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私達動物の息の仕方とその歴史

両生類の呼吸ーその4

2025-02-27 20:00:00 | 日記
両生類の呼吸-その4
<少し定量的な話>両生類の酸素吸収能力について
******今回の要約***************************************************
両生類の呼吸では皮膚からの酸素吸収の役割が大きいので、特にカエルを例に皮膚からの酸素吸収能力を推定してみました。
水中に溶けている酸素の分圧とカエルの表皮下の酸素分圧の差を100mmHgと仮定し、表皮の厚さを0.3mmと仮定します。表皮を通過する酸素量を決定するためにKrogh(クローグ)の拡散定数を用いました。これらの数値をFick(フイック)の式に適用すると、1kgのカエルの表皮を1分間に通過できる酸素量は0.056mlと推定されました。
また、1kgのカエルの安静時酸素消費量は、イモリやサンショウウオの仲間のサイレンで測定された代謝率を借用して計算すると、1分間に0.11mlと推定され、表皮吸収量の2倍になりました。
これらの結果から、カエルの必要酸素量の約半分は皮膚呼吸でまかなえると推測されました。
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はじめに
水中あるいは表皮粘液の酸素が皮下に吸収される量を推定するためには次のことについて理解する必要があります。
(1) 酸素濃度と通過流量の関係式(Fickの法則)
(2) 組織中の酸素分圧と酸素濃度(酸素溶解度とHenryの法則)
(3) カエルの表皮を通過する酸素量を規定する定数(Kroghの拡散定数)
(4) 両生類の安静時1日酸素消費量
これらについて順に検討しましょう
(1) 酸素濃度と通過流量の関係
 水中や空気中の酸素の濃度が均等でない場合、時間とともに濃度が均一になるように酸素分子が拡散します。拡散する分子の流量は濃度差に比例し、距離に反比例するFickの法則で求めることができます。
図のようにdの厚みのある膜の両側の水中に濃度C1とC2(C1>C2)の酸素が溶けているとします。濃度差は(C1-C2)なので、比例定数をD(拡散係数)とすると膜を通過する単位面積あたりの酸素流量JはJ=D✕(C1-C2)/dです。両側のガス濃度は時間変化せずに常にC1とC2であることが条件です。

(2)酸素分圧と酸素濃度
Fickの式を使うため水中や血液中、組織中の酸素分圧の値を酸素濃度に換算します。
そのためには、液体中の酸素濃度Cが酸素分圧Pに比例するというHenryの法則:
C=B×P(Bは比例係数)を用います。
Bは溶解度といわれ、分圧1mmHgの気体が、ある温度の液体1Lに溶ける量です。
Cの単位:μmol/L、Pの単位:mmHgのときBの単位:μmol /L /mmHgです。
水中の溶解度Bについて
水中に溶ける酸素の量は、表のように水温が高いと減ります。淡水では溶けている酸素は水温0℃で1Lあたり9.9ml、20℃で6.2mlと60%に減ります。

(3)拡散係数と拡散定数について
動物体内の細胞質や体液、組織内では、溶解度と拡散係数をそれぞれ別に測定することが不可能なために、拡散定数を使います。拡散定数はそれぞれの組織固有の測定可能な定数です(Kroghの拡散定数)。
拡散定数=拡散係数×溶解度です。例えば20℃の淡水の拡散定数は(1)と(2)の図表の数値を使って

その意味は、組織や組織液中を単位圧力下に単位断面積当たり単位時間に拡散する物質の量です。組織の拡散定数は以下の表のようです(筋肉と結合組織はカエルの組織)。


(4) 両生類の代謝率と安静時1日酸素消費量
両生類の代謝率は測定が難しく、体重と代謝率の関係式(回帰式)はこれまでに水棲の有尾目サイレン科でしか測定されていません(スケーリング:動物設計論:p82)。
強引ですが、その関係式を両生類全般に使うことにします。

(爬虫類、哺乳類の回帰式は、同じく「スケーリング:動物設計論」より引用)
従ってそれぞれの動物の体重が1kgの場合、1日当たりの代謝量はこの式にM=1を代入して、両生類では0.79 kcal/日、爬虫類は7.8 kcal/日、哺乳類は73kcal/日となります。
さて、1Lの酸素を代謝に使うと約20キロジュール、4.8kcalの熱が発生することが知られています。これを用いて酸素量に換算すると、酸素消費量は1kgの両生類(カエル)では0.11ml/分、爬虫類では1.1ml/分、哺乳類では10.6ml/分です。
(計算:0.79x1000ml/4.8kcal/60分/24時間=0.11)。
以上で準備ができたので、皮膚からの酸素吸収量を推定しましょう。

