一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

トランプ政策、インフレ助長と抑制のどちらが強いのか いずれ来る力ずくのドル安誘導

2025-01-31 14:32:01 | 経済

 2月1日からメキシコ、カナダ、中国に対する米国の関税賦課が始まるとみられている。関税をかければ米国内の物価上昇を引き起こし、米長期金利の上昇とドル高を招くと多くの識者が指摘しているが、トランプ大統領は米国内の原油採掘を活発化させ、ガソリンなどのエネルギー価格を下落させれば、インフレにならないと主張している。どちらの主張が正しいのか──。

 筆者は中長期的に米国のインフレが助長され、米長期金利の上昇とドル高が誘発されると予想するが、ドル高はトランプ大統領の政治的な腕力を背景にトランプ版の「プラザ合意」が形成され、力ずくでドル安誘導すると予測する。そのプロセスがどうなるのか、以下で起こりうる展開を想定してみた。

 

 <トランプ関税の効果を織り込めないマーケット>

 30日のNY市場では、10年米国債利回りが10年国債が前日に比べて3.9ベーシスポイント(bp)低下して4.5163%で取引を終了した。2月1日からのトランプ関税の発動の影響を市場は注視しているものの、最終的な「落としどころ」がはっきりしていないため、マーケットも具体的な織り込みが進まず、事実上、傍観姿勢を取っているとの声が多く出ていた。

 2023年の米国の全輸入額に占めるメキシコからの輸入額は全体の15.5%、カナダが13.8%、中国が13.7%。そこにメキシコ、カナダに25%、中国に10%の関税がかかれば、米国の輸入品の価格上昇を招き、タイムラグを伴って消費者物価指数(CPI)の押し上げとなって波及する。

 ただ、米国内のメディアの情報の中には、全品目に課税するのか特定品目に絞るのかはっきりしないという内容もあり、正式発表まではその波及効果を試算することが難しくなっている。

 トランプ大統領から商務長官に指名されているラトニック氏は29日、米上院の公聴会でカナダ、メキシコへの25%関税について「(不法移民やフェンタニル(合成麻薬)の米国流入の防止策としての)対策を実行すれば関税は課さない」と述べていた。

 

 <一律関税の議論、4月以降とラトニック氏が発言>

 また、物価への影響が大きくなると予想されている全世界を対象にした一律の関税賦課に関して、ラトニック氏は対象品目を限定せず、国ごとに一律関税を課すべきだとの考えを示すととに、本格的な議論は今年4月以降になるとの見解を示している。

 米国は2023年の輸入総額が3兆1123億ドルに上っているが、ここに10%の関税がかかると3112億ドル(47兆9000億円)の関税収入が米連邦政府に入ることになるが、物価の押し上げが大きくなり、インフレ率の上昇によって2年後の米中間選挙での敗北を招きかねないため、トランプ政権の中には大規模な関税賦課に反対の声が少なくないと言われている。

 実際、ラトニック氏の「国ごとに一律関税」という発言も、関税対象国を絞る狙いがあるのではないか、とみられている。

 冒頭に紹介したマーケットの傍観姿勢の中には、インフレの悪化を招くような大幅な関税の引き上げはない、という一部の市場参加者の見通しもかなり入っていると指摘したい。

 米議会予算局(CBO)は昨年12月、中国製品に60%、その他の国・地域に一律10%の関税を賦課した場合、従来の中立的な予測との比較で、2023年の実質国内総生産(GDP)が0.6%減となり、個人消費支出(PCE)物価指数が2026年に約1%上昇するとの試算を公表している。

 

 <1100万人の不法移民強制送還、現実的なのか>

 一方、米国内には1100万人の不法移民がいると言われているが、この全体を強制送還するには年間で880億ドルのコストがかかるとの試算も一部で出ている。連邦政府の歳出見直しに着手しているトランプ政権にとって、この新たな支出増は無視できない規模だと指摘したい。

 したがって現実には、強制送還の規模が当初の想定を大幅に下回り、人手不足の深刻化─賃金上昇ー物価上昇という圧力がそれほど高まらず、識者が懸念するほどのインフレ高進の圧力にならないと楽観している声も米国内では少なからずあるようだ。

 

 <シェールガス増産にコストの壁>

 一方、トランプ大統領は米国内のシェールガスなどを「掘って掘って掘りまくれ」と号令し、原油の大増産によってCPIの上昇圧力を吸収し、バイデン政権時に顕在化したインフレの「鎮圧」を目指している。

 だが、こちらも目論見通りにいくのかはっきりしない。米国のシェールガスを新規に掘削する際の採算ラインは1バレル=80ドル前後とみられ、そこに足元における原材料費の高騰や人手不足による人件費の上昇を加味すると、大統領の号令だけで本当に増産できるのか疑問視する声がすでに米業界内にはあるという。

 さらに原油価格の下落が物価の下流のCPIまで波及するには、最低でも半年程度のタイムラグが生じるため、現実にどの程度の増産になれば、物価をどれくらい押し下げるのかは多くの専門家が試算をためらうほど難しいようだ。

 

 <インフレ進展の可能性、進むドル高>

 このように見てくると、トランプ関税と不法移民の強制送還に伴う物価上昇圧力と、米国内での原油増産による物価押し下げの効果は、いずれも波及効果のいくつもの段階で予想が難しい変数が入り込んでしまうため、どちらのパワーが強くなるのか断定するのは難しそうだ。

 だが、トランプ大統領が選挙公約で掲げたトランプ減税の恒久化を実現するためには新たな財源が必要であり、その財源確保のため、トランプ大統領が大規模な関税収入の確保に走る可能性が高いと筆者は予想する。

 したがって輸入品価格の上昇を起点にした米国内の物価上昇圧力は次第に強くなり、エネルギー価格の低下が緩やかな範囲にとどまって物価上昇の圧力を吸収できず、インフレ圧力の高まりによる米長期金利の上昇が先に来て、ドル高が現実味を帯びてくるのではないか。

 

 <トランプ版プラザ合意、日本にはメリットも>

 ところが、ここからが伝統的なマクロ政策の専門家の提言に耳を傾けない「異形の大統領」の真骨頂発揮となるのだが、ドル高が貿易赤字の元凶とみて、他国との協調でドル安を現実化させる道を選択する可能性がかなりあると予測する。

 いわゆるトランプ版の「プラザ合意」という国際協調の枠組みを強引に作り出すのではないか。欧州連合(EU)は参加を拒むかもしれないが、日本や韓国、他のアジア諸国と英、豪、カナダなどが加わることになれば、それなりのドル安誘導は可能ではないか、という見方もあるようだ。

 大幅な円安は国内物価の想定を超える上昇につながりやすく、世論が物価高に反感を持ちつつある現状で円安を止めることにメリットを感じる声が日本政府内でも増える可能性がある。

 日本の政策当局にとっては、トランプ関税の始動後に起きるドル高のテンポとトランプ大統領のドル高是正の号令がどこで出てくるのか、固唾を飲んで見守る時間帯がいずれ到来すると筆者はみている。

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氷見野副総裁講演に隠されたタカ派の要素、トランプ発言次第で円高転換も

2025-01-30 16:34:37 | 経済

 日銀の氷見野良三副総裁が30日、「金利のある世界」をテーマに講演した。学術的なカラーの濃い内容だったが、複数の市場関係者によると、今後の日銀の利上げパスを想定する際に市場の見通しよりも「タカ派」なパスになる可能性をにじませた部分が複数あった。今後の日銀と市場との対話の積み重ねで、市場の織り込みが変化する可能性があると指摘したい。

 また、朝日新聞によると、日米首脳会談が2月7日にワシントンで開催される方向で最終調整されているという。ここで最近の外為市場におけるドル/円についてトランプ大統領が言及し、ドル高・円安をけん制する発言が飛び出せば、市場が大きく反応することも予想される。日銀の利上げパスとトランプ大統領のドル高けん制は、円売りが目立つ実需の実勢を変化させるかもしれないと筆者は予測する。

