昭和ー22
(明治・大正・昭和)
金子 みすゞ
1903年(明治36年)4月11日~1930年(昭和5年)3月10日
大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。大正末期から昭和初期にかけて、26歳で死去するまでに500余編もの詩を綴ったとされる。西條八十からは「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された。
が・・・決して,幸せな人生では無かった。
23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品でしたが、矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
私が金子みすずを知ったのは子供が小学校を卒業したぐらいだったと思います。NHKの子供向けの番組で知ったように覚えています。テレビでみるようになり、絵本でも見るようになった時、なぜ?今まで見たことも無かったのだろうと不思議に思ったものだ。↑ のような事情があったのですね。一度出て来てからは、堰を切るようにあちこちで見るようになった。今では、50年もの長いあいだ埋もれていたなんて考えられないほど、優しさを感じ、身近に感じる人物となっている。
一番よく知られているのが
「私と小鳥と鈴と」
・・・・・・
みんな違ってみんないい (この一節が、すきです。)
今日も暑かったですね!!熱中症にならないように気を付けたいですね。。
今日も見ていただいて有難うございました。
では又~~