もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

昆虫の呼吸-その3

2023-05-14 16:39:10 | 日記
昆虫の呼吸-その3
気管呼吸システムについて:呼吸のための昆虫独自のシステム
昆虫は体表を外骨格で覆っているため体表から酸素を拡散吸収することはできないので、呼吸器官として体表の気門からつながる気管-毛細気管系という独自の気道システムを発達させ、気道内の空気と細胞の間で直接ガス交換を行っています。



これまでの研究から、気管-毛細気管系における酸素と二酸化炭素のガス交換の様子が明らかになってきました。
気管-毛細気管系の図

図のように外骨格の表面に開口する気門から気管という中空の管が昆虫の体の中を縦横に貫いています。気門は目で見てわかる大きさからダニなどの小型昆虫では数十μm程度で、空気の取り込みと二酸化炭素の排泄時には開き、それ以外は閉じています。
気管は次第に細くなっていき、最終的に直径約0.2μm(1μm=千分の1ミリ)と細い毛細気管となって、各組織中の細胞の間や細胞内に達しています。飛翔筋へは直径0.1μmと更に細くなって細胞内に陥入してミトコンドリアに直接接している場合もあります。
細胞で酸素が消費されると、気門付近の酸素濃度の高い空気から末梢の低酸素の毛細気管内へ酸素が供給されます。その際には幾つかのメカニズムが協同して働いています。
1つは気門から組織までの数mmの毛細気管内を酸素分子が拡散して供給されることです。毛細管内はガス分子の濃度の差により生じる分子拡散現象によって、酸素、二酸化炭素、水の分子が移動しています(拡散流)。酸素は気門から毛細管末梢へ向かい、二酸化炭素と水分子は反対に気門に向かって拡散しています。気管内や組織液中の二酸化炭素は体液中の酵素によって炭酸に変わるために、二酸化炭素分圧は下がっていきます。
     拡散流とは:空気の分子は秒速約400mで飛んでいて、分子同士で毎秒数千億回も衝突してランダムに運動しているので濃度が均一に   
     なる。例えば、酸素ガスの入った箱と窒素ガスの箱を並べて置いて、間の仕切りを取り外すと、この分子同士の衝突によって時間とと 
     もに酸素と窒素の濃度が均一になる。このようにかき混ぜ無くても均一な濃度になる分子の流れを拡散流という。
2つ目のメカニズムは、飛翔筋など移動に使う筋肉の運動に伴って、気管系が圧迫(虚脱)されて排気し弛緩(拡張)で吸気する換気運動(容積流)です(Weis-Fogh1964)。
2003年には生きている昆虫に放射光といわれる強いX線を照射して直接換気運動をとらえることができました(Westneat 2003)。
図のように気管-毛細気管系は昆虫体の筋肉の収縮と弛緩によって、腹部では背腹方向に虚脱と再拡張が行われている映像が発表されました(インターネット上で閲覧可能です)。

①、②、③の毛細気管は著しく直径が変化しています。さらに細い毛細気管の虚脱も認められます。
虚脱と再拡張により気管内の空気は十分に換気されることになります。

気管から毛細気管まではこの換気運動を用いて空気を入れかえて酸素分圧を上げることで、拡散制限のかかる直径0.2~0.1μmという末梢のガス交換を促していますと思われます(拡散制限は後の回で解説します)。
さて、3つ目は気門の働きです。以前から気門の開いている時間は閉じている時間よりもずっと短く、二酸化炭素の排出を調節していることが知られていました。
蛾のさなぎの観察から気門は8時間に一度、約1時間開いて二酸化炭素を排出しています。
酸素が消費されて分圧が下がると気管内の気圧が下がり、気門の隙間から流入する空気で酸素が補給されると考えられてきました。(Miller 1964)
気門の更に積極的な作用が2005年に報告されました。それによると気門は数時間から数日毎に数分間程度開いて断続的なガス交換をします。実験では酸素分圧を0.05~0.5気圧(原文は5~50kPa;100kPaは約1気圧)の間で変化させた環境でも昆虫の気管内酸素分圧は約0.04気圧(4kPa)に保たれていて、高濃度の酸素が組織に障害を起こさない様に、また水分が過剰に蒸散しないように調節されていました。(Hetz 2005.)
なお、4kPaは、約30mmHgに相当します。哺乳類の末梢組織の間質と細胞では酸素分圧は5~40mmHg(平均23mmHg)なので(ガイトン生理学13版p528)、毛細気管内の酸素分圧30mmHgは多くの動物細胞の場合と同程度になっています。

