もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

水中の動物たちの呼吸14

2022-11-22 18:00:00 | 日記
エラ呼吸の話が続いているので、少し空気呼吸をする肺についても話題にしてみましょう。

水中で暮らす魚と軟体動物はみなエラを使って水中の酸素を取り込み二酸化炭素を排出するガス交換をしています。魚やイカ、タコのエラは、写真のウーパールーパー(メキシコサンショウウオ)のエラの様に体外に飛び出してはいませんが、外の水がエラの表面を流れてそのまま排出されるという点では、外部環境に露出していると言えるでしょう。

このようにエラは水中という外部環境に解放されているために川などの淡水ではエラを通して体内に水が染みこんだり、海水では体から水分が抜ける脱水をおこしたりするので、それを避けるためにエラや腎臓の仕組みを利用して体の水分バランスを調節しています(水中の動物たちの呼吸2を参照)。
一方、陸に住んで空気呼吸をする爬虫類、鳥類、哺乳類はガス交換に肺を使っていますが、これらの動物たちの肺は気管・気管支という長い管の先の奥深くに配置されていて、エラのように空気中に解放されてはいません。
もしヒトの肺がエラと同じように体の外に露出していたらどうでしょうか?
具体的なイメージとしては、毛細血管が張り巡らされた薄いシートが本のページのように重なっているクモの書肺です。
例えば図のように背中に多数のヒダが本のページのように重なった翼に似た肺が背中から生えているとしましょう。(はからずも天使のようになりました 天使の翼は呼吸器官ですか!?)

ページの間を空気が流れてガス交換を行い、その全ページの総面積は肺胞表面積と同じ80平方メートルあるとします。(以後、「翼の肺」と言う)
露出しているために、埃で汚れる、傷つきやすい等の問題はありますが、呼吸のための運動が不要、病気の発見が早い、などの利点があるでしょう(この図の場合仰向けに寝られないのも欠点ですが)
この場合、重要なことは翼の肺の表面が薄い水の層で覆われていることです。その水に溶けた酸素が肺表面の細胞膜を通って毛細血管へと吸収され、二酸化炭素はその逆を通って排出されるからです。カエル等の両生類が呼吸の50%を皮膚呼吸に頼っているために常に皮フを湿らせていることと同じです。
このような状況では翼の肺表面から水の蒸発が無視できない量になります。

○翼の肺表面から蒸発する水分量を見積もる
多少荒っぽい話ですが、洗濯物が乾く過程を参考にします。
普通のタオル(30×70cm)を濡らして水分が100g残るように絞ります。これを、湿度30%で気温25℃の無風状態という爽やかな気候の時に陰干しすると1時間後には水分が蒸発して約70g軽くなりました。
さて、タオルの表面積は表と裏を合わせて0.42平方メートルです。肺の表面積は約80平方メートルなので、タオルの約200倍もあります。この湿ったタオルと同じ割合で肺の表面から蒸発すれば1時間に14kg(70gX200=14000g =14リットル)もの水分が蒸発することになり、脱水して干からびるのを避けるためには大量の水分を取らないといけません。

○肺が体の奥にあると干からびない理由
ヒトが呼吸をする毎に、乾燥した空気は鼻、喉、気管、気管支を通って徐々に肺胞に到達します。
息を吸うときには空気は気管・気管支の熱と水分で加温、加湿されて水蒸気で飽和してから肺胞に到達するために、肺胞表面から水は蒸発しません(この時空気は37℃となって含まれる水分は1リットル当たり0.044g)。

息を吐くときは、水分で飽和した37℃の肺胞気が逆に流れて気道に熱を与えて温度が下がると、それと共に飽和水蒸気圧も減少して呼気中の水分量も減ります。鼻から出る呼気が25℃に下がっていたとすると含まれる水蒸気量は1リットルあたり0.023gに減っています。
成人の安静時の1回の換気量は約500ml、大きく息をするときは2000~3000mlになります。1日の内では、安静に寝ている、食事する、歩く、仕事する、などの状況で換気量は変化しますが、それを平均して1回1000ml 1分間に20回呼吸するとしましょう。すると1分間の換気量が20リットルとなります。乾燥した空気を吸って、吐くときの水分量は1リットル当たり0.023gでしたから、呼吸で失われる水分量は毎分0.46g(0.023g×20リットル=0.46g)、つまり1時間で約28g(0.46X60=27.6g)、1日では660gとなります。翼の肺では1時間に14kgでしたからそれのほぼ1/500程度とかなり少なくなっています。

空気呼吸動物は呼吸する空気の温度と湿度を調節するために、肺を体の奥深くに収めて、口や鼻、長い気管・気管支を通過させていると言えるでしょう。
海に住む魚は脱水を避けるために大量の海水を飲んでいますが、陸上の私たちはそれができないので、水分を逃がさないように調節しています。
こうして肺胞を湿潤状態に保ってガス交換を維持し、かつ呼吸に伴って過剰な水分が失われないようにして、体の中の“海”を守っているのです。
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水中の動物たちの呼吸13

2022-11-07 18:08:04 | 日記
頭足類の進化と地球生命の起源について
イカやタコの進化について調べていたところ、2億7千万年前に隕石と共に地球に飛来したウイルス遺伝子がオウムガイの遺伝子に変異をおこして、イカやタコの様な知的な軟体動物が生まれたとの文献がありました(Steele2018年)。
近年の宇宙探査が進むにつれて、このように地球の生命の起源を宇宙に求めるパンスペルミア説(宇宙汎種説)を支持する発見が増えています。

最近のはやぶさ2の報告では
・はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウの資料の分析が、先月9月23日の宇宙航空研究開発機構(JAXA)と東北大チームから発表されました。
それによると、標本に含まれる硫化鉄の結晶中の、直径数マイクロメートル(=数ミクロン)の微細な穴状の隙間に有機物と塩類、などを含む炭酸水が発見され、そのほかに銅、硫黄もみつかった。

今年の6/10日の発表では、水と反応して生じた鉱物とともに、23種類のアミノ酸が検出され、グルタミン酸やアスパラギン酸、グリシン、バリンなど、生命活動に関係の深いアミノ酸が含まれていたとのこと。
また8/16日の発表では含水ケイ酸塩と脂肪族炭化水素の多い有機物の混合した組織は、水とともに有機物と鉱物が反応してできた後、30℃以下の温度に保たれていたようです。

このような現在までの発見をもとに、小惑星リュウグウの誕生をシミュレーションしたところ、リュウグウは45億7千万年前の太陽系誕生時に、太陽近くのチリが太陽系の外縁に移動して外縁部の氷とともに母天体を形成した。そこに含まれていた放射性物質の熱で融解して水と岩石からなる小惑星となった。その後母天体は太陽系の内部へ移動して小惑星と衝突して砕けて、リュウグウができたと推定されました。

このように生命の元になる物質が宇宙には豊富にあり、地球環境以外でも生命が発生した可能性が示唆されています。宇宙と地球生命の関連とパンスペルミア説をみてみましょう。
ガイドとして参考にした論文はカーシュビンク教授とスティール博士によるものです。
○最古の生命の証拠
41億年前の地球は小惑星の落下による頻繁で激しい衝突があったとされる時代(後期重爆撃期)である。
しかし、
・41億年以前の地球では生命はすでにかなり高いレベルにまで複雑化していた証拠がある(Weiss & Kirschvink 2000)。
・2015年に西オーストラリア州の41億年前の岩石(ジルコン)中の黒鉛微粒子の炭素同位体から陸上微生物圏出現の可能性が指摘された(Bell 2015)
・2017年42 億年前のカナダの岩石中から微生物生命の報告(Steel 2015)

これらの発見から、隕石が頻繁に衝突する環境で生命が複雑なレベルにまで進化していたとは考えにくいので、この時代の生命の痕跡は隕石と共に飛来した遺伝子あるいは生物ではないかという主張があります。

それを裏付けるように
宇宙での生命あるいは生命の元になる物質の存在が報告されています。
・2014年木星の衛星エウロパに内部海があると推定された。
・2015年ラブジョイ彗星の電波望遠鏡観測で毎秒50~60Lのエチルアルコールと糖類が放出されていて、彗星内でアルコール発酵菌の活動が示唆された
・2016年チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸したロゼッタ ミッションでは、水蒸気と酸素とアミノ酸が噴出していることを観測
・2018土星の衛星エンケラドスから噴出する有機物を含む水蒸気と内部海が発見された。

・2019年には隕石中からRNAを構成する主要な成分のリボースが発見されて、宇宙空間
に核酸の成分が存在することが明らかになった。
・2019年11月 木星の衛星エウロパで水蒸気を測定した。地表下の塩水の海は生命に適した材料をすべて備えていると(NASA)。
・2020年小惑星帯にある準惑星ケレスは表面の岩石の内部に広大な海洋があると明らか
になった。
・前述した小惑星リュウグウで見つかった、アミノ酸や有機物の発見。
(この他にも多くの報告)

また宇宙空間で微生物が生存できることが報告されています。
・2011年 国際宇宙ステーション(ISS)の外に、微生物、およびそれらの胞子を約1.5年の間宇宙の太陽放射と真空にさらした結果、クロレラを含む藻類とシアノバクテリア、などの生物が生き残った。
・2018年 ISS の外側の窓に付着した宇宙塵から抗酸菌属の細菌(結核やライ病の菌)が確認されて、その遺伝子配列が北欧沿岸バレンツ海の抗酸菌に類似していたとの報告(Grebennikova 2018)
・2019年 太陽の紫外線の流入を遮断した場合、枯草菌(納豆菌もこの仲間)の胞子は地球軌道上の宇宙で 5 年以上生存(Horneck1999)

隕石中の微生物は地球への落下でも熱から保護されるという研究があります。
・2000年 南極で発見された火星からの隕石の分析で、衝突時に隕石内の温度は表面の数mmより深部では40℃以下であり、生命や生物物質が温存されるとの報告(Weiss & Kirschvink 2000)。

このように、宇宙にはRNAを構成する分子、アルコール発酵菌、衛星内部の海洋と有機物など生命の材料は豊富にあるようです。また細菌や藍藻類は宇宙空間の真空や放射線の下でも生存可能であり、特に隕石の内部にいれば落下時の高温からも守られることがわかってきました。

ウイルスと地球生物の多様性についても多くの発見と報告があります。
・隕石と共に地球に飛来したレトロウイルスは遺伝子を修飾したのか!?
レトロウイルスとは遺伝情報としてRNAだけを持ち、動物の細胞に感染すると逆転写酵素によりそのRNAからDNAを作って動物の細胞のDNAに組み込まれて新たな形質を発現することがあります。その組み込まれたウイルスの遺伝子は内因性レトロウイルス (ERV) と呼ばれ、過去の感染時期もわかります。

① (確認されている事実)
・ヒトの全ての遺伝情報の約8%が「内因性レトロウイルス」であり、例えば約1億5000万年前に組み込まれた遺伝情報は、ヒトを含むすべての哺乳類の胎盤形成に利用されている。
② (タコやイカでの推測)
・タコやイカの遺伝情報はヒトよりも多く、大きな脳と洗練された神経系、カメラのような目、柔軟な体、瞬間的に体色と体形を切り替える形態変化能力がある。このような形質はその祖先のオウムガイから進化したというより、隕石に含まれたレトロウイルス遺伝子が組み込まれたか、あるいは凍結されたタコの胚が2億7500万年前に宇宙から軟着陸したか、と考える方が合理的という主張(Steel 2015)。

③ (ダーウイン進化で説明できない生物?)
・真核生物のクマムシ類の極限耐性(wiki)
乾燥 : 体重の85%を占める水分を3%以下まで減らした極度の乾燥状態に耐える。
温度 : 100 ℃の高温から、ほぼ絶対零度(-273℃)の極低温まで耐える。
圧力 : 真空から7万5000気圧の高圧まで耐える。
放射線 : X線の照射を受けた生物の50%が死亡する半致死線量は、ヒトでは4グレイであるが5000グレイの高線量に耐える。
宇宙空間での耐性:2007年、宇宙空間に10日間さらされたクマムシは蘇生し、生殖能力も失われなかった。

これらの環境耐性は、地球上で自然選択・適者生存で獲得するにはあまりにも過剰な形質であり、それにふさわしい地球外宇宙環境で誕生し進化した後に地球へ飛来したと考える方が合理的であるという主張(Steel 2015)。

以上のような観察結果や研究報告を元にカリフォルニア工科大学カーシュビンク教授は2003年の地学雑誌に地球の生命は火星の生物に由来すると主張しています。
“40億年前地球が隕石の爆撃を受けていたとき、火星では生命の誕生に適切な環境があり、岩石の中で生息していた細菌が、火星への隕石衝突によって多数の岩石とともに宇宙へ飛び出した。その中には10年以内の飛行時間で地球に飛来する岩石もあったので、そのような火星の生命が着地し、地球生命の起源となった。”

また2018年にオーストラリアの分子免疫学者のスティール博士は恒星間空間には生命や遺伝情報が行き来して生物圏を構成しているとする論文を発表し概略では、以下のような主張を展開しています。
“古来より信じられてきた、地球は特別であり宇宙の中心であるという天動説は、太陽が中心という地動説へと修正され、さらに太陽は銀河に含まれる多くの恒星の一つに過ぎないと明らかにされてきました。それと同じように、地球は生命に取って特別な惑星であって、生命発生において特異な環境であるとの考えは、天体の運動における天動説のようなものではないか。
銀河内には生命に適した系外惑星が1000億ある(この数字は?)と言われている。
これらの惑星の間で隕石や、彗星という形で物質の交換が頻繁に行われて銀河全体あるいは太陽系周辺の局所的な星域が単一の接続された生物圏を構成しているのではないか。
地球の生物圏は、恒星間宇宙の生物圏というはるかに大きなシステムの一部であり、系外惑星の集合体が相互接続された生物圏を構成していることが示唆される。“

頭足類の進化についてはさらに驚く報告があります
・2017年 タコやイカの一部はRNAを自分で編集してタンパク質を変化させ環境に適応しているという報告です。一般に動物の遺伝情報の変化は、突然変異などでまずDNAレベルでの変異が起こり、そのDNAによる形質をもつ生物が自然選択(適者生存)で生き残るとその遺伝情報が徐々に種全体に広がると考えられています。
 しかし頭足類では、DNAの情報がRNAに写された後にその情報が大量に書き換えられます。それによりタンパク質やその働きが変わって、DNA変異がなくても遺伝情報の調整をして環境への適応範囲を広げているという発見です。
・2020年の報告では、イカではRNA編集は特に神経細胞内で大規模に行われ、神経系に大幅な改変を加えるというまったく新しい様式の生命活動を行っていて、これが知能の高い理由かもしれない、とのことです。

頭足類は魚類から哺乳類まで広く適用されている自然選択・適者生存の進化プロセスからは大きく離れた存在のようです。(イカやタコは、本当に地球外生命の末裔なのでしょうか!)

参考文献(主なもののみ)
JL Kirschvink. 地学雑誌 112(2) 187-196, 2003
小池 日本惑星科学会誌 27:180-9, 2018
EJ. Steele. PBMB 136 : 3-23, 2018
EA Bell. PNAS:112(47)14518-21, 2015
BP Weiss & JL Kirschvink. Science 290 : 791-5, 2000
G.Horneck. Adv. Space Res23 : 381-6, 1999
wikipedia.org/wiki/Tardigrade、および Jönsson et al., 2008
Liscovitch-Brauer. Cell 169, 191–202, 2017
Vallecillo-Viejol. NAR 48 : 3999–4012, 2020
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水中の動物たちの呼吸 12

2022-08-28 12:00:00 | 日記
ヘモグロビンとヘモシアニンその3
美味しい無脊椎動物たち

今回は、エビ・カニ・イカ・タコなどの無脊椎動物が美味しいのは、細胞が海と戦っているから、という話をしましょう。
その前に、前回、軟体動物は「すべてHc(ヘモシアニン)を利用して、赤血球を持たない」と書きましたが、「ほとんどすべて」のまちがいでした。

海生二枚貝の赤貝は古生代オルドビス紀に発生した原始的なフネガイ目に属していて、ヘモリンパ液の中に直径約16μmの赤血球を持っています。その中にヘモグロビンに似た赤いエリスロクルオリンを持っていて開放血管系で酸素を運んでいるとのことです。

イカでもヒトでも体を構成している細胞は塩類やタンパク質を一定の濃度に保って生きています。(正確には濃度でなく、浸透圧ですが)
「水中の動物たちの呼吸2(2021/06/04)」では、海に住む魚は体から水分が海水中へ逃げていくのを防ぐため沢山海水を飲んで水を吸収し、余分な塩類は腎臓とエラにある塩類細胞を用いて捨てて、体内の濃度を一定に調節していると話しました。これを浸透調節型の動物と言い、魚から私たち哺乳類まで脊椎動物はこの調節をしています。

一方、イカ・タコ(軟体動物)や、二枚貝、エビ・カニ(甲殻類)などの無脊椎動物はこの調節機構がないので体液は海水に近い成分・濃度になっていて、それを浸透順応型動物と言います。
浸透順応型のうち、貝類やエビ・カニなどの循環系は解放循環系なので、間質液とヘモリンパ液は同一であり、成分や濃度(浸透圧)も海水とほとんど同じになります。
しかし細胞内液は海水よりも物質の濃度は薄いので、そのままであれば細胞から間質に向かって水分が出て行き、細胞は脱水・濃縮されて代謝に障害が起きます。この脱水を防ぐために塩分濃度を上げると、その過剰な塩分が代謝を阻害します。

そこで、細胞内の代謝に影響を与えない水溶性のアミノ酸やその類似物質(グリシンやグルタミン、タウリン、オクトピンなど)の濃度を上げて細胞の脱水を防いでいます。
例えば、フジツボの筋肉細胞では脱水を防ぐ力(浸透圧)の70%がアミノ酸で。その内グリシンが半分以上を占めています。

イカ・タコでは?
イカ・タコも同じように浸透順応型なので、間質液の成分や濃度はほぼ海水と同じです。
しかし、他の軟体動物と違って閉鎖循環系なので、ヘモリンパ液は海水と異なる成分を持つことができます。特に、海水にはほとんど含まれていないタンパク質が高濃度に(タコでは8~13g/100mlも!)含まれています。
ヒトでは血液中に7~8g/100ml溶けているタンパク質(主にアルブミンとグロブリン)の役割は、栄養素や免疫として働くほかに、浮腫(むくみ)をおこした組織や、間質の余分な水分を血管内に回収する働きがあります。栄養不良で血液中のタンパク質が減ると全身がむくむのはそのためです。
イカ・タコがヒトと大きく違うのは、そのタンパク質の約40~80%ほどがヘモシアニン(Hc)なのです。前回の話のようにHcはとても大きな分子です(分子量385万、ヒトアルブミンは6.9万)。その大きさのために、10g/100ml前後と高い濃度でも間質液からヘモリンパ管内に水を回収する力(浸透圧)は極めて弱くなっています。過剰な水分を吸収しないで循環液量を保てるので、閉鎖循環が可能になっているのでしょう。
細胞内液については、エビやカニ、貝類と同じように間質液へ水分が抜けていかないように、アミノ酸類を大量に持っているのは同じです。
因みに、スルメイカの筋肉(外套膜)中のアミノ酸類はプロリン、グリシン、アラニン、アルギニン、タウリン、オクトピンが全体の94%を占めています。どれも美味しいアミノ酸です。
また、一部のエビの仲間(オキアミ)では、栄養をとれない時にはHcをタンパク源として消費するという、栄養素としての役割も報告されています(Spicer 2010)

エビや貝をもっと美味しくする方法!
間質液の濃度(浸透圧)が高くなると細胞内のアミノ酸が増えるということを確認した実験がありました。生きているエビやハマグリを3日から6日間かけて徐々に海水の1.5倍の塩水に順応させると、なんとエビでもハマグリでも、旨みと甘みの成分であるグリシンとアラニンが増えていました(阿部2008)。
.図のようにエビではアラニンとグリシンが増えて、ハマグリではアラニンがすごく増えているのがわかります。つまり、更に美味しくなると言うことです。エビやハマグリには苦労をかけますが、頑張って美味しくなってほしいものです。
(生きたまま買ってきたエビや貝は少し濃いめの塩水につけた方が美味しくなると言うことです!)


参考文献
・船越 Bu1L NatL Res.Inst、Aquacult.No.29,1-103(2000
・高橋 農業と科学 4-5 H9年3月
・阿部 生化学 (2008) 80:4, 308-15
・佐藤 化学と生物 28:82-90(1990)
・ガイトン生理学書 第11版
・K.シュミット・ニールセン 動物生理学―環境への適応 2007
・https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2012/04/2012_shigenseibutsukagakuganrion-b_05.pdf
よりダウンロード
・Spicer et al. Physiology and metabolism of Northern krill,
Advances in Marine Biology (2010) 57:91-126.
・Oellermann et al. Blue blood on ice Frontiers in Zoology (2015) 12:6

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水中の動物たちの呼吸11

2022-08-15 08:00:00 | 日記
ヘモグロビンとヘモシアニン その2

ヘモグロビン(Hb)とヘモシアニン(Hc)はどちらも酸素を運ぶ血液中の色素ですが、今回はそれぞれの分子と循環系の違いについて見てみます。
なお、イカとタコのHcについてはほぼ同じものとして区別していません。
1. それぞれの構造と特徴
まず、その分子の大きさが図のように大きく違い、直径の比較ではHbはHcの約1/6程度です。
Hb分子は鉄原子を1つ持つ単位分子が4つ集まっていて、形は球状に近く直径が約6nmです。(nm(ナノメーター)とは1cmの1千万分の1)
Hc分子は図のように円筒形をしていて、それは80個の単位分子から成り立っている。その単位分子にそれぞれ2つの銅原子が含まれている。

HbとHcの分子量(分子の重さに相当、水素原子の重さを1としたときの比率)
はHbが約6万4500に対して、Hcは約385万と約60倍にもなります。
Hbは4つの鉄原子に酸素分子4つを結合し、Hcは160個の銅原子に酸素分子80個を結合して運ぶのです。

Hbでは6万4500の分子が4個の酸素を運ぶので酸素1分子当たりでは1.6万の分子量となり、Hcでは同様に4.8万の分子量となります。
重さが60倍も差があるにもかかわらず、HbとHcが酸素1分子を運ぶには3倍程度の分子量の差しかありません。Hbの方が確かに効率は良いですが、Hcもいい仕事をしています。

Hbの中の鉄イオン(Fe2+)は酸素と結合して錆(さび)やすい(酸化されるとFeOになる)という性質があるので、鉄原子が酸素を引き付けてそばに置くけど、酸化はしないように周囲の分子が制御しています。

一方、Hc中の2個の銅イオン(Cu+)は酸素がくると酸化して酸化第2銅
(Cu2O2)つまりCu2+に変わります。酸素と結合してもしなくても、銅の安定性はほとんど変わらないので酸素を簡単に放出できます。でも酸素と結合したCu2+は青い色をしているのでイカ・タコの動脈血の色は青く、静脈血は透明です。

2. Hcとイカ・タコの血液循環
Hbは魚類から鳥類、哺乳類まで赤血球の中に納められていますが、Hcはすべて循環血液であるヘモリンパ液に溶解・分散しています。
さて、イカ・タコ以外では、Hcを利用する軟体動物の血管系は、解放血管系といって動脈から先の末梢毛細血管と静脈系を持たない構造です。

血管から流れ出たヘモリンパ液は各臓器の間隙(血体腔)や臓器内の細胞へ直接に酸素と栄養を運び老廃物と二酸化炭素を受け取って、臓器の間を流れてから再び心臓に戻ります。Hcはヘモリンパ液に溶けていますが、もしもHbのように血球に収納されたらどうなるでしょうか。
比較のために、脊椎動物である魚の赤血球の大きさを見てみましょう。Hcは巨大な分子ですが、図のように赤血球はヘモシアニンの約300倍も大きいので、十分に血球に収納することは可能です。

ここからは、私の推論です。
このような大きさの細胞が組織間隙を十分な早さで流れるのは無理でしょう。
組織内を滞ることなく流れて酸素を運搬するためにはHcが分子として循環液に溶けている方が有利だったと思われます。
ヘモグロビンの場合はHcと同じように血漿中に分散するとその毒性(一酸化窒素との結合)による血管収縮、心筋毒性、腎障害を引き起こすために、赤血球に収納するようになったのかもしれません。
イカ・タコの話に戻りましょう。
約5億年前にエディアカラ紀、カンブリア紀に、一枚貝に似たキンベレラやプレクトロノセラスのような祖先の軟体動物から、現在のハマグリ(二枚貝)、オウムガイやアワビ(巻き貝)イカ・タコへ分化して進化しました。貝類はすべて解放血管系であり、末梢毛細管と静脈系をもつ閉鎖循環系となったのはイカ・タコだけです。
進化の中で、貝殻のような盾を作るという防御作戦の代わりに魚類に匹敵する飛躍的な運動能力を得て生存を図るために、閉鎖循環系という酸素運搬には効率の良い循環系を獲得していった。しかし循環血液中に溶解しているHcを血球に納めるような進化圧力はなかったのかもしれません。こうして、イカ・タコは閉鎖循環系にもかかわらずHcを酸素運搬色素としているのでしょう。

参考文献
・3.8MDaの超巨大酸素運搬タンパク質Hcの結晶構造. 生化学 90:238-243(2018)
・キャンベル生物学 原書11版 2018
・「タコの身体問題」ピーター・ゴドフリー=スミス
・魚類生理学概論第5版 2000 恒星社厚生閣
・水産無脊椎動物学入門 2014 恒星社厚生閣
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水中の動物たちの呼吸10

2022-04-27 21:00:00 | 日記
血色素のヘモグロビンとヘモシアニンについて

現在の地球上の全動物の種類を比べると、昆虫や蜘蛛、エビなどの節足動物は全動物種の85%を占めて第1位、第2位は貝やタコ、イカなどの軟体動物であり約8%を占め、脊椎動物(魚から鳥、ほ乳類まで)は5%以下です(国際自然保護連合レッドリスト2014年3月版)。節足動物のほぼ全てと軟体動物ではHcが使われ、脊椎動物ではHbです。
このように、地球全体で考えると、Hcを利用している生物の種類の方がHbを利用しているものよりもはるかに多いのです。
空気呼吸の陸上動物についてみると、軟体動物ではナメクジとカタツムリくらいしかいませんが、昆虫のような節足動物は種数も個体数も圧倒的に多いのです。これらの節足動物と軟体動物はいずれも小型の動物であり例外なく外温動物(変温動物)で省エネルギー生物です。
一方Hbを利用する脊椎動物は個体数などでは負けますが多くは大型であり、鳥類や哺乳類では内温性(恒温性)を獲得し大量にエネルギーを消費する動物となりました。
水中では、Hc動物の甲殻類(エビ、カニ、フジツボ、ミジンコなど)と軟体動物(イカ、タコ、ウミウシ、貝類など)は大いに繁栄していて、そのサイズも魚類や水生は虫類(ウミガメ、ウミヘビなど)、水生ほ乳類(クジラやイルカなど)と決して負けていません。最大のダイオウイカ(体長18m)とマッコウクジラ(20m)の戦いはHc動物とHb動物が雌雄を決しようとしている数億年にわたる戦いなのでしょうか!

原初の魚類では皮膚呼吸により酸素を吸収し二酸化炭素を放出した血液をまず心臓に送ってから全身へと循環させていました。その後エラ呼吸をはじめてから、エラ単独では全身を巡った後の低酸素、高二酸化炭素の血液が心臓へ循環するようになりましたが、すぐに肺を獲得してその困難を乗り越えました(Farmerの説)。現在の魚類では肺を使っていませんが、両生類から哺乳類への進化では血液が肺を通って酸素と二酸化炭素を整えてから心臓へと流れるようになっています。
このように、脊椎動物は水棲から陸棲への進化を契機に血液が呼吸器から心臓へと流れる循環構造を獲得していますが、これは鞘型類の循環系と機能的に同様のものです。
鞘型類が選択したような、Hcを利用して、エラから酸素の豊富な血リンパを心臓へ循環させる体制というのは、水中生活にとっては、まさに改良の余地のないほど優れていたのかもしれません。その体制があまりに優れていたために、魚類で起きたような空気呼吸動物(は虫類、鳥類、ほ乳類)への進化は起きなかったのだろうか。軟体動物は進化の袋小路に入って次の段階の進化に進むことができなかったのか、あるいはもしかすると大型空気呼吸動物へと進化するには、まだ数千万年から数億年という時間が必要なだけかもしれません。

空気呼吸する軟体動物について
頭足類の祖先にまで進化を遡ると、貝類の中から陸棲で肺呼吸する有肺類(代表はナメクジ、カタツムリなど)がいます。
その中で、海岸の岩礁に生息しているカラマツガイは、外套腔での空気呼吸と鰓呼吸の両方を行っていて、有肺類の原初的動物の可能性があると考えられています。それよりも進化したカタツムリでは外套腔内に鰓がなく、外套腔の壁に血管が密に分布しているので、これが肺の働きをして空気呼吸を行なっています(これは例えば、イカの胴体の内側が肺になったようなもの)。これはカエルなどの両生類の単純な袋状の肺に似ています。しかし現在まで、有肺類が肺を獲得する機構や過程については解明されていません。


****ここからは私の空想です***
そうすると、イカやタコのような頭足類でも、その外套膜の内側にカタツムリの様な単純な肺を作って空気呼吸をする陸上動物となり、それから更に効率的な肺(哺乳類や鳥類のような)を持つ動物へと進化した可能性があるのではないか。
陸上での体型を保持する支持組織には外套膜の本来の役割である貝殻を作る遺伝子が再び働いて、石灰質の骨格を作ることができるかも。
それに、なんといっても頭足類は知的能力がかなり高い(以前のイカとタコの記事参照)ので、陸上での生存競争にも有利ではないか。
水中で生息しているときでさえ哺乳類に匹敵する知的能力を持っているのだから、陸上動物となったときに、脊椎動物・哺乳類が繁栄を謳歌しているこの世界でもその地位に取って代わるかもしれない!
まさに、春の世の夢のごとし。
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次回もこのあたりの話になります。
参考文献
・ブリタニカ百科事典「有肺類」より
・国際自然保護連合レッドリスト2014年3月版
・飯島 実 科研報告2008軟体動物有肺類の肺形成に関する研究
・佐々木猛智.貝類学. 1.5 頭足綱の系統と分類 東京大学出版会2010.
(Index page: http://www.um.u-tokyo.ac.jp/hp/sasaki/index.htm)
・ダナ・スターフ著 イカ4億年の生存戦略 エクスナレッジ社 2018
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