日銀の植田和男総裁が19日に行った会見では、トランプ関税に代表される海外発の不確実性の高さに言及したものの、それによって次の利上げ時期がかなり先送りされると受け取られる発言はなく、ドル/円は会見スタート時の149円後半から終了時に149円前半へとドル安・円高方向に動いた。
それだけでなく、4月初めには米通商政策の内容がある程度判明し、それを次の金融政策決定会合や「展望リポート」の中で消化できるとの見解を示すとともに、すでに妥結している春闘の結果は「やや強め」との認識を示した。筆者は、こうした点を踏まえて4月30日ー5月1日に開催される次回の決定会合が「無風」と決めつけることはできないと指摘したい。
<円安誘発のアルゴリズム発動せず、植田総裁の巧みなステップ>
複数の市場関係者によると、海外勢を中心とした投機筋は、トランプ関税の実施による不透明感を増大を背景に、日銀の利上げがかなり先送りされるような発言が植田総裁から出れば、直ちにドル買い・円売りを仕掛ける構えを取っていたという。
だが、外為市場でドル買い・円売りを誘発するアルゴリズムが発動するような「慎重に見極める」「時間的な余裕」などの単語を植田総裁は巧みに避けたように見えた。筆者から見ると、植田総裁は華麗なステップを踏んで投機筋の仕掛けた「地雷」を避け通して会見を終了したと映った。
<トランプ関税の影響、4月初めにある程度「わかる部分も」>
この日の会見では、多くの関心を集めた「次の利上げ時期」に関しても、中銀総裁らしく煙幕を張りながら、いくつかのヒントも与えていた。
そのうちの1つが、トランプ関税を中心とした米通商政策を要因とした不確実性を見極める期間についてだ。関税を起点にした経済への影響を総合してみると、見極めの時期は「かなり先になる」と指摘しつつ、政策がどう動くかは「ある程度、早めにわかる部分もある」と指摘した。
また、別の質問に対し、米通商政策の中味に関して「4月初めにはある程度、出てくるかもしれない」と発言。次回の政策決定会合や展望リポートの中で消化できる可能性について言及した。
<春闘はやや強め、一部の委員は「物価上振れ」に言及>
その一方、今年の春闘における連合の1次集計の結果は「やや強め」であると表現。今後の中小への波及を注視していくとしたが、いつまでも見守っていくのかどうかについては「程度問題」との表現で、どこかの段階で判断を下すスタンスも示した。
この日の決定会合で一部の委員から物価の上振れリスクを「注視したい」という発言があったことにも触れて次回会合以降、そうしたことも意識しながら金融政策について「的確に判断していきたい」と述べた。
<昨年8月の世界的な市場動揺、「現在はそのような状況にない」>
昨年8月に世界的な市場の動揺が顕在化し、その際に金融政策を判断するための「時間的な余裕がある」と発言したことに関しても「現在はそのような状況にない」と述べ、足元の市場変動が利上げ判断を大幅に先送りする要因でないことも説明した。
このように見てくると、次回の決定会合が「無風」と決めつけるような材料はこの日の会見で出なかったとみるのが合理的ではないかと考える。
<米財務長官の発言に隠された狙いは何か>
トランプ米大統領が円安を批判したことに対し、植田総裁は「ノーコメント」を貫いた。だが、日本政府が強く懸念する自動車への関税賦課を含めたトランプ関税の実施スタンスには、円安問題が絡んできそうな状況となっている。
ベッセント米財務長官は18日のFOXビジネス・ネットワークのインタビューで、貿易相手国が非関税障壁や通貨操作、不当な補助金提供などをやめれば、関税の壁を作らないと言うつもりだとの見解を示した。ドル/円における「円安問題」が日米間の大きな争点に浮上するなら、筆者は日銀がその影響を全く受けないと考えるのは難しいと予測する。
次回会合までに、トランプ関税の内容がどのように固まり、為替や株価、企業や家計の心理がどのように変化しているのか──。複雑な変数が絡まりあう中で、日銀から発信される情報に内外の市場参加者の注目が集まるのは確実だと言えるだろう。