更に呼吸―循環系について1998年に興味深い報告がありました。毛細気管系は直接細胞とガス交換を行うだけでなく、血リンパ中の血球を酸素化していました(Locke 1998)。

蝶の幼虫(いわゆる毛虫)の背脈管近くの第8気門に繋がる毛細気管末梢にtuft(小房)という構造があります(図)。これは毛細気管が繊細な綿毛のように広がり、きわめて薄い壁で血体腔の血リンパ液中に広がっている構造です。
この小房の周囲には血リンパ中の血球である免疫担当細胞が付着して酸素を受け取っている(酸素化されている)ことがわかりました。つまり小房では、ほ乳類の肺胞で赤血球を酸素化するようにリンパ球を酸素化して、そのリンパ球はすぐ背側にある背脈管(心臓)を通って全身に循環していました。

この様な最近20年間の研究成果から、昆虫の気管-毛細気管系は、単に昆虫の体内に張り巡らされた固定した空気配管ではなく、気門によって酸素濃度を調節し、気管の適切な換気運動を行って組織に直接酸素を供給すると共に循環系の血球を酸素化して全身に送る巧妙な器官です。陸生脊椎動物(両生類、爬虫類、鳥類、ほ乳類)とは全く異なる機構を採用して外骨格と開放血管系に適応して空気呼吸しています。

参考文献
スコット・R・ショー「昆虫は最強の生物である」河出書房新社2016年
松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
Weis-Fogh T. J Exp Biol 41: 229-56, 1964
Westneat,MW. Science vol299 558-560 2003
Miller PL: The Physiology of Insecta Vol. 3, Academic Press, New York, 1964
Hetz, S.K. Nature. 433: 516-519. 2005.
Locke、M。J Insect Physiol. 44(1):1-201998
ガイトン生理学13版p528
Wikipedia 昆虫
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昆虫の呼吸ーその2

2023-05-07 15:00:00 | 日記
昆虫の呼吸―その2

今回は外骨格、翅、循環系の話です。

シルル紀から、3億年前の石炭紀末まで1億4千万年間に昆虫は進化し、多くの種類に放散しました。
昆虫の特徴
前回にも記載しましたが、全動物種の80%以上を占める昆虫は背骨を持たず、代わりに体表に硬い殻つまり外骨格で体勢を作るとともに耐乾性を得ています。この固い殻を持ちながら成長するために脱皮と変態を行っています。
また、昆虫の99%以上が翅(はね)を持ち、呼吸循環系では開放血管系と独特の気管呼吸が特徴です。

外骨格
利点:体を保護し支える(脚はカンブリア紀から備えてた)、体液の蒸発を防ぐ(耐乾燥)
欠点:表皮の感覚、成長のため脱皮が必要、気管の脱皮

外骨格は、耐水性のあるキチン質(ムコ多糖;N-アセチルグルコサミン+グルコサミン)が主成分であり、外敵や外傷から守り、付着している筋肉の収縮に対する支持も担っています。
更に、陸生の小動物は体重に対する表面積の割合が大きくなるために、体表から水分が蒸発しやすいけれど、昆虫の外骨格にあるワックスの層が蒸発を防いでし干からびることを免れているのです。

昆虫体の成長のためにはそれまでの外骨格を脱皮により取り外して、次の外骨格が再生されるまでの短い時間に翅や皮膚の拡張、成長が行われている。
表皮を貫いている気管の内側も脱皮時には脱ぎ捨てられます。その貴重な画像がこの図です。白いひものように見えるのが、古い気管の内側の壁とのことです。
芋虫が蝶になる等の変態では外骨格だけでなく内蔵器官の大幅な再構成が行われていますので、網状の末梢毛細血管系のない解放血管系はこの変態や脱皮時に有利かもしれません。

