‥小学校の頃の事をふと思い出した。
給食を食べ終わり、
五時間目にさしかかろうとする休み時間。
残りあと五分くらいだったと思う。
ふと見ると、となりの席の女子が
夢中で机の上に、なにか描きこんでいるではないか。
ノートや紙にではなく、じかに机に鉛筆で。
・・遠目から見ても、かなり黒ずんでいる。カオスだ。
ふとその子がこちらを振り向いた。
「ねえ、ドラえもん描いて」
その子は僕がドラえもんを描くのが得意なのを
知っていたようだった。
「え、‥ここに描くの?」
「うん」
「‥鉛筆で?」
「うん」
机の前に腰を下ろすと、
そこにはたくさんの女の子とそのファミリー、
イヌやネコ、キリン、ゾウ、ウサギさん‥。
机いっぱいにためらいもなく、
ミッシリと描きこまれているではないか。
決してうまい絵ではない。でもそこには
憎しみごとや争いごとのない、
小学校低学年の女の子らしい
無垢な理想郷が広がっていた。
アウトサイダー・アートの先駆者、
ヘンリー・ダーガーを彷彿とさせる。
でも、おい、まてよ‥これはいくら何でも描き過ぎだ。
見つかったら、O先生に叱られるに決まってる。
O先生はいい先生だが、口より手が出るのが早いのだ。
「これ、‥大丈夫なの?」
「うん」
「‥しらないよ?」
「うん」
おいおい、なんのためらいもないのか‥。
・・いや、でもそうか。
きっとここにドラえもんが入る事で
彼女の理想郷が完成するんだ。
机に描いてるとか、きっともう関係ないんだ。
それならば、その思いに答えてやろうじゃないか。
沢山のゆかいな仲間たちが
一同に介するその楽園の片隅に、
僕は一心不乱に
ドラえもんを描きこんだ。
ドラえもんが、ゆかいな仲間たちと
楽しそうにこちらを見つめている。
・・理想郷の完成だ。
その子ははにかんだような笑顔を浮かべていた。
「ありがとう」
そしてその刹那に僕は、
その場に現れた先生のビンタの餌食となった。
あまりの急な出来事だったせいか、
軽い脳震盪のせいか。
あとの事はよく覚えていないが、
その理想郷は濡れたぞうきんで消しとられるはめとなった。
ーそんな形で、僕は世の無常さを知った。
・・でも、理想郷は確かにそこに存在した。
「これでよかったんだ」
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☆おまけ☆
にゃんセグ!まんが 第一回
「犬小屋の中へ」公式ホームページ・M's FORMAT
http://www.msformat.com/
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