もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

水中の動物たちの呼吸1

2021-05-07 23:00:00 | 日記
水中の動物と酸素1

これからしばらくは水中の動物たちの呼吸についての話です。

海の動物の代表といえば魚ですが、魚はとても効率のいい呼吸器官のエラ(鰓)を持っています。どれほど優れているかというと、エラを通った水の中の酸素の70~80% を吸収することができるのです。
具体的な例を挙げると、川の水(25℃)は1リットルに6mlの酸素を含んでいます。 500gのコイでは毎分約200mlの水がエラを通るので、酸素吸収率が80%とすると毎分約1mlの酸素を吸収できることになります(6ml×0.2リットル×0.8=0.96)。
もし、重さが100倍ある50kgの魚がこれと同じ機能と効率のエラを持っているとすれば、吸収酸素量も100倍になり、毎分100ml吸収できます。
ヒトと比較すると、ヒトの安静時酸素消費量は毎分約200mlなので、その半分を水中から吸収できるほど優れた呼吸器官です。

今回はいくつかの海の動物たちが持っている酸素吸収の仕組みとエラの萌芽的な器官について概観してみます。
(なおここの動物の事例の大部分はフィンガーマン比較動物学1982からの引用です)

<ナマコは肛門で息をするー魚以外の海の動物たちの呼吸戦略―>
○海綿やイソギンチャク、クラゲ(刺胞動物)たちは体表から吸収している。
これらの動物はほとんど運動しないので酸素必要量が少なく、また、重さに対して表面積が大きいので酸素はほとんど体表からの吸収で十分です。
例えば、海綿(スポンジ)は餌となる有機物を捉えるために体の中にたくさんの窪みや水路を造って海水を流していますが、そのために体が新鮮な海水と接する面積が大きくなって酸素の吸収も十分にできます。

○ナマコ、ウニ、ヒトデ、等々(棘皮動物)は呼吸専用の器官を持った。
体表から海水中の酸素を取り込むのは共通しています。
・ナマコは肛門の内側に一対の海水を流し込む樹状の管(呼吸樹)があり、体の中に延びています。肛門の開閉と呼吸樹の収縮がポンプとなって新鮮な海水を交換して呼吸樹から酸素を吸収しています。

・ウニには口の周囲に体壁が薄い袋状になった器官がありここからも酸素を吸収しています。
・ヒトデは表皮の一部が指状に突出した皮䚡といわれる呼吸器官(まるで髭のようです)を持っていて、体の表面積を広げています。

これらの水棲動物は比較的運動量が少なく酸素消費量も小さいのです。それでも体表を通して水中の酸素を体内に浸み込ませる(拡散する)だけでは必要な酸素を吸収できない場合には、体の中に窪みや管をつくったり、ひげのように体を変化させたりして、表面積を大きくして新鮮な海水から酸素を吸収する進化が生じています。動物の体は必要に応じて様々な形と機能を持つように変化できるのでしょう。
活発な運動をする魚のような動物では、大量の新鮮な水から血液へ酸素が効率よく吸収される仕組みが必要となります。

<排水口がエラに!>
○魚に進化する前
海底の砂の中にすむ数センチから数メートルの細長いギボシムシ(半索動物)は、砂に付着した有機物を食べるときに大量の砂を口に入れます。有機物を粘液に付着させて消化管に送って、砂は排泄して、吸い込んだ水を咽頭にあいた隙間(咽頭裂)から排出しています。また水中を漂う餌は口の周りにある繊毛を動かして水流をつくって口から咽頭に送り、有機物は消化し、水を咽頭裂から排出しています。
このように、咽頭裂はえさをとるときに一緒に吸引した海水の排泄口の役割が主でしたが、新鮮な水流が集中し絶えず流れるので酸素を取り込む働きを持つようになったと考えられています。

○魚類の祖先:ナメクジウオの咽頭
ギボシムシよりも進化したナメクジウオ(脊索動物)では咽頭の前方にある繊毛の働きで浮遊する餌粒を咽頭に送ってそこの粘膜板で捕らえます。同時に吸い込んだ大量の水は咽頭内の血管網を流れるときに酸素を血液に渡して䚡裂から排泄されます。これは魚のエラへの進化の途上にあるようです。

〇魚類のエラはこの䚡裂を縁取る壁が折りたたまれ、毛細血管網を備えるように発達して、血流と水流が十分にガス交換できるように進化したと考えられています。

海の動物たちの体が酸素需要に応じて柔軟に構造と機能を変えています。太古の動物たちの持つ様々な萌芽的な呼吸器官が永い進化の中で試行錯誤してエラに変わっていった様子が思い浮かぶようです。