昆虫の翅
4億年前のデボン紀初期には翅を持つようになりました。昆虫の翅は甲殻類が持っていた胸部の脚の基部(脚の先端から8番目の節)が体に取り込まれた部位に形成されたとのことです。

翅を動かす筋肉は胸部の頑丈な外骨格に付着し、迅速な運動が可能になっています。
その筋肉細胞に必要な酸素はそれぞれの細胞の中にまで分布している毛細気管(直径1万分の1ミリ)を通って供給されるとのことです(詳細は次回以降)。
翅の獲得により移動能力、攻撃からの逃避、体温の発散(デボン紀から石炭紀の高温多湿への適応)、発音機能(音によるコミュニケーション:虫の音)などの機能が獲得されました。
石炭紀には、体長30cmのトンボ:メガネウラなど巨大な昆虫や、重さ20kgのサソリ(節足動物)が出現していました。

昆虫の巨大化の理由についても後で解説します。

循環系:解放血管系
「水中の動物たちの呼吸11」でも解放血管系の解説をしたので、再掲です。
魚類から哺乳類までの脊椎動物の血管は心臓―動脈―末梢毛細管―静脈―心臓とつながっていて、血液と組織の細胞との間の栄養、老廃物、酸素、二酸化炭素などの交換は血管壁を介して行っています。血液は血管内に閉じ込められている閉鎖循環系です。
一方、昆虫では血リンパ液(栄養素に富み生体防御作用を担う細胞を含む体液)は心臓から動脈を経て血管外の組織間隙(血体腔)に流入します(下図)。
毛細血管と静脈に相当する血管はなくて、血リンパ液は各器官の細胞の間を流れて、図のような毛細気管から酸素を吸収するとともに、栄養、老廃物、ホルモンの運搬を行います。

その後、心臓周囲の膜の内側にある間隙(囲心腔)に流入して心臓に開いた多数の心門という一方向弁を通り再び動脈へと循環する解放血管系です。心臓は背中側にある動脈の一部がポンプとして直列に繋がって脈動し、血管内の一方向弁により尾側から頭側に血リンパを送っています。これは背脈管といって、エビを料理するときに背中を開いて取り除くいわゆる「背わた」に相当するものです。
触覚や肢などの器官の基部ではまた別の脈拍器官があり循環を補助しています。
運動に必要な糖分などのエネルギー源は、消化管から吸収されてこの循環する血リンパにより筋肉細胞に運ばれています。
水生の甲殻類(エビ、カニ等)では血リンパ中に、酸素を運ぶ血色素ヘモシアニンを持っていますが、昆虫にはありません。
臓器や細胞が血リンパ液に浸されたような状態であって、網状の毛細血管系がないので構造が単純であり、組織や臓器の間を血リンパ液と生体防御担当細胞が流れています。


参考文献
スコット・R・ショー「昆虫は最強の生物である」河出書房新社2016年
土屋健「オルドビス紀・シルル紀の生物」技術評論社2013年
松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
京都九条山自然観察日記 2013/6/26 http://net1010.net/2013/06id_7456
Bruce HS. Nature Ecology & Evolution 1703-12 (2020)
Wikipedia 昆虫
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昆虫の呼吸

2023-04-28 18:00:00 | 日記
昆虫の呼吸―その1
・昆虫は節足動物門に属し、甲殻類、クモ類、ムカデ類などと同様に外骨格と体節をもつ動物です。国連環境計画2011年の報告によると地球上の全生物種数は約870万種と推定されています。そのうち動物種は777万種、植物30万種、菌類61万種であり、陸上種が650万、海洋種が220万種です。