(5) カエルの皮膚からの酸素吸収量

これは(4)で得られた1kgのカエルの酸素消費量0.11ml/分の約半分に相当します。
前回の「両生類の呼吸その3」で述べたように、肺を持つカエルが皮膚と肺からそれぞれ50%の酸素を吸収していることを裏付ける結果です。
もちろん、この計算では分圧差、皮膚の厚み、拡散定数を仮定しているので、実際の値と異なるでしょう。しかし、この推定から必要酸素量のかなりの割合が皮膚から吸収できることが推測されました。
カエルたちは、餌取りや繁殖のため皮膚の毛細血管網の密度を上げる、皮膚を薄くする、しわや突起で皮膚面積を増加させる、扁平な形態で表面積を増加させる、冷たい渓流で代謝を下げる、などの適応をして必要な酸素の半分くらいを獲得していると考えられます。 
そして10℃以下になると湿った地面の下に潜って冬眠をするときには、皮膚呼吸だけで静かに眠りにつきます。


次回は、皮膚呼吸で吸収した酸素はどのように全身の循環へと運ばれるのかについて、カエルの循環システムについて少し考えてみます。 

今回の投稿内容について、私の理解不足、誤解などについてご指摘、ご教示をお願いします。

参考文献
・Krogh A. The rate of diffusion of gases through animal tissues, with some remarks on the coefficient of invasion. J. Physiology 391-402 1919
・伊藤 聡 他 成人皮膚のガス等価係数の計測 医用電子と生体工学 25巻3号1987
・JISK0102-2010  HORIBAナビゲーションより引用 DL2014年6月13日
・Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京 1983
・ウエスト 呼吸生理学入門 メディカル・サイエンスインターナショナル 東京 2012
・シュミットニールセン スケーリング:動物設計論 コロナ社 東京 1998
・シュミットニールセン 動物生理学 東京大学出版会 東京 2007
・キャンベル キャンベル生物学11版 丸善 東京 2018

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両生類の呼吸-その3

2025-02-08 13:00:00 | 日記
両生類の呼吸-その3

両生類は約3億6千万年前に水棲の魚類から進化して、移動のためにヒレを四つ足にかえて、呼吸のためにエラの代わりに肺を利用するようになりました。 単純な袋状の肺と皮膚などを使って酸素吸収と二酸化炭素の排出(ガス交換)をしていました。初期の魚類で利用されていた皮膚が再び呼吸器官になったのでした。
初期の両生類は皮膚を利用する以外にも、咽頭粘膜や総排泄腔の粘膜を使う種もいるなど、全身のいろいろな部位を呼吸に使って陸上へ適応していったのです。

両生類の現生種は、有尾目(サンショウウオ、イモリ、等)、 無尾目(カエル)、無足目 (アシナシイモリ)の3群に分類されています。
成熟前の幼生体ではほとんどが水棲であり、エラ呼吸をしています。一方、成体の呼吸器官は非常に変化に富んでいて、サンショウウオの大部分は皮膚呼吸だけ、カエルでは皮膚呼吸と口腔を使う陽圧送気が主流であり、アシナシイモリの生態は詳細不明ですが肺と皮膚で換気しているようです。

◯今回は最も身近な無尾目(カエル)が獲得してきた呼吸法についてです。
無尾目の現生種は約6500種のカエルです。
幼生から変態して成体になるのですが、例外が多くの種でみられます。卵は水中に産卵されて、幼生(オタマジャクシ)は鰓呼吸をしますが、成熟して成体になるとエラはなくなり、肺呼吸と皮膚呼吸をします。
最大の特徴の1つは跳躍の能力を獲得したこと、もう1つは陸上の脊椎動物では尾があるのが普通ですがカエルではそれを失いました。尾は跳躍の際にじゃまになるために、進化とともに消失したと考えられています。

カエルには、肋骨や横隔膜という換気のための臓器がないので肺へ空気を送るには口腔を使います。それにはまず口腔を大きく広げて空気を貯め、次いで鼻とロをふさいでから口腔を縮めて空気圧を高め肺に空気を送ります。息を吐く時は、鼻を開いて受動的に排出しています(頬換気:Buccal pumping)。これはヒトが重篤な呼吸不全になったときに使う人工呼吸器と同じ換気方法です。
成体では肺と皮膚からの呼吸量はほぼ同じくらいなのですが、3月から9月にかけては肺呼吸量が増加します。皮膚呼吸量は年間を通じてほぼ一定なので、繁殖期の暖かなこの期間は肺呼吸量の方が大きくなります。