参考文献
フィンガーマン比較動物学(培風館1982)
Nature 2015年11月18日号
魚類生理学の基礎(恒星社厚生閣 2013)
wikipedia原索動物、ナメクジウオ
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

低酸素への適応ーその5

2021-02-27 12:00:00 | 日記
低酸素への適応-その5 

◯哺乳類は低酸素へ適応する可能性を持っているようだ!
生きるためには、酸素、水、ブドウ糖や蛋白質、脂肪、塩類、などが必要です。これらのほとんどは数日以上欠乏しても命に危険はありませんが、酸素だけは別で、数分間吸収できなければ意識を失い、死に至ります。
一方これまでみてきたように、ヤマネ・クマなど多くの冬眠動物、ハダカデバネズミという地下生活する齧歯類、クジラやアザラシといった水棲哺乳類達、このように多くの種類の動物が長時間あるいは長期間少ない酸素しか使わずに生きることができます。私たち哺乳類には低酸素の環境に対する潜在的な適応能力があるように思えます。
なぜ水や他の栄養素と同じように、酸素も数時間、数日間無くても生きられるように進化しなかったのでしょうか?

◯何で酸素は蓄えられないの?  酸素はいつでも沢山あった!
単細胞が酸素を使ってエネルギー(ATP)を作るには、酸素濃度が0.2%以上(パスツール点)必要です。約25億年前に現れた「ラン藻(シアノバクテリア)」が水と二酸化炭素から酸素を作り始めて数億年が経って、大気中の酸素濃度がこのレベルになると、この豊富な酸素を十分に利用できる真核細胞(細胞に核を持つ)生物が繁栄するようになりました。
7億年前になると再びラン藻の活動が活発になり更に酸素濃度が上がりました。約5億年前の古生代以降は植物の光合成も加わって、現在まで酸素濃度は13~35%と高濃度が続いています。この間に真核細胞から多細胞生物、そして魚類が生まれて、以後、海と陸で、軟体動物、昆虫、両生類、は虫類、哺乳類、鳥類と多種の生物があらわれてきました。
この様に、単細胞生物から現在の動物まで、20億年という永い地質学的時間では、常に豊富な酸素のある環境が続いていました。水や食べ物が不足することはあっても、酸素だけは常に利用できたのです。
そのために、水中や陸上、高地といった様々な環境で、効率よく酸素を吸収できるようにエラや、肺(哺乳類)、側気管支肺(は虫類・鳥類)を作ってきましたが、水や食べ物のように体内に貯蔵する必要はなかったのでしょう。
体は元気だけれど、ただ酸素だけが足りないという状況は、冬眠動物や水棲哺乳類などの祖先以外には起きなかったのでしょう。
そして、特に厳しい状況にいたクジラたちは、5000万年の間に陸上動物の2倍ほどに貯蔵酸素を増やし、それを有効に利用するエネルギー代謝の変更、血流の再配分、低酸素障害でおきる炎症の抑制、と変わってきました。酸素を1時間分貯蔵する代わりに消費量を抑えるように体を作りかえる進化をえらびました。
酸素を大量に蓄えるのは生物にとって危険なことなのかもしれません、あるいは5千万年という時間は、現在のHbやMbよりも大量の酸素を貯蔵できるタンパク質を生み出す進化が起きるには短いのかもしれません。

◯ 20世紀に始まった宇宙への進出は、5000万年前に似ていませんか!
この時代、私達はまさに酸素の全くない宇宙空間へ進出しようとしています。
それは、かつて陸棲哺乳類の一部が海に帰り、陸上に比べるとはるかに酸素の乏しい環境へ適応してクジラやイルカ、アザラシとなっていった約5000万年前の新生代/始新世という地質学的時代に重なる様に思えます。
遠い将来、私達が宇宙に広く展開していく時、今より遙かに精巧で巧妙な酸素供給機器を創って、無酸素という危機を乗り越えていくのでしょうか。
それとも幾世代もの酸素欠乏や、窒息の危機に曝された後に、再びクジラに起こったように酸素貯蔵量を増やし、循環血流を変化させ、エネルギー代謝経路を変更し、活性酸素を制御して無酸素への耐性を持つように適応・進化していくのでしょうか。
その時には酸素の供給が絶たれたあと、絶食や絶水と同じ程度にしばらくの間は生存が可能になって、窒息死は避けられるかもしれません。
その意味で、宇宙に進出してゆくこの時代は私達ヒトあるいは陸棲哺乳類にとって、第2の“海への回帰”に思えます。
*********************************************************************
と、ここまで書いたところで、新しい報告が入ってきました!
マックスプランク研究所から、2021/2月の専門誌(GBE)に発表された研究。
アンデス山脈の先住民ケチュア族は代々3000mの高地という低酸素の環境に曝されてきた。その環境が、低酸素への適応に関連する遺伝子を活性化あるいは不活化する変化(メチル化)を起こすことがわかりました。この不可逆的な変化で、ヒトは遺伝子の変化よりもはるかに迅速に困難な環境に適応できることが示されたということです。
 (素晴らしい!)
やはり、哺乳類は低酸素耐性への進化の可能性を残しているようです。