全動物種のうち、少なくとも9割が節足動物であり、更にその9割を昆虫が占めています。つまり全動物種の内8割(620万種)以上が昆虫類で全生物の内で種の数は最大です。昆虫に次いで多い、貝やタコ、イカなどの軟体動物は11万種、水棲節足動物のエビやカニは約3万種であり、脊椎動物は3.5万種(魚2万種、鳥1万種、哺乳類4,500種)と推定されています。結局、動物の種類では圧倒的に昆虫が多数を占めています。(国連環境計画 2011 08 23)
・進化史の概略
節足動物は古生代になる前に出現して、古生代を通して、アノマロカリスをはじめ三葉虫やウミサソリなどの甲殻類から、クモ類、多足類、昆虫、等へと進化・分岐していきました。

節足動物はシルル紀まで水棲だったのでエラを使って呼吸していました。
潮の満ち引きのある海岸や磯(潮間帯)ではクモやダニの祖先である半水性の海サソリとか、ムカデや多足類たちが、時々満ちてくる海水をエラの周囲に含んで地上を歩き回っていたことでしょう(現在でも、エビやカニなどは、殻の内側つまり外骨格の内側のエラを湿らせておけば数時間から1日程度は生きているので、産地直送で生きたまま郵送されています)。

ウミサソリのエラは書鰓(しょさい)と言われエラが本のページのように重なっている構造であり、そのエラの間に海水を含ませて呼吸をしていた。

デボン紀になると、ウミサソリから陸生のサソリやクモが進化しますがそれらの空気呼吸器官である書肺(しょはい)はこの書䚡から進化したものです。

多足類(ムカデやヤスデ)や昆虫類はシルル紀に気管呼吸を獲得して、陸上での生存を確立していきました。
昆虫類は、以前は多足類(ムカデやヤスデ)から進化したと言われていましたが、遺伝子解析により、シルル紀初期(4億4千万年前)の淡水域に生息していた甲殻類のミジンコの祖先から進化したとされています(Wikipedia昆虫)。

シルル紀後期には海岸線に沿った陸地には緑藻類・苔類・蘚類に覆われ、まばらに数センチの植物(クックソニア、高さ数cm)や数十センチの植物が育ち、そこにサソリやムカデなどの多足類やトビムシ類が這い回っていた。それよりも内陸部は岩と砂だけの乾燥した土地が広がっていた。

節足動物が陸に上がってから4千万年後のデボン紀後期には、肉鰭類が陸に上がり両生類が出現しましたが、すでに海辺に大型のサソリや有毒のムカデなど多くの節足動物が生息していた。 海辺の苔類や低木の湿地の森の中では肉鰭類や節足動物たちが互いに捕食し合っていたことでしょう。
トビムシやヤスデなど多種の小型節足動物は、数千万年かけて菌類や枯れ枝などの有機物を食べて分解し土壌を作って、デボン紀後期の森林の準備をしていました。

エラ呼吸と気管呼吸について
海水中で発生した原初の動物は体表の皮膚を通して水中の酸素を吸収していました。
酸素をより多く吸収するために、表皮から水中に突出した毛細血管網は葉状に形成され、それが多数集まってエラという器官が構築されたのでしょう。
つまり、エラは整然と構築された毛細血管の束でありそれを体外の海水の流れの中に曝して酸素を吸収する器官です。
一方、多足類や昆虫が採用した気管呼吸は表皮から空気を通す管を体内に張り巡らして、細胞内にまで空気を導く導管を採用して酸素を吸収します。
つまり、気管は細管の束を体内に差し込んで細胞に直接酸素を吸収する器官です。

この二つの呼吸器官はまったく異なるように見えますが、実は表皮の呼吸面積を広げるための凸と凹をそれぞれ採用した結果であり、表皮から突出(凸)するとエラになり、表皮から体内へ窪む(凹)と気管になっているといえます。
現生のサソリやクモが採用した書肺は空気中へ多数のシワ(凸)を作っているので、空気呼吸用のエラという解決方法かもしれません。
この様な比較から推測すると、哺乳類・は虫類・鳥類が採用した体内の肺は、元々エラとして体外に構築する器官を体内で構築したといえるかもしれません。
いわば、書肺を体内に作り上げたようなものでしょうか。

エディアカラ紀からシルル紀まで水という粘性と密度の大きい呼吸媒体ではエラという凸の呼吸器官を採用してきた動物は、それよりも粘性と密度が遙かに小さな空気を呼吸する必要に迫られると突然のように気管という凹の呼吸器官を進化させたということに驚くばかりです。(気管呼吸の詳細は後の回で詳述します)

