年明けの日米市場では、1月20日に就任するトランプ次期米大統領の繰り出す新たな政策への不透明感が強まり、市場心理に陰りが出始めている。東京市場では、日経平均株価の500円超の下落として表れ、米市場では米長期金利(10年米国債利回り)の上昇となって出てきている。言い換えれば、「トランプ2.0」の不確実性によって日米両市場でリスクプレミアムが上昇している現象と指摘できる。トランプ大統領の政策の全容が明確になるまで市場の動揺は継続すると予想する。
<トヨタなど輸送用機器の下げ、トランプ関税への警戒感>
年明け6日の東京市場は、多くの市場関係者が「順風」でスタートすると予想していた。特に株式市場には、新NISA(少額投資非課税制度)からのニューマネーが流入して株価は上がると予想する声が多数派を形成していた。
ところが、ふたを開けてみれば日経平均株価はずるずると下落し、一時は前営業日比で600円を超す下げとなり、同587円49銭(1.47%)安の3万9307円05銭で取引を終えた。市場では、様々な下落要因が挙げられたが、筆者はトランプ次期政権の関税政策などを中心とする新たな政策がはっきりせず、日本経済や日本企業への打撃の程度がはっきりしないことへの懸念が台頭し、「トランプ2.0」への警戒感が年明けをきっかけに急速に広がってきたとみている。
特徴的なのは、トヨタ株が4.29%下げたのを筆頭に輸送用機器が2.16%の下落となったことだ。当欄では繰り返し指摘してきたメキシコ向けの25%の関税賦課という「トランプ関税」の日本企業への打撃や、日本から米国への輸出にも関税がかかるかもしれないという「恐怖心」も影響した可能性がある。
<「待ち」の石破政権に後手を踏むリスク>
不確実性は、石破茂政権の対トランプ政策への対応が後手に回っていることで増幅される可能性が高まっている。「トランプ2.0」が始動してトランプ関税の全容がはっきりすれば、その対象が工業製品だけでなく農業などの1次産品にも及ぶ公算が大きく、省庁横断的な「対米交渉チーム」の新設が欠かせないが、今のところそうした動きはなく、1月20日の就任式まで「待つ」姿勢を鮮明にしているようにみえる。
日米首脳会談が1月20日以降に先送りされたのも、主に日本側の意向が反映された結果との声も日本政府の周辺からは出ているようだ。イタリアのメローニ首相が4日、トランプ氏の私邸マール・ア・ラーゴで会談したのとは対照的な戦術といえる。
「待ち」の姿勢が100%悪いわけではないが、事前の情報収集がなければ、単なる出遅れになってしまう。実際、日本製鉄によるUSスチールの買収計画に対し、バイデン大統領が禁止命令を出したことに関しても、石破首相は6日の記者会見で「日本の産業界から今後の日米間の投資について懸念の声が上がっていることは残念ながら事実だ。重く受け止めざるを得ない」「なぜ安全保障の懸念があるのかということについて、きちんと述べてもらわなければならない」と述べただけで、それ以上の言及はなかった。
日米交渉に詳しい関係者の一部からは、バイデン大統領の決定をトランプ氏が覆す可能性があるとの見方もあるようだが、それなら就任前にトランプ氏の懐に飛び込んで日鉄問題で何らかの言質を引き出す戦術もあり得たはずだ。
石破氏の決断が相撲で言うところの「後の先」を意識的に採ったのであればよいが、単なる決断力の鈍さなら初の日米首脳会談であっという間に徳俵まで押し込まれる展開もありえるだろう。6日の東京市場の下落の背後にある「トランプ2.0」への不確実性には、石破政権の戦術ミスによる失点拡大への懸念もたぶんに含まれていると感じる。
<米長期金利の上昇、米株下落のトリガーになる危険性>
一方、米国にもトランプ氏の政策に対する不透明感が高まって、不都合な現実が姿を現しつつある。その代表例が米長期金利の上昇だ。6日のアジア取引時間帯に4.62%台まで上昇しており、週末の12月米雇用統計の結果次第では、5%近辺まで上がるとの思惑が早くも浮上している。
米長期金利が上昇を続ければ、最高値圏で推移する米株がどこかの時点で急落するリスクが高まる。つまり、「トランプ2.0」によって米国内のインフレ心理が高まり、米長期金利が上昇すれば多くの市場関係者が享受してきた米株高に終焉の時が訪れるという「暗いシナリオ」の現実味が増すということだ。
仮に不法移民を強制的に国外退去させる対応が大統領令などで実施されると、建設業や飲食店などでの接客業で大幅な人手不足に陥り、賃金上昇による製品やサービスの価格上昇が短期間で発生すると予想される。
また、個人や法人などを対象にした減税の実施で、米財政の赤字が急拡大するリスクはすでに多くの識者から指摘されており、これも米長期金利の大幅な上昇要因となる。
このように米国でも1月20日を前に、多くの分野で「トランプ2.0」の不確実性に端を発したリスクプレミアムの上昇がみられている。
<自動車メーカーに大打撃なら、今年の春闘に悪影響>
トランプ次期大統領の政策の不確実性に端を発した日米におけるリスクプレミアムの上