空気中の酸素と窒素の分子は1ml中に合計で約2.7x10^19個(270億の10億倍)あって、その分子間距離は約3.4nm(ナノメートル:千分の1μm)と平均の分子直径0.38nmの10倍ほどです。このように小さくて密集している分子は平均速度400~500m/秒(時速1800km)で飛び回って、お互いに毎秒数百億回も衝突して散乱しています。
膨大な数の分子同士が衝突して散乱するために濃度や圧力が平均化されて均一になります。この現象が拡散です。
分子の数が多いために速度が大きくても次の衝突までに進める距離は短くて、酸素分子も窒素分子も約0.07μm(70nm)進むと次の分子と衝突します。この距離を平均自由行程といいます。
また、この距離を進む時間(平均自由時間)は100億分の1秒程度です。
目に見える太さの管や昆虫の気管では、この分子の拡散が十分に行われて濃度が均一になります。例えば管の一方の端Aで酸素の濃度が高く、反対側Bで窒素濃度が高かったとすると、酸素分子はAからBへ、窒素分子はBからAにそれぞれ拡散して管の中の酸素と窒素の濃度は均一になります。
しかし、毛細気管の直径:0.1~0.2μmのように、平均自由行程の0.07μmに近い極めて細い管の中では分子間の衝突よりも壁との間の衝突が増える結果、分子同士の衝突によって起きる拡散が障害されます。この毛細気管内で酸素が細胞に取り込まれて濃度が低下したときに拡散による酸素の供給速度が低下します。

毛細気管の最小直径が0.1~0.2μm程度なのは、この様な拡散の性質が原因となっているといわれています。
毛細気管の最小径0.1μmに対して酸素分子の大きさはその千分の1程度と極めて小さいので酸素分子は自由に流れるように思われますが、膨大な数の気体分子の激しい衝突と散乱が拡散現象の本質であるために、管壁への衝突が大きくなると分子の移動が障害されることになります。

参考文献
駒井豊 総説. 昆虫のガス交換機序BME11:19-28. 1996
本川達夫 ゾウの時間ネズミの時間 中公新書 1992
松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
Weis-Fogh T. J Exp Biol 41: 229-56, 1964
Westneat,MW. Science vol299 558-560 2003
Hetz, S.K. Nature. 433: 516-519. 2005.
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