 

 <氷見野副総裁の講演、隠された3つのポイント>

 一部の市場参加者は、30日の氷見野副総裁の講演がタカ派に傾斜するのではないかと警戒し、30日の円債市場で軟調な展開になった理由の1つにされたという。

 ただ、講演の内容は極めて学術的なアプローチで構成され、市場が反応するような刺激的な速報が乱打される展開とはならなかった。

 しかし、複数の市場関係者によると、中身を詳細に検討すると、市場の一部で根強く予想されている利上げのターミナルレート(最終到達点)は0.75%という見方を否定するような部分もあったという。

 例えば、ショックややデフレ的な諸要因が解消された状態という前提で「実質金利がはっきりとマイナスの状態がずっと続く、というのは、普通の姿とはいえないのではないか」と指摘した。複数の市場関係者は、今後、複数回の利上げの可能性を示唆する内容だと受け止めたと話す。

 また、経済に中立的な実質金利の水準について、日銀スタッフによる推計でも、手法により結果にかなりのばらつきがあるとしたうえで「推計値のうち、マイナス1%前後の値は過去の強い緩和時期のデータに引きずられすぎているのではないか、という見方もある」とした。これを名目の中立金利に引き直すと、1%の中立金利という見方には「過去の強い緩和時期のデータに引きずられすぎている」という指摘があることを紹介したことになる。

 この部分についても複数の市場関係者は、中立金利が1%という見方は低すぎるということを示唆した表現ではないかと受け止めたという。

 さらに、日本の企業と家計のバランスシートの変化に言及し、企業では実質無借金企業の比率が、1999年の 25%から2021年に 46%に上昇し、家計では保有金融資産が1990年度の1000 兆円から、足元では2200兆円へ1200 兆円増加している一方、金融負債は、90年度の340兆円から390兆円と50兆円の増加にとどまっていると指摘。先の複数の市場関係者は、金利引き上げの影響が過去と比べて小さくなっていることを示しているとみている。

 総合してみると、市場の一部にある日銀の利上げは0.75%がせいぜいという見方を意識し、アカデミックな論文の色彩をまといながら、日銀の利上げパスの行方にヒントを与える構成になっていたと言えるのではないか。

 

 <2月7日報道も出た日米首脳会談>

 一方、朝日が伝えた2月7日に日米首脳会談が設定される方向で最終調整されているとの報道は、これまで「もやもや」してきたトランプ関税と日本との関係に関し、明確な方向性が打ち出されるということを意味していると筆者は考える。

 仮に2月1日に対メキシコ、カナダ、中国への関税賦課が発表されたとして、メキシコにある日系4社の工場で生産される対米輸出用の自動車に25%の関税がかかるのかどうか、ということも首脳会談後に明らかになるだろう。

 また、メキシコもしくはカナダにある工場から米国に生産をシフトさせてほしい、という米国側の要望がどの程度の「強さ」なのかもはっきりするに違いない。

 

 <注目されるトランプ氏の為替への言及>

 加えて注目されるのは、トランプ大統領が現下のドル/円の水準をどう見いているのか、ということが明らかになる可能性もあるということだ。

 日本の対米貿易黒字は、2024年に8兆6417億円に上っている。全体の貿易収支が5兆3326億円の赤字であることを考えると、対米黒字の比重の大きさがわかる。トランプ大統領がこの問題とドル/円の水準を絡めてきた場合、ドル高・円安の是正に関して首脳会談後に何らかの言及があるとことも十分に予想できる。

 仮に円安是正の必要性にトランプ大統領が言及すれば、円余剰のドル/円の実需の下でも、ドル安・円高に相場が動く可能性は十分にあるのではないか。

 そこに日銀の利上げパスが現在の市場予想よりも「スティープ」になりそうだと市場の受け止めに変化が生じれば、ドル安・円高方向への圧力が急速に高まることも想定される。

 トランプ大統領の発言と日銀からの情報発信の中身は、ドル/円相場の景色を急速に変化させるパワーを持っていると指摘したい。

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次の日銀利上げに無警戒な市場、桜井元審議委員は6-7月に言及 前倒しに現実味

2025-01-29 14:55:36 | 経済

 足元における市場の関心は、29日に公表される米連邦公開市場委員会(FOMC)の結果と2月1日とみられるトランプ大統領の関税引き上げに集まっているが、日銀の次の利上げについては7月会合で64%しか織り込まれておらず、織り込みが100%に達するのは10月会合となっている。これは筆者の目から見れば「無警戒」と映る。

 もし、2月1日にトランプ大統領が対メキシコ、カナダに25%、対中国に10%の関税を賦課すると決めた場合、ドル高・円安が進行し、日本国内では輸入物価の上昇を起点に物価上昇の圧力が増大する。すでに日銀は1月会合の時点で経済・物価が日銀の見通し通りに推移すれば、それに応じて政策金利を引き上げるとの方針をあらためて確認しており、桜井真・元日銀審議委員は28日にロイターとのインタビューで、次の利上げは6―7月がメインシナリオとの見解を表明した。今の情勢が継続するなら、日銀の利上げは市場見通しよりも大幅に前倒しされると予想する。

 

 <注目のFOMCとトランプ関税の行方>

 27日の当欄で指摘したように、29日に結果が判明する今回のFOMCでは、声明文の構成やパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の会見で、従来よりも利下げに関して積極的な見解が出てくるのかどうかが最大のポイントになる。

 その次は、2月1日に果たしてトランプ大統領がメキシコ、カナダ、中国に対して関税引き上げを実施するのかどうかが大きな問題になる。

 今のところ、トランプ大統領の発言に揺れがみられるため、特に対中国の関税がどうなるのかマーケットははっきりと織り込んでいないと言えるだろう。

 関税の引き上げが決まれば、1)米国の輸入が減少する、2)米国内の物価と長期金利が上昇する──などを理由にドル買いが活発化するとみられている。

 さらに関税をかけられた国は、その「被害」を最小化するために自国通貨を切り下げるとの思惑がマーケットで広がりやすくなり、この面でもドル買いが強まるとみられている。

 

 <トランプ関税で円安も、輸入物価起点の物価上昇の可能性高まる>

 ドル買いの強まりは対円でも鮮明となり、ドル/円は足元の155円前半からドル高・円安方向にシフトすると予想する。

 今年12月の輸入物価は円ベースで前年比プラス1.0%と4カ月ぶりに上昇したが、円安が進めばさらに上昇幅が拡大し、この先の食品値上げを一段と誘発しやすくなる構図ができることになる。

 政策維持を決めた昨年12月の金融政策決定会合の議事要旨(29日発表)では、物価面について「輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続く下で、足元は2%台前半となっているとの認識で一致」との議論を明らかにしている。

 もし、「輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰」という評価が変わり、再び物価を押し上げる力が大きくなってきたとの認識に変われば、企業や個人の予想物価上昇率を押し上げる要因として日銀が意識していくことになると筆者は指摘したい。

 

 <声明文から利上げしない理由を削除、毎回の会合で利上げ検討が可能に>

 また、日銀は今年1月会合での声明文で「米国をはじめとする海外経済の今後の展開や金融資本市場の動向を十分に注視し、わが国の経済・物価の見通しやリスク、見通しが実現する確度に与える影響を見極めていく必要がある」との文言を削除している。

 これは利上げしない理由を声明文から外したことになり、形式上は毎回の会合で、経済・物価情勢が日銀の見通し通りに進展しているのかチェックし、確認できれば金融緩和の度合いを調整する目的で政策を金利を引き上げる、ということにつながる。理論の立てつけ上は「毎回がライブ会合になる」ということだ。

 実際、28日に公表された12月企業向けサービス価格指数は前年比プラス2.9%と、前月から伸びは小幅鈍化したものの、幅広い業種で人件費上昇をサービス価格に転嫁する動きが続き、指数の水準自体は1995年3月以来の高さを記録した。この点は、日銀の見通し通りに経済・物価情勢が進展している1つの表れとみていいだろう。

 

 <桜井氏のロイターインタビュー、4-5月利上げに言及>

 一方、桜井元審議委員はロイターとのインタビューの中で、次の利上げは6―7月がメインシナリオだと述べつつ、政治情勢やマーケット動向を見ながら、追加利上げを4月に前倒しする可能性もあると述べた。日銀は3月18、19日に次の会合を開催後、その次は4月30日、5月1日に開催する予定で、桜井氏の発言は早ければ「次の次の会合で利上げの可能性がある」との見解を示したことになる。

 対照的にマーケットの予想を見ると、筆者には「無警戒」と映る。今のところ、市場の日銀利上げの織り込みは、3月がゼロ%、5月が12%、6月が32%、7月が64%、9月が80%、10月が100%となっている。

 上記で指摘したように、日銀の利上げへのスタンスを整理すれば、形式論理上は見通し通りに経済・物価情勢が推移していれば、毎会合で利上げの検討をすることが可能となっている。ところが、マーケットは過去の例などを念頭に「最低でも6カ月間のインターバルになる」と思い込んでいる面が強い。

 

 <物価高への世論の反感、神経尖らす政府・与党>

 筆者がマーケットの「無警戒」を懸念するのは、従来は日銀の利上げ姿勢をけん制する色彩が強かった政府・与党に変化が起きつつあることに市場関係者の多くが無関心であることだ。

 昨年10月の衆院選で与党が過半数割れの大敗を喫した要因は何か、という点で、政府・与党内では物価高に対する選挙民の反感を事前に把握できなかったことに反省の声が出ている。

 実際、読売新聞と早稲田大先端社会科学研究所が共同で実施した世論調査によると、衆院選で重視した争点に関し(調査は複数回答)、物価は景気・雇用の58%に次ぐ38%を占めていた。

 最近のコメ価格の上昇に伴う食料品支出の増大に対する不満によって、農林水産省が従来の方針を転換する事態にいたった。政府の備蓄米を柔軟に放出できるように準備を進めることにしたのも、政府・与党内における物価上昇への警戒感が影響したとみられている。

 政府からの利上げへのブレーキが弱くなれば、日銀のフリーハンドが確保され、市場の想定よりも早めに次の利上げに踏み切るという可能性が高まってくると筆者は指摘したい。

 

 <ドル安志向のトランプ氏、政府と日銀の関係に変化も>

 さらに石破茂政権にとって最も神経を使う相手であるトランプ大統領が、ドル安支持の信念を変えていないことも間接的に影響すると予測する。ドル高が米貿易赤字の拡大につながっていると確信しているトランプ大統領にとって、拡大したままの日米金利差がドル高・円安に大きな影響を与えているなら、緩和度合いの段階的な調整を進める日銀の動きに「待った」をかけるような日本国内における政府・与党のプレッシャーは「弊害」と映るのではないか。

 もし、弊害の除去を米側が日本側に求めてきた場合、市場が仰天するような利上げパスになる可能性もゼロではないと予想する。

 今後は、日銀ボードメンバーの発言に加え、日米両政府高官の発言、為替の動き、米経済の動向などを複眼的に見て、先行きを判断する必要性が一段と高まってきた。

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ディープシークショック、米の対中規制強化につながるのか 日本もIOWNで関与すべき

2025-01-28 11:53:45 | 経済

 中国の人工知能(AI)企業・DeePSeek(ディープシーク)による低コストの生成AIモデル開発の成功は、世界の金融・資本市場を動揺させ、「ディープシークショック」という新語がマーケットを駆け巡った。市場ではこの影響の深度を測りかねているが、今の段階でまずポイントになるのは、先端半導体を巡って米国が対中規制を強化するのかどうかだ。トランプ米大統領が規制強化を決断すれば、日本からの対中輸出にも大きな影響が発生し、その分野の日本企業の業績を下押しすることになる。

 もう1つは、AI需要の盛り上がりで問題となっている電力需要に省力化の可能性が浮上していることだ。実はNTTが中心になっている開発中の「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は通信ネットワークの消費電力を100分の1に削減することが期待されており、最先端のAI普及に欠かせない技術として注目されている。日本政府は、ディープシークショックを傍観しているだけでなく、IOWNの実用化に多額の国費を投入し、最先端のAIが産業界に利用される段階で優位になるように今から対応していくべきだと指摘したい。

 

 <米企業の独走に待ったをかけたディープシーク>

 「ディープシークショック」が顕在化した27日のNY市場では、AI半導体大手エヌビディアの株価が17%安となったほか、アルファベットが4%安、ブロードコムが17%安となり、ナスダック総合株価指数は3%の下落で取引を終えた。

 28日の日経平均株価も、前日比548円93銭(1.39%安)安の3万9016円87銭と続落した。半導体関連株や電線関連の銘柄に売りが目立った。

 2022年にオープンAIが対話型AI「Chat(チャット)GPT」を公開して以来、生成AI用の先端半導体をエヌビディアなどが開発。この分野での米国企業の技術優位性は欧州や日本、その他の国の企業の追随を許さず、独走態勢が築かれたとみられ、それが米株価の大幅上昇につながっていた。

 ただ、その開発と製品化、さらに実用化のための各企業の設備投資額が巨額になり、消費電力も大幅に高まることが予想され、先行きの持続可能性には疑問を呈する声もあった。

 

 <米国の半導体輸出規制の下で開発した意味>

 そこにディープシークの低コストと省電力という特徴が明らかになり、米企業の独走状態に「待った」がかかるとの懸念が浮上して「ディープシークショック」が発生したと考えるべきだろう。

 CNNによると、ディープシークが前週に発表した「R1」モデルでは、米国製の生成AIでよく知られる機能すべてを備え、ベースモデルの計算能力に費やした金額はわずか560万ドルという。これは、オープンAIやグーグルなどの人気AIモデルの数分の1のコストに過ぎない。

 米国のAIに詳しい専門家の一部からは、米国の対中規制を潜り抜けてエヌビディアの半導体が使用されたとの見方も出ているが、ブルームバーグによると、エヌビディアは発表文でディープシークについて、テストタイム・スケーリング技術を使用して新しいモデルが作成され得ることを示すものだと指摘。「広く利用可能なモデルと、輸出規制に完全に準拠したコンピューティングを活用している」と説明。「エヌビディアの見解は、ディープシークが技術創出において、米国の高性能チップへのアクセスを制限する規制に違反していないとの認識を示唆する」とブルームバーグは解説している。

 

 <どう出るのかトランプ氏、対中規制の引き上げ決断の可能性も>

 ここで問題になるのが、トランプ大統領の対応だ。トランプ氏は27日の演説の中で「中国の一部企業にはより速くはるかに低価格なAIの方法を開発して欲しい。そうなればお金をたくさん使う必要がないから良いこと」と表明。 「私はそれが肯定的なことで資産だと見る。それ(ディープシークのAI開発)が本当に事実で真実ならば、私は肯定的に考える」とし「なぜなら皆さんもそうできるからだ。そうすれば、お金をたくさん使わなくても同じ結果が得られるからだ」と述べた。

 この見解をそのまま受け取るなら、トランプ大統領はディープシークのAI開発に脅威を感じていない、ということになる。

 だが、これからAI企業のトップからディープシークの潜在力の高さや、将来的な中国の技術の進歩と米中の優位性の逆転の可能性を説明されたらどうなるのか。筆者は、最終的にトランプ氏が先端半導体や関連する技術の対中輸出に一段を高いハードルを設け、それを西側の同盟国にも従うよう要請してくると予想する。

 その際、日本政府と日本企業は、先端半導体の開発に必要な部材や製造装置、それに関連する製品の輸出に制限が設定されることに反対できないだろうとみている。結果として制裁に関連する分野の製品を製造している日本企業の収益は下押し圧力を受けることになる。

 

 <注目された省電力、日本も次世代インフラ・IOWNで追撃すべき>

 一方、ディープシークの新製品の普及が進めば、省電力が実現できるとの見通しも示されている。ロイターが27日に送信した記事の中で、エバーコアISIのアナリストは、ディープシークのオープンソースモデルで使用されている効率性が証明されれば、電力需要はより緩やかになるとの見解を示している。

 実際、27日のNY市場では、電力株や電線に関連する企業の株価が大幅に下落した。AI需要の高まりと省電力が両立するかもしれないという新たな視点が提供されたと言っていいだろう。

 筆者が注目しているのは、NTTなどが開発しているIOWNだ。ネットワークとコンピュータ・インフラ両方を含んだ次世代インフラを作る技術を指している。通信は光信号、演算処理は電気信号と従来は異なる技術を使ってきたが、IOWNでは全てのデータを光で処理し、「低消費電力」「大容量・高品質」「低遅延」なインフラの実現を目指している。

 IOWN開発の裏には、AI開発による膨大な電力量の発生に対応するという問題意識があり、ディープシーク開発の衝撃に揺れる世界の現状は、IOWNの知名度を向上させる格好の局面であると考える。

 日本政府は、ディープシークの開発を見て「諦める」のではなく、省電力の観点からIOWN開発の実証実験に対して多額の国費を投入し、最先端の半導体開発の周辺で日本の存在をアピールしてほしい。それがこれからの日本経済の成長率アップにつながると確信している。

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FOMCと2月1日の関税引き上げ、市場にのしかかる予測できないトランプ氏の存在感 

2025-01-27 15:37:34 | 経済

 今週のマーケットの注目材料は、29-29日に開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)と2月1日にカナダ、メキシコ、中国に対する米国の関税が引き上げられるかだ。FOMCでは政策金利の維持が予想されているものの、声明文やパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の会見を通じ、今後の利下げに対する慎重姿勢を積極化させた場合、米長期金利の低下や米株上昇、ドルの下落と対円での円高方向へのシフトが予想される。

 また、トランプ大統領がすでに言及しているカナダとメキシコへの25%の関税、中国への10%の関税の賦課が本当に実行されるのかにも大きな関心が集まっている。実施されれば米株にはプラスになる可能性があるものの、日本株や欧州株には打撃になると予想する。トランプ大統領は原油価格が下がればFRBに利下げを要求すると発言しており、この2つの大きな注目材料にはいずれも「トランプ大統領」という存在がかかわっている。トランプ政権の発足から1週間を経過し、マーケットに対するトランプ大統領の存在感が重くのしかかってきている。

 

 <FOMC声明文とパウエル議長会見、利下げに積極的なら米株上昇へ>

 12月のFOMC声明文では「さらなる政策金利調整の程度及びタイミングを巡っては、今後のデータ、経済見通しの展開、リスクバランスを注意深く考慮する」と、11月会合の声明文に「(政策金利調整の)程度及びタイミングを巡っては」との表現が追加され、利下げペースの鈍化をにじませる構成に変化させていた。

 12月FOMC後のパウエル議長の会見やその後の経済データを踏まえ、足元のマーケットでは1月会合における利下げ予想はゼロ%になっている。また、次の利下げを100%織り込む時期は今年6月まで先送りされている。

 もし、FOMC声明文の構成に変化が生じ、利下げに関してより積極性を示したり、パウエル議長が会見で利下げの必要性や米経済のリスクに関し、より強めの発言を展開すれば、現在は28%の3月FOMC、56%の5月FOMCでの利下げ予想が大幅に上昇し、米長期金利の低下と米株価の上昇が誘発される展開が予想される。

 その際は、ドルが主要通貨に対して下落し、対円でもドル安・円高になる可能性が高まる。

 

 <トランプ大統領が異例の利下げ要請、FOMCに影響は出るのか>

 FRBの独立性を尊重し、現実にその独立性が強固に守られているとみているエコノミストや市場参加者は、トランプ大統領の利下げ要求発言にFRBは影響されないと考えているだろう。

 だが、現実に何が起きるのかは、事態が進展してみないとわからない。トランプ大統領は23日、ダボス会議にオンラインで参加し「原油価格が下がれば、直ちに金利の引き下げを要求する」と発言。その後、ホワイトハウスで記者団に対して「原油価格が下がれば、あらゆるものが安くなりインフレを抑えこむことができる。そうすれば自動的に金利も下がることになる」と述べるとともに「パウエル議長と適切なタイミングで話をする」と語った。

 原油価格の下落に関連し、トランプ大統領は20日に国家エネルギー緊急事態を宣言し「掘って掘って掘りまくれ」と表明。原油やシェールガスの増産でエネルギー価格を引き下げる方針を打ち出していた。

 主要7カ国(G7)の首脳で、ここまで金融政策に立ち入り、中央銀行の独立性に挑戦するような発言を繰り返した例はないのではないか。

 FRBは表面上、関税政策をはじめとする「トランプ政策」の全容が不明であるため、はっきりした段階でその影響を分析し、必要があれば政策に対応を検討するとの趣旨をパウエル議長が会見で示すと予想される。

 しかし、マーケットの利下げ予想が前倒しになるようなFRBの情報発信があった場合、結果としてパウエル議長とFOMCメンバーは影響を受けた可能性がある、と疑ってみる必要があると筆者は指摘したい。

 

 <注目される2月1日の対カナダとメキシコへの関税>

 2月1日に関税がどうなるのかは、トランプ大統領の判断ですべて決まる。1日は土曜であるためマーケットの反応は3日から始まる翌週のマーケットに持ち越されるとみられるが、コロンビアに対する制裁と関税を26日に停止した例をマーケットは注視しており、現実にどのような政治的決断をトランプ大統領が下すのか、市場が注意深く見極めようとしている。

 仮に対中国に10%、対メキシコとカナダに25%の関税を賦課した場合、市場反応は大きくなると予想する。関税措置は米国経済には短期的にマイナス効果が小さいため、米株は上昇を継続する可能性がある。

 だが、メキシコ工場から米国に年間77万台を輸出している日本メーカーなどの影響は、関税賦課が長期化すればするほど大きくなる。少なくとも日本の自動車メーカーと関連する企業の株価は下落するだろう。欧州株もトランプ関税の次のターゲットにされるのではないか、との懸念から下落圧力がかかる。

 

 <対中10%関税実施なら、市場心理に大きな影響>

 対中国の10%関税は、より広範に影響する可能性がある。トランプ氏は23日のFOXニュースの番組で「われわれは中国に対し、1つの非常に大きな力を持っている。それは関税だ。彼らはそれを望んでおらず、私はむしろそれを使いたくない。ただ、それは中国に対し極めて大きな影響力がある」と述べ、これがトランプ大統領の「対中融和姿勢」と市場で受け取られ、米株上昇を裏で支える大きなパワーになっていたとの見方が市場で広がっている。

 上記の発言にもかかわらず、対中関税の10%賦課を実行に移した場合、市場のショックや失望感はメキシコやカナダへの関税引き上げよりも大きくなるだろう。そのケースでは、米株にも下落圧力がかかりやすくなると予想する。

 中国経済への打撃の可能性が高まれば、欧州や日本の中国ビジネスの比重の高い企業の株価にも連鎖的なマイナス効果が波及するだろう。

 

 <トランプ氏につきまとう予測可能性の低さ、市場織り込みの困難に直結>

 このように直接、間接を問わず、トランプ政策の効果や打撃、トランプ氏の発言による波紋がマーケットを大きく揺さぶることになる。対トランプで特徴的な「予測可能性」の低さが事前の織り込みを困難化し、直後の市場変動を一段と大きくすることにつながるという構造的な要素も内包されている。

 トランプ氏の情報発信に一喜一憂するということが、今後、常態化すると覚悟を決める必要がありそうだ。

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