参考文献
ピーター・D・ウオード「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」文藝春秋2008年
土屋健「オルドビス紀・シルル紀の生物」技術評論社2013年
笠岡市立カブトガニ博物館 ホームページ
大阪市立自然史博物館 ホームページ
コトバンク http://kotobank.jp/word/化石
スコット・R・ショー「昆虫は最強の生物である」河出書房新社2016年
筑波大学他の報道公開資料 ゲノムデータにより明らかとなった昆虫の進化パターンと分岐時期 (原論文:Bernhard Misof他 Science 2014)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水中の動物たちの呼吸 18 まとめ

2023-03-31 18:00:00 | 日記
水中の動物たちの呼吸18―まとめ

水中の動物のシリーズでは魚類と頭足類の呼吸と循環の機能について見てきました。
今回は17回分のまとめです。

原生代末期(先カンブリア時代)のエディアカラ紀から古生代にかけて、海中で発生した大型で扁平な動物たちは、体表から水中の酸素を拡散(酸素が表皮を通して染みこむこと)によって取り込んでいました。口と消化器官を形作り、そこにエラを進化させるまでには更に数千万年の時間が必要でした。 

約5.2億年前の古生代カンブリア紀前期には脊椎動物の無顎類(開閉する顎は無くて口は丸く開口)、節足動物(三葉虫など、甲殻類と昆虫の祖先)や軟体動物(オウムガイなど、貝やイカ・タコの祖先)、 半索動物(筆石など、ギボシムシの祖先)が出現しました。

初期の魚類である無顎類では酸素の吸収と二酸化炭素の排出は全身の表皮で行っていました。血液は心臓から全身の組織で酸素を放出し二酸化炭素を取り込んで、皮膚の毛細血管から酸素の吸収と二酸化炭素の排出を行って心臓に戻ります。こうして酸素の豊富な血液がまず始めに心臓に流れていました(血液循環は心臓→全身→皮膚→心臓)。
咽頭にある櫛状の線毛管(エラの元)は口から流入する水から餌をこしとる給餌器官でした。
約4.5億年前のオルドビス紀後期には顎を持つ 魚類(顎口類) が登場し、水流の多い線毛管は給餌器官から酸素を吸収するエラに進化した。
酸素吸収器官が皮膚からエラになると、心臓に流れる血液には酸素が乏しくなり、長時間の高速遊泳や激しい運動時に心臓への酸素供給が不十分になります。
心臓へ還流する静脈血から供給される酸素は冠動脈を持たないスポンジ状心筋にとって必須のものでした。
おそらく、皮膚呼吸に替わる酸素吸収器官が必要になったためでしょうか、硬い骨を持つ魚類はエラを獲得してから約3千万年後のシルル紀中期(約4.2億年前) に肺を進化させました。 

肺で酸素を吸収した血液は心臓へと向かい、全身の組織から帰ってきた静脈血と混合して心臓へと流れていました(血液循環は心臓→エラ→全身→心臓と心臓→肺→心臓とが重複)。
肺を獲得した理由として、「低酸素環境に曝された」ことによる進化圧力との主張が主流ですが、その他に上記のように「心臓へ酸素を供給する」ため、あるいは「浮力を得る」ためなどの生理学的理由も論じられています。
いずれにしろ、エラ呼吸だけでは酸素を十分に取り込むことができない環境の変化に対して、皮膚よりも酸素と二酸化炭素のガス交換に特化した肺を進化させたと言えるでしょう。

ところが、現在のほとんどの魚類は肺を呼吸器官から浮力装置の鰾(ウキブクロ)に変えています。
酸素を吸収する重要な器官である肺をなぜ鰾(ウキブクロ)に変えたのでしょうか。
その理由として
1生存圏を深海に広げたため空気呼吸で水面まで浮上するのが困難になった
2水面で空気を吸うときに翼竜などの空からの捕食者を避けるため
3沈まないための浮力の獲得
4心筋へ酸素を送る効果的な冠状動脈系の発達で低酸素血でも良くなった
などが言われています。

このように魚類の進化では、皮膚 →エラ →エラ+肺 →エラ(+鰾)が主要な呼吸器官の変遷ですが、酸素吸収には肺だけでなく口から消化管の各部位(口腔、のど、食道、胃、腸)までを利用して、それぞれが独立して何度も発生してきました。
例えば現生のトビハゼ(ムツゴロウなど)は口腔内面と皮膚を利用して干潟を這い回っています。木登り魚は上䚡器官(ラビリンス)を呼吸器官に利用し、長時間陸上で過ごすことができます。
トビハゼの皮膚には薄い水の膜があって乾燥を防ぎ、必要な酸素の80%を吸収しています。
湿った皮膚と口腔、咽頭を利用する呼吸方法は両生類が採用している呼吸と同じですが、循環系は基本的には普通の硬骨魚と同じ構造であり、心臓―鰓―全身―心臓と心臓―空気呼吸器官(口腔やラビリンス)―全身―心臓とは並列してつながっています。

肺を使う空気呼吸魚
デボン紀に硬骨魚類から進化・分岐した条鰭類の一部と肉鰭類は現在でも肺を主要な酸素吸収器官としています。特に肉鰭類の肺魚は肺を使って酸素呼吸の90%を肺から採っています。
肉鰭類の心臓は条鰭類と同じ1心房1心室ですが、心房と心室には不完全な中隔があって肺を通って心臓に帰ってきた血液と全身から戻ってきた血流が混合しないように調節されています。このため肺から流出する酸素化された血液は主に全身へと流れ、全身の組織から戻ってきた脱酸素化された血液は肺へと灌流していて、機能的に2心房2心室に類似した血液循環になっています。
肉鰭類から進化した両生類の2心房1心室の心臓では、心室内の弁(らせん弁)により低酸素血は主に肺と皮膚へ流れ、酸素化された血液は大部分が大動脈に流れるという機能的な2心室構造になっていて、肺魚の心臓はこれに類似した血流調整が行われています。

頭足類
古生代カンブリア紀の初期(5.4億年前)に貝殻を持つ最古の頭足類のプレクトロノセラスが現れました。
プレクトロノセラスの系統から、約4.1億年前のシルル紀末期にオウムガイ類があらわれ、更に肉鰭魚類が出現した4億年前のデボン紀には、アンモナイト類とイカやタコの祖先の鞘型類(しょうけいるい)が分岐して出現しました。

タコとイカは、元々は貝殻を作る外とう膜と斜紋筋という筋肉で、鞘(さや)のような中空の筒を作り、その中に内臓を納めているので、これが鞘型類という名前の由来です。
筒の筋肉を使って吸い込んだ海水を左右にある房状のエラに流して酸素を吸収しています。
左右のエラ心臓から押し出された血液はエラを通った後に体心臓に流入して全身の臓器へ循環しています。この心臓の機能を哺乳類と比較すると、右心房と右心室の機能をエラ心臓が担い、左心房左心室を体心臓が受け持っていることになります。ポンプとしての心臓を低圧系のエラ心臓と高圧系の体心臓に分けたために、運動時に必要な酸素を含んだ血液を十分に送り出せるようになっています。

酸素を運ぶ血色素は脊椎動物のヘモグロビン(Hb)ではなくヘモシアニン(Hc)です。
HcはHbより60倍も大きい分子で、酸素運搬の効率はHbよりも少し低く、酸素と結合すると青色になります(脱酸素化すると無色透明になるので、イカ・タコを切っても血は目立ちません)。
古生代初期に、Hcを用いる無脊椎動物が現れ、次いでHbを用いる脊椎動物が出現しました。現在の地球の動物種ではHcを利用する種の方がはるかに多く、昆虫や蜘蛛、エビ、カニなどの節足動物は全動物種の85%を占めて第1位、第2位は貝やタコ、イカなどの軟体動物であり約8%を占め、脊椎動物(魚から鳥、ほ乳類まで)の5%以下よりも遙かに多いのです。
Hc動物のほとんどは解放血管系を持ち小型ですが、タコ・イカだけは閉鎖血管系を持ち大型で高い知能を持っています。閉鎖血管系が知能の発達や大型化をもたらしたのでしょうか。
Hbを採用した魚類は大型化に伴ってシルル紀には肺を獲得してエラと肺を使うようになりましたが、Hcを選択した軟体動物や節足動物たちは肺を必要としませんでした。水中の酸素の吸収と利用にはHcの方がHbよりも有利だったのでしょうか。
イカ・タコはオウムガイから進化したとされていますが、オウムガイと比べるとその身体の構成の独自性(大きな脳、独自の呼吸循環系、高い運動能力、優れた目、洗練された神経系と形態変化能力など)がみられます。これは遺伝子の激変があったためですが、その変化の原因は隕石などからもたらされたレトロウイルスによるというパンスペルミア説(宇宙汎種説)も主張されています。

魚類は肉鰭魚類に進化すると水呼吸から空気呼吸へと切り替えて、陸上へ進出する準備が整いました。いよいよ両生類への進化が始まります。
次回からは魚類や軟体動物と同時期のカンブリア紀前期に出現した三葉虫を代表とする節足動物と、その子孫の昆虫について見ていきます。
その独特の呼吸器官は大変興味深いものです。

参考文献は、「水中の動物たちの呼吸1~17」を参照してください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水中の動物たちの呼吸17

2023-02-22 18:00:00 | 日記
空気呼吸する魚たち-3

今回は湿った環境なら1年以上も空気呼吸して生存可能という驚きのポリプテルスです。
ポリプテルスは、約4億年前のデボン紀に条鰭類が現在の魚類・陸生四肢動物へと適応放散を開始する前に派生したと考えられています。

ポリプテルスとは「多くのヒレ」という意味で小さく分かれた背びれが尾まで連なっています。稚魚には両生類の幼生のように1対の外鰓があり成長すると消失し、魚類と両生類に進化する分岐点にある動物と考えられています。

ハイギョや初期の陸生4足動物と同様に、頭の上に大きな対の開口部(気門)を持っていて、そこを通して空気を吸い込んで肺呼吸をしている。
まず、頭部を水面上に出して、気門弁を開き、胴体を膨らませると空気が肺に吸入される。その間、頬咽頭腔も拡張して空気を溜めて、気門弁を密封してから頬腔を縮めるとそこの空気が更に肺へ補充される。
息を吐くときは、肺からのガスが広がった頬咽頭腔に移動すると呼気はエラのすき間から出始め、頬咽頭腔が縮むにつれて完全に排出される。
こうして、呼吸の最大93%を気門の呼吸が占め、ほとんどエラを使っていません。

カナダのマギール大学では、このポリプテルスを使って魚が陸上動物へと進化する過程の変化を研究しました。
ほぼ1年間陸上でポリプテルスを飼育したところ、幼魚が成長する間に解剖学的および行動的に大きな変化を示しました。胸の骨格とそれを支える支持が強くなって、歩行中に頭蓋骨を持ち上げて頭/首の動きが大きくなるという変化が起きたとのことです。
その結果、胸ヒレを体に近づけ、頭を高く上げて、ヒレが滑らないようにして効果的に歩きました。
魚が最初にヒレを持って陸地を歩いたときに起こった可能性も反映していると推測されています。

下記のURLで歩行する動画を見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=mKxRe0hAQmg&t=8s
この動画を見ると、胸びれを腕のように使う両生類のイモリや、は虫類の蛇がくねって移動するようにも見えます。
初めて陸に上がった動物は、敵のいない新天地の湿地帯をこの様に進んでいたのでしょうか。

参考文献
1.Canada McGill Univ 
https://www.mcgill.ca/newsroom/channels/news/walking-fish-reveal-how-our-ancestors-evolved-land-238477
2.Graham JB Nature communications Published 23 Jan 2014
3.Ishimatsu A Aqua-BioScience Monographs, Vol. 5, No. 1, pp. 1–28 (2012)
4.Wikipedia:ポリプテルス
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする