母の俳句ー3
たった「1反」の田んぼでしたが、良く田んぼの世話をしました。田植えも手で植えて、稲刈りの後は麦も育て、麦踏もしました。昔は機械もなく、手作業で一応の事はしてきました。母は京都生まれ、京都育ちでしたが、頑張り屋さんでした。その母の背中を見て、母を助けたい一心で手助けをしました。
そんな中から生まれた俳句。私が好きな句は右端の「迷い傘・・」です。
今日は少しましだったのかな?こう毎日暑いと感覚が麻痺して、少しましだと昨日より涼しいとかんじます。風があった分ましに感じたのかも。。
今日も見ていただいて有難うございました。
では又~~