皮膚からの酸素吸収の効率をよくするため、皮膚の形態は多様に進化しました。
○毛ガエル
中央アフリカに棲息する体長10cmほどのカエルには、上肢から下肢にわたって体側と太腿に毛状の構造が密集して生えています。
これは真皮が乳頭状に伸びて、その内部に毛細動静脈が走っているので、水中では外鰓(外に飛び出たエラ)と同様の換気機能があるとされています。


○チチカカミズガエル
南米ペルーのチチカカ湖には完全に水棲の体長10cmほどのカエル(チチカカミズガエル)が棲息しています。その肺は陸棲の同サイズのカエルの1/3以下と小さく、また湖面は高度3800mのため空気中の酸素分圧は海面の60%しかないので水中に溶けている酸素量も少ない。このカエルはほとんど湖面に出ることはなく、皮膚表面の大きなしわや皮膚弁を素早く上下に振って潅水し、皮膚角質層内の豊富な毛細血管を使ってガス交換をしています。生理学的には低い代謝率、両生類の中で最小の赤血球容積、低いP50の値(酸素分圧が低くても赤血球が酸素化されること)、赤血球数とヘモグロビン濃度とヘマトクリット値が高いという特徴があります。


○ゴライアスカエル
西アフリカの熱帯雨林で滝や急流に棲息している半水棲のゴライアスカエルは体重が3kgもあり、カエルの中では最大です。大きいですが代謝率が低いので、多数の突起のある皮膚と、小さいけれども酸素吸収効率のよい肺で高頻度の口腔換気を使って呼吸しています。


○肺のないカエル(ボルネオハイナシガエル)
これまで確認されていたカエルは完全に水棲であっても肺を持っていました。しかし2008年に解剖されたボルネオ肺ナシガエル(Barbourula kalimantanensis、スズガエル科)には肺がないことが確認されました。皮膚呼吸のみで生きている唯一のカエルです。
捕獲された8個体の解剖では心臓周囲には胸膜はあるが肺はなく、また喉頭には気管につながるはずの気道の開口部も認められません。大きさは平均3.8cm重さの平均は6.5gと小型です。
14-17℃の冷たく高酸素濃度の急流に棲息するので浮力を軽減するために肺をなくして、皮膚面積を増加させて酸素吸収量を増やすために体型を著しく扁平化したのでしょう(Current Biology 18:R374-5)。


これらのカエルたちはそれぞれの環境への適応のために皮膚を改変して肺呼吸だけでは足りない酸素の吸収量を増やしているように思えます。
しかしそれは反対かもしれません。
つまりカエルにとっては皮膚が主要な呼吸臓器であり、肺は皮膚で足りない分を補うという位置づけの様に考えられないでしょうか。
なぜなら、カエルたちは環境によって皮膚を様々に変異させて酸素を呼吸していますが、皮膚から十分な吸収が可能になると肺もなくしているからです。
それに、同じ両生類のサンショウウオも肺を持たず皮膚呼吸だけであり、足なしイモリの皮膚が主要な呼吸器官なのも同じ理由かもしれません。
前回に話題としたように魚には口腔や皮膚を使う呼吸法を獲得して陸上で生存を可能とする方向への進化がありました。そのような進化の流れの上で魚から進化したばかりの両生類という進化段階ではまだ皮膚が主要な呼吸器官であったのではないでしょうか。
そう考えると、両生類が四肢動物で唯一肺のない進化を遂げた理由は、肺が進化して十分な機能を持つその時までは、未熟な肺はいつでも破棄できる臓器だったからと言えるのかもしれません。

参考文献
・松井正文 両生類の進化 東京大学出版会 東京 2012
・クヌート シュミット=ニールセン 動物生理学第5版 東京大学出版会 2007
・D. Bickford 他 A lungless frog discovered on Borneo  Current Biology vol18 No9:R374-5 2008
・毛ガエル:http//allabout.co.jp/gm/gc/70659/より転載
・チチカカミズガエル:Ugly-overloadより転載
・ゴライアスカエル:Wikipedia ゴライアスカエルより転載
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