参考文献
・生物学事典 岩波書店 2013年
・地球惑星環境進化論 第1回、2回日本惑星科学会誌2013
・クヌート・シュミット-ニールセン 動物生理学第5版 東京大学出版会2007年 
・ピエール・ドジュール. ヒト呼吸機能の進化の生物学的背景 真興交易医書出版1983
・Childebayeva. GBE, 01 Feb 2021, 13(2)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

低酸素への適応-その4

2021-02-03 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その4
前回でみたように、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物は、血液や筋肉、肺の中に貯めた酸素の量から推定される潜水時間よりもずっと長く潜水を続けることができます。
ヒトが同じように限界までの潜水を行えば(1)低酸素症による内臓障害がおきて、(2)肺損傷と浮上時の減圧症も合併して、悲惨な結果となります。
そこで今回は、酸素欠乏や深海の圧力で起きる障害と、それを乗り越える潜水動物の戦略について解ってきたことを要約してみましょう。
(1) 低酸素症と臓器障害について
陸上の哺乳動物が限界を超えた潜水では何がおきるでしょうか。
潜水反射で脳と心臓以外の臓器への血流はほとんどなくなります。この様な酸素が使えない状況では、細胞内とミトコンドリア内に活性酸素(過酸化水素など)が増えて細胞が死滅していきます(低酸素症)。
さらに、水中から浮上して呼吸をすると酸素を含んだ血液が、酸素の欠乏していた臓器に再度流れ始めます(再灌流)。この再灌流により内臓の血管壁にも活性酸素(過酸化亜硝酸など)が発生して血管が傷害されます。同時に血管の細胞(内皮細胞)に炎症を強める様々な物質が発生して、白血球などの炎症細胞が内臓に侵入するようになります。すると臓器の中で更に炎症が起きて、障害が進行していきます。これが再灌流で起きる臓器障害です。
しかし、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物では潜水が始まると、炎症を抑制する遺伝子や活性酸素を抑える坑酸化遺伝子などが活動を始めます。そのために低酸素症の発生を遅らせて、再灌流による臓器損傷がおきるのを防いでいます。
(詳細は、転写因子Nrf2、HIF1の活性化とCAM、SECRETIN、NF-ΚBなどの抑制、を検索)

(2) 肺損傷と減圧症について
 水中では10m潜る毎に1気圧の圧力が増えるので、例えば1000mの深海では100気圧以上になります。この時、肺の中に空気があればその高い圧力で肺はひどく損傷します。またそれに耐えたとしても、高圧の窒素が血液に溶け込むために、浮上するときに気泡となって血管を詰めてしまう潜水病(減圧症)となってしまいます。
 しかし、クジラなどでは深海へ潜っていくときに、横隔膜が上がり、柔らかい肋骨も胸腔を縮めて肺が圧縮されていきます。そのため肺の中の空気は気管や気管支に移りますが、更に潜って圧力が高くなると気管もつぶれるので、空気は頭の骨の中にある気道にたまるようになります。この結果、肺内に空気はないので、肺胞、肺組織は壊れません。また肺から血液中に窒素が溶けることもないので、再浮上時の減圧症も起きないのです。
 また、空気が抜けて虚脱した肺を元通り膨らませるには肺胞にサーファクタントという物質が必要で、すべての哺乳類が持っています。潜水動物ではこのサーファクタントが陸上のほ乳類よりも肺の膨張を容易にするように進化していました。

これまで調べたように、海に住む哺乳類は、5000万年の進化の過程で、酸素を貯める量を増やし、エネルギーの使用を減らし、乳酸をエネルギーとして利用し、徐脈と血管の収縮により重要臓器を守って、低酸素と再灌流障害や炭酸ガスの蓄積に耐え、高圧から肺を守る、という様に外形や生理的機能、細胞内の代謝を変化させて高圧力と低酸素の水中に適応してきたのです!  哺乳類の進化の多様性が素晴らしいと思いませんか!
参考文献
Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Butler, P.J. Physiol. Rev. 77: 837,1997.(総説)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

低酸素への適応-その3

2021-01-25 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その3
前回では、ヒトがクジラやアザラシと同じくらい高濃度のヘモグロビン(Hb)や、ミオグロビン(Mb)を持ったとしたら、30分程度の安静無呼吸が可能と推定しました。
しかし体重100㎏程度のウエッデルアザラシでは、700mの深海で1時間以上も活動できると報告されています。
更に、大型のマッコウクジラは3000mの深海で1時間以上、南ゾウアザラシは2000mの深海で2時間活動していたとの記録があります。

このように、クジラやアザラシが深海で1時間以上も無呼吸で水中活動できる理由は体内の備蓄酸素だけでは説明できません。多くの研究がなされているので、そのいくつかを見てみましょう。

1. Mbの進化で筋肉内の酸素量は多い・・・・クジラの肉が赤黒い理由
牛肉は豚肉よりもMbが多いので赤みが強いですが、クジラの肉は更にMbの濃度が高くて牛やヒトの10倍もあるので赤黒くみえます。
ところがMbの分子は濃度が高いと互いにくっついてしまって酸素と結合できない部分が増えてしまいます。けれど、クジラやアザラシなどのMbはヒトや牛馬と違って正電気を多く持つように進化して、その電気のためにお互いが反発してくっつかないようになり、酸素と有効に結合するようになっています。
2. 脳と心臓以外に血が流れない
潜水を開始すると心拍数が著しく低下(潜水反射)して、例えばゴマフアザラシでは通常150/分の脈拍が潜水中は20/分まで低下するのが観察されています。
この心拍減少の反射がおきると、末梢動脈が細くなって体の抹消に流れる血液流量が減ります。特に腎臓や肝臓、胃、腸などの消化器官、筋肉などへの血流が著しく減ります。
しかし、心臓と脳の血管はほとんど収縮しないので、減少した循環血液は適切な血圧で心臓と脳に流れるようになります。
この潜水反射は新生児にもあって、水中に入ると呼吸を止め心拍数の減少がみられます。また、特に競技として深く長く潜水するフリーダイバーではトレーニングにより反射が強くなり低酸素耐性が大きくなることが知られています。
3. 低酸素状態への耐性については細胞内の代謝と関連して沢山の研究がなされています。ここからはそのごく1部を挙げておきます。
・低酸素誘誘導因子(2019年のノーベル医学生理学賞と関連)
細胞は低酸素状態になると低酸素誘導因子(HIF)が急速に増えて、ブドウ糖から乳酸をつくる反応が主になります。この反応では、酸素があるときに比べてブドウ糖からは1/19、グリコーゲンからは1/13のエネルギー(ATP)しか生み出せません。しかし、生成速度は約100倍にもなりエネルギーを作ると同時に細胞内に大量の乳酸が溜まります。
・乳酸による血液の酸性を防ぐ
細胞からあふれた乳酸がそのまま血液に入り全身に流れると強い酸性(アシドーシス)のために、心臓機能低下、致死的不整脈や中枢神経障害が起きるのですが、血流が少ないために少量ずつ血液にはいるので、アシドーシスにならないようです。
・肝臓での乳酸代謝
低酸素時には肝臓で乳酸をブドウ糖に戻す反応(コリ反応)がすすむので、血中の乳酸は再びブドウ糖に戻されて全身へと戻ります。
・低酸素での腎機能維持
ヒトでは血流が30分以上止まると腎臓の働きが失われますが、アザラシの腎臓は1時間血液が流れなくても機能を失うことはありません。
・脳の代謝低下
長時間の潜水により体温と血液温度が下がり、脳の温度も15分間の潜水で約3度低下するために、酸素消費量は15~20%減って、低酸素から脳を保護するのに有利です。
・クジラ類では遺伝子が変化して、低酸素状態が続くと乳酸を代謝する能力の向上がみられています。

このようにして、約5000万年の間に、ウシの祖先からクジラになり、クマの祖先からアザラシへと進化しながら、外見だけでなく代謝も循環も低酸素環境の水中生活に適するように見事に変わっていました。
さて、長時間低酸素状態にあった全身の臓器は、呼吸が再開して酸素の豊富な血流が一気に流れると、今度はその酸素による重篤な障害が生じることになりますが、それは次回にします。

参考文献
Scott M. SCIENCE VOL 340:14 2013、 Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Arnoldus S.B. JEB 221 2018(総説)、 Suhara, T. PNAS, 112: 11642-7. 2015.
Halasz. JEB 227 1331-5. 1974、  MURPHY, B. JAP 48: 596-605, 1980.
Odden et al. Acta Physiol. 166: 77-8, 1999
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

低酸素への適応―その2

2020-10-06 18:00:00 | 日記
冬眠動物とハダカデバネズミだけでなく、もっと身近で低酸素への適応をしているほ乳類がいます。それは、海に暮らすほ乳類の、クジラやアザラシたちです。
前回書いたように、私たちを含め陸のほ乳類のほとんどが無呼吸(窒息)で生存できる時間の限界は5分以内でしょう。一方、クジラやアザラシなどは1~2時間も無呼吸で水中活動をすることができます。この様な水棲哺乳類の酸素欠乏に対する適応をみる前に、私達ヒトの酸素保有能力をまとめてみます。
◯酸素運搬と貯蔵
哺乳類では、水に溶けにくい酸素を運搬して貯蔵するために、血液中ではヘモグロビン(Hb)、筋肉中ではミオグロビン(Mb)を利用しています。体内にあるHbとMbの量から運搬・貯蔵している酸素量と肺内の分とを概算してみましょう(計算は後ろにまとめました)。
1.Hbに結合した酸素量:
血液中のHbは標準で15g/100ml(血液)です。60kgの成人の血液量を体重の8%とすると約5LなのでHbは750g、このHbに結合できる酸素量は37℃では1200mlですが、70%は静脈血なので、約990mlです。
2.Mbの酸素量:
Mb量を大まかに見積もります。牛や馬では胸の筋肉重量の約0.7%程度なので、ヒトも0.7%とします。例えば30才、60kgのヒトでは体重の約40%、24kgが筋肉なので、24×0.7%=168gです。このMbに結合する酸素量は235mlとなります。結局、HbとMbに結合している酸素量はこれらを合わせて、 概ね1200mlとなります。
3.次に肺の中です。肺の全容積(TLC)は約6L、そこの酸素濃度が呼気と同じ程度の16%ならば、肺内には960mlの酸素があります。それに、全身の組織液に溶け込んでいる約200mlの酸素が加わります。
以上を合計すると、約2400mlの酸素を体内に持っていることになります。ある時に窒息などで突然呼吸が止まったとすると、成人の安静時酸素消費量は約250ml/分なので、この2400ml酸素を完全に使い切ることができたとしても約10分間しか耐えられません。しかし、実際にはこの半分の1200ml程度使うと血液中の酸素の圧力が下がって使えなくなり、それが約5分という限界なのでしょうか。残りは、体中に低濃度で分散して有効に使えないということになります。
私達の酸素保有能力は概ねこの程度のようです。

それでは次に、クジラやアザラシの持っているHb とMb の酸素保有能力を《借りてみる》ことにします。
アザラシの中には血液量が体重の20%とヒトの2.5倍もあるもの、またHbが25g/dlとヒトの1.7倍の高濃度のものもいます。
また、筋肉中のMbでもアザラシやクジラは筋肉重量の5~8%とヒトの10倍ほどもあります。
もしも、ヒトがこれと同じ血液量とHb 、筋肉のMb組成を持ったとすると、血液中の酸素量が4100ml筋肉中は2400ml、肺や組織液中はほぼ同じなので、総酸素量は約7700mlにもなります。
これだけあると、安静にしていれば25分程度の無呼吸でも生存可能かもしれません。
クジラやアザラシたちのこの様な酸素備蓄の能力は驚異的ですが、さらに彼らは無呼吸でじっとしているのではなく、深海に潜り、そこで1時間以上も活動しているのです。そのためには、循環や糖代謝に様々な変化があるのですが、この続きはまた次回で。

********************************************
酸素量の概算
以下の計算では、酸素は37℃、1気圧で1モルは25Lとしています。
Hb の分子量は64500なので、750gは約0.012モル、Hb1分子に酸素が4分子結合するので酸素は約0.048モル、従って37℃では1200ml。70%が静脈血でその酸素飽和度が75%ならば、全血液では、1200x0.3+1200x0.7x0.75=990ml。
同様にMbの分子量は17800なので、168gは0.0094モル、Mbの酸素化が100%とすれば、同量の酸素が結合するので酸素量も0.0094モル、従って235ml

人の体の約70%が水(1L=1kg)です。37℃の1Lの水には約5mlの酸素が溶けるので、体重60kgなら、60x0.7x5=210で約200mlの酸素が溶けている。

********************************************

参考   
・Butler, PJ.  Physiological Reviews vol 77, No3. I997.
・クヌート・シュミット-ニールセン 動物生理学第5版 2007年 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする