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私達動物の息の仕方とその歴史

低酸素への適応-その4

2021-02-03 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その4
前回でみたように、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物は、血液や筋肉、肺の中に貯めた酸素の量から推定される潜水時間よりもずっと長く潜水を続けることができます。
ヒトが同じように限界までの潜水を行えば(1)低酸素症による内臓障害がおきて、(2)肺損傷と浮上時の減圧症も合併して、悲惨な結果となります。
そこで今回は、酸素欠乏や深海の圧力で起きる障害と、それを乗り越える潜水動物の戦略について解ってきたことを要約してみましょう。
(1) 低酸素症と臓器障害について
陸上の哺乳動物が限界を超えた潜水では何がおきるでしょうか。
潜水反射で脳と心臓以外の臓器への血流はほとんどなくなります。この様な酸素が使えない状況では、細胞内とミトコンドリア内に活性酸素(過酸化水素など)が増えて細胞が死滅していきます(低酸素症)。
さらに、水中から浮上して呼吸をすると酸素を含んだ血液が、酸素の欠乏していた臓器に再度流れ始めます(再灌流)。この再灌流により内臓の血管壁にも活性酸素(過酸化亜硝酸など)が発生して血管が傷害されます。同時に血管の細胞(内皮細胞)に炎症を強める様々な物質が発生して、白血球などの炎症細胞が内臓に侵入するようになります。すると臓器の中で更に炎症が起きて、障害が進行していきます。これが再灌流で起きる臓器障害です。
しかし、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物では潜水が始まると、炎症を抑制する遺伝子や活性酸素を抑える坑酸化遺伝子などが活動を始めます。そのために低酸素症の発生を遅らせて、再灌流による臓器損傷がおきるのを防いでいます。
(詳細は、転写因子Nrf2、HIF1の活性化とCAM、SECRETIN、NF-ΚBなどの抑制、を検索)

(2) 肺損傷と減圧症について
 水中では10m潜る毎に1気圧の圧力が増えるので、例えば1000mの深海では100気圧以上になります。この時、肺の中に空気があればその高い圧力で肺はひどく損傷します。またそれに耐えたとしても、高圧の窒素が血液に溶け込むために、浮上するときに気泡となって血管を詰めてしまう潜水病(減圧症)となってしまいます。
 しかし、クジラなどでは深海へ潜っていくときに、横隔膜が上がり、柔らかい肋骨も胸腔を縮めて肺が圧縮されていきます。そのため肺の中の空気は気管や気管支に移りますが、更に潜って圧力が高くなると気管もつぶれるので、空気は頭の骨の中にある気道にたまるようになります。この結果、肺内に空気はないので、肺胞、肺組織は壊れません。また肺から血液中に窒素が溶けることもないので、再浮上時の減圧症も起きないのです。
 また、空気が抜けて虚脱した肺を元通り膨らませるには肺胞にサーファクタントという物質が必要で、すべての哺乳類が持っています。潜水動物ではこのサーファクタントが陸上のほ乳類よりも肺の膨張を容易にするように進化していました。

これまで調べたように、海に住む哺乳類は、5000万年の進化の過程で、酸素を貯める量を増やし、エネルギーの使用を減らし、乳酸をエネルギーとして利用し、徐脈と血管の収縮により重要臓器を守って、低酸素と再灌流障害や炭酸ガスの蓄積に耐え、高圧から肺を守る、という様に外形や生理的機能、細胞内の代謝を変化させて高圧力と低酸素の水中に適応してきたのです!  哺乳類の進化の多様性が素晴らしいと思いませんか!
参考文献
Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Butler, P.J. Physiol. Rev. 77: 837,1997.(総説)
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