両生類の呼吸-その4
<少し定量的な話>両生類の酸素吸収能力について
******今回の要約***************************************************
両生類の呼吸では皮膚からの酸素吸収の役割が大きいので、特にカエルを例に皮膚からの酸素吸収能力を推定してみました。
水中に溶けている酸素の分圧とカエルの表皮下の酸素分圧の差を100mmHgと仮定し、表皮の厚さを0.3mmと仮定します。表皮を通過する酸素量を決定するためにKrogh(クローグ)の拡散定数を用いました。これらの数値をFick(フイック)の式に適用すると、1kgのカエルの表皮を1分間に通過できる酸素量は0.056mlと推定されました。
また、1kgのカエルの安静時酸素消費量は、イモリやサンショウウオの仲間のサイレンで測定された代謝率を借用して計算すると、1分間に0.11mlと推定され、表皮吸収量の2倍になりました。
これらの結果から、カエルの必要酸素量の約半分は皮膚呼吸でまかなえると推測されました。
********************************************************************
はじめに
水中あるいは表皮粘液の酸素が皮下に吸収される量を推定するためには次のことについて理解する必要があります。
(1) 酸素濃度と通過流量の関係式(Fickの法則)
(2) 組織中の酸素分圧と酸素濃度(酸素溶解度とHenryの法則)
(3) カエルの表皮を通過する酸素量を規定する定数(Kroghの拡散定数)
(4) 両生類の安静時1日酸素消費量
これらについて順に検討しましょう
(1) 酸素濃度と通過流量の関係
水中や空気中の酸素の濃度が均等でない場合、時間とともに濃度が均一になるように酸素分子が拡散します。拡散する分子の流量は濃度差に比例し、距離に反比例するFickの法則で求めることができます。
図のようにdの厚みのある膜の両側の水中に濃度C1とC2(C1>C2)の酸素が溶けているとします。濃度差は(C1-C2)なので、比例定数をD(拡散係数)とすると膜を通過する単位面積あたりの酸素流量JはJ=D✕(C1-C2)/dです。両側のガス濃度は時間変化せずに常にC1とC2であることが条件です。

(2)酸素分圧と酸素濃度
Fickの式を使うため水中や血液中、組織中の酸素分圧の値を酸素濃度に換算します。
そのためには、液体中の酸素濃度Cが酸素分圧Pに比例するというHenryの法則:
C=B×P(Bは比例係数)を用います。
Bは溶解度といわれ、分圧1mmHgの気体が、ある温度の液体1Lに溶ける量です。
Cの単位:μmol/L、Pの単位:mmHgのときBの単位:μmol /L /mmHgです。
水中の溶解度Bについて
水中に溶ける酸素の量は、表のように水温が高いと減ります。淡水では溶けている酸素は水温0℃で1Lあたり9.9ml、20℃で6.2mlと60%に減ります。
(3)拡散係数と拡散定数について
動物体内の細胞質や体液、組織内では、溶解度と拡散係数をそれぞれ別に測定することが不可能なために、拡散定数を使います。拡散定数はそれぞれの組織固有の測定可能な定数です(Kroghの拡散定数)。
拡散定数=拡散係数×溶解度です。例えば20℃の淡水の拡散定数は(1)と(2)の図表の数値を使って

その意味は、組織や組織液中を単位圧力下に単位断面積当たり単位時間に拡散する物質の量です。組織の拡散定数は以下の表のようです(筋肉と結合組織はカエルの組織)。

(4) 両生類の代謝率と安静時1日酸素消費量
両生類の代謝率は測定が難しく、体重と代謝率の関係式(回帰式)はこれまでに水棲の有尾目サイレン科でしか測定されていません(スケーリング:動物設計論:p82)。
強引ですが、その関係式を両生類全般に使うことにします。

(爬虫類、哺乳類の回帰式は、同じく「スケーリング:動物設計論」より引用)
従ってそれぞれの動物の体重が1kgの場合、1日当たりの代謝量はこの式にM=1を代入して、両生類では0.79 kcal/日、爬虫類は7.8 kcal/日、哺乳類は73kcal/日となります。
さて、1Lの酸素を代謝に使うと約20キロジュール、4.8kcalの熱が発生することが知られています。これを用いて酸素量に換算すると、酸素消費量は1kgの両生類(カエル)では0.11ml/分、爬虫類では1.1ml/分、哺乳類では10.6ml/分です。
(計算:0.79x1000ml/4.8kcal/60分/24時間=0.11)。
以上で準備ができたので、皮膚からの酸素吸収量を推定しましょう。
(5) カエルの皮膚からの酸素吸収量

