極☆ヒロ

ヒロシの徒然なるおバカ日誌です。

背番号!!

2006-05-18 | ヒロシのサッカー話
                     
最近すっかりサッカー話ばかりでスミマセン・・・
日本代表選手の背番号が発表されましたね
巻選手はなんと11番いい番号もらいましたね
チームでは18を付けてますが小野選手が18付けてますからねぇ(さずがに譲るよね)
選手にとって背番号は重要なもの
あのキングカズさんは11に常にこだわっているそうで車のナンバーも11
駐車場とかに止める時も開いてれば11番に止めるこだわりぶり 
背番号は選手にとってラッキーアイテムでもあると同時に代名詞でもあるんですね
そんな僕も幼稚園からサッカーを初めて数々の番号を付けてきました
色々と思い出したので簡単に振り返りたいと思います
そう言えば、未だにサッカーを始めたきっかけが分からないんですよね
父は阪神ファンなんで野球ですし、僕が始めた頃なんてサッカーなんて全然人気なかったし。
ましてや幼稚園児が自分からやりたいなんて言う時代でもなさそうだし・・・
親が生きてたら聞いてみたい事の数あるうちの一つです

幼稚園時代
この頃は背番号と言うよりはゼッケンをその都度付ける感じでした。
昔の写真をみたら 58 とか付けてました 格好悪 ってか皆大きい番号でした何故に・・・

小学時代
地区内のFCに入りました。縛りのないアットホームなクラブで背番号は50音順でした
ポジションとか関係なくて単に50音順。ちなみに僕は 番 でした。
右ウイングで(懐かしいこの言い方。今は言わないよね・・・ボランチとかだって最近だしね)
渡辺君とかになると 92番 とかでした。
ブラジルカラーのユニホームで、お母さんが背番号を縫って付けてくれるんです。
低学年・高学年に別れてひたすらゲーム形式での練習で、上下関係なく楽しくやれました
そしてなぜが強かったんですよね。市内大会とかでメダルもらったり。
今考えるとあの人数の中で試合に出れてた事がビックリです。
当時は意識してなかったけど、たぶん僕の中の黄金時代かな
あの頃の恩師は、サッカーを楽しむ事をきっと教えてくれたんだなぁ

中学時代は 14番 いわゆるサブでした。
千葉はサッカーが盛んなので、この頃になると今Jリーグで活躍してる選手とかとよく対戦。
次元の差に圧倒される事多々・・・背丈も違うしテクニックから何から全然違いました。
やっぱりプロになるような選手は産まれながらにして別格ですね。
そんな人が血のにじむような努力をするんですから、かなう訳ないですよね。
よく小野選手とかの小さい頃の映像とかで見ますけどあんな感じ。一人でサッカー出来ちゃうよ

高校時代は 8番 
部員の数が少なくて、大きな大会の思い出も秋の大会ぐらい。
サッカー部員より応援の吹奏楽部員の方が多い始末
部の存続危機とかもあったりして・・・明らかに高校の選択ミスでした。
野球部も人数少ないし基本的に女子の人数が多い学校なので・・・
国立なんて目指す事すらなく、この頃からはサッカーを楽しむ方向に転換?

大学時代~今現在
サッカー場でのバイトチームや個人的にフットサルチームでプレー。
名波選手に影響を受けてからは、ずっと 7番 付けてます 
でも最近は結婚記念日とか真裕の誕生日とかにしたいなぁって気も
自分に携わる番号もいいかなっと。 
真裕の誕生日の23がいいかなぁ。真裕と一緒にフットサルとかやる日が楽しみだな
そしたら真裕が23番かな ベッカムと一緒じゃんね
それまでパパの体力が心配だな少しは体を絞ってトレーニングするかな
運動会で格好悪い姿だけは絶対に見せたくないんだよね

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