これは(4)で得られた1kgのカエルの酸素消費量0.11ml/分の約半分に相当します。
前回の「両生類の呼吸その3」で述べたように、肺を持つカエルが皮膚と肺からそれぞれ50%の酸素を吸収していることを裏付ける結果です。
もちろん、この計算では分圧差、皮膚の厚み、拡散定数を仮定しているので、実際の値と異なるでしょう。しかし、この推定から必要酸素量のかなりの割合が皮膚から吸収できることが推測されました。
カエルたちは、餌取りや繁殖のため皮膚の毛細血管網の密度を上げる、皮膚を薄くする、しわや突起で皮膚面積を増加させる、扁平な形態で表面積を増加させる、冷たい渓流で代謝を下げる、などの適応をして必要な酸素の半分くらいを獲得していると考えられます。
そして10℃以下になると湿った地面の下に潜って冬眠をするときには、皮膚呼吸だけで静かに眠りにつきます。

次回は、皮膚呼吸で吸収した酸素はどのように全身の循環へと運ばれるのかについて、カエルの循環システムについて少し考えてみます。
今回の投稿内容について、私の理解不足、誤解などについてご指摘、ご教示をお願いします。
参考文献
・Krogh A. The rate of diffusion of gases through animal tissues, with some remarks on the coefficient of invasion. J. Physiology 391-402 1919
・伊藤 聡 他 成人皮膚のガス等価係数の計測 医用電子と生体工学 25巻3号1987
・JISK0102-2010 HORIBAナビゲーションより引用 DL2014年6月13日
・Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京 1983
・ウエスト 呼吸生理学入門 メディカル・サイエンスインターナショナル 東京 2012
・シュミットニールセン スケーリング:動物設計論 コロナ社 東京 1998
・シュミットニールセン 動物生理学 東京大学出版会 東京 2007
・キャンベル キャンベル生物学11版 丸善 東京 2018
<少し定量的な話>両生類の酸素吸収能力について
******今回の要約***************************************************
両生類の呼吸では皮膚からの酸素吸収の役割が大きいので、特にカエルを例に皮膚からの酸素吸収能力を推定してみました。
水中に溶けている酸素の分圧とカエルの表皮下の酸素分圧の差を100mmHgと仮定し、表皮の厚さを0.3mmと仮定します。表皮を通過する酸素量を決定するためにKrogh(クローグ)の拡散定数を用いました。これらの数値をFick(フイック)の式に適用すると、1kgのカエルの表皮を1分間に通過できる酸素量は0.056mlと推定されました。
また、1kgのカエルの安静時酸素消費量は、イモリやサンショウウオの仲間のサイレンで測定された代謝率を借用して計算すると、1分間に0.11mlと推定され、表皮吸収量の2倍になりました。
これらの結果から、カエルの必要酸素量の約半分は皮膚呼吸でまかなえると推測されました。
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はじめに
水中あるいは表皮粘液の酸素が皮下に吸収される量を推定するためには次のことについて理解する必要があります。
(1) 酸素濃度と通過流量の関係式(Fickの法則)
(2) 組織中の酸素分圧と酸素濃度(酸素溶解度とHenryの法則)
(3) カエルの表皮を通過する酸素量を規定する定数(Kroghの拡散定数)
(4) 両生類の安静時1日酸素消費量
これらについて順に検討しましょう
(1) 酸素濃度と通過流量の関係
水中や空気中の酸素の濃度が均等でない場合、時間とともに濃度が均一になるように酸素分子が拡散します。拡散する分子の流量は濃度差に比例し、距離に反比例するFickの法則で求めることができます。
図のようにdの厚みのある膜の両側の水中に濃度C1とC2(C1>C2)の酸素が溶けているとします。濃度差は(C1-C2)なので、比例定数をD(拡散係数)とすると膜を通過する単位面積あたりの酸素流量JはJ=D✕(C1-C2)/dです。両側のガス濃度は時間変化せずに常にC1とC2であることが条件です。

(2)酸素分圧と酸素濃度
Fickの式を使うため水中や血液中、組織中の酸素分圧の値を酸素濃度に換算します。
そのためには、液体中の酸素濃度Cが酸素分圧Pに比例するというHenryの法則:
C=B×P(Bは比例係数)を用います。
Bは溶解度といわれ、分圧1mmHgの気体が、ある温度の液体1Lに溶ける量です。
Cの単位:μmol/L、Pの単位:mmHgのときBの単位:μmol /L /mmHgです。
水中の溶解度Bについて
水中に溶ける酸素の量は、表のように水温が高いと減ります。淡水では溶けている酸素は水温0℃で1Lあたり9.9ml、20℃で6.2mlと60%に減ります。

(3)拡散係数と拡散定数について
動物体内の細胞質や体液、組織内では、溶解度と拡散係数をそれぞれ別に測定することが不可能なために、拡散定数を使います。拡散定数はそれぞれの組織固有の測定可能な定数です(Kroghの拡散定数)。
拡散定数=拡散係数×溶解度です。例えば20℃の淡水の拡散定数は(1)と(2)の図表の数値を使って

その意味は、組織や組織液中を単位圧力下に単位断面積当たり単位時間に拡散する物質の量です。組織の拡散定数は以下の表のようです(筋肉と結合組織はカエルの組織)。

(4) 両生類の代謝率と安静時1日酸素消費量
両生類の代謝率は測定が難しく、体重と代謝率の関係式(回帰式)はこれまでに水棲の有尾目サイレン科でしか測定されていません(スケーリング:動物設計論:p82)。
強引ですが、その関係式を両生類全般に使うことにします。

(爬虫類、哺乳類の回帰式は、同じく「スケーリング:動物設計論」より引用)
従ってそれぞれの動物の体重が1kgの場合、1日当たりの代謝量はこの式にM=1を代入して、両生類では0.79 kcal/日、爬虫類は7.8 kcal/日、哺乳類は73kcal/日となります。
さて、1Lの酸素を代謝に使うと約20キロジュール、4.8kcalの熱が発生することが知られています。これを用いて酸素量に換算すると、酸素消費量は1kgの両生類(カエル)では0.11ml/分、爬虫類では1.1ml/分、哺乳類では10.6ml/分です。
(計算:0.79x1000ml/4.8kcal/60分/24時間=0.11)。
以上で準備ができたので、皮膚からの酸素吸収量を推定しましょう。
(5) カエルの皮膚からの酸素吸収量

これは(4)で得られた1kgのカエルの酸素消費量0.11ml/分の約半分に相当します。
前回の「両生類の呼吸その3」で述べたように、肺を持つカエルが皮膚と肺からそれぞれ50%の酸素を吸収していることを裏付ける結果です。
もちろん、この計算では分圧差、皮膚の厚み、拡散定数を仮定しているので、実際の値と異なるでしょう。しかし、この推定から必要酸素量のかなりの割合が皮膚から吸収できることが推測されました。
カエルたちは、餌取りや繁殖のため皮膚の毛細血管網の密度を上げる、皮膚を薄くする、しわや突起で皮膚面積を増加させる、扁平な形態で表面積を増加させる、冷たい渓流で代謝を下げる、などの適応をして必要な酸素の半分くらいを獲得していると考えられます。
そして10℃以下になると湿った地面の下に潜って冬眠をするときには、皮膚呼吸だけで静かに眠りにつきます。

次回は、皮膚呼吸で吸収した酸素はどのように全身の循環へと運ばれるのかについて、カエルの循環システムについて少し考えてみます。
今回の投稿内容について、私の理解不足、誤解などについてご指摘、ご教示をお願いします。
参考文献
・Krogh A. The rate of diffusion of gases through animal tissues, with some remarks on the coefficient of invasion. J. Physiology 391-402 1919
・伊藤 聡 他 成人皮膚のガス等価係数の計測 医用電子と生体工学 25巻3号1987
・JISK0102-2010 HORIBAナビゲーションより引用 DL2014年6月13日
・Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京 1983
・ウエスト 呼吸生理学入門 メディカル・サイエンスインターナショナル 東京 2012
・シュミットニールセン スケーリング:動物設計論 コロナ社 東京 1998
・シュミットニールセン 動物生理学 東京大学出版会 東京 2007
・キャンベル キャンベル生物学11版 丸善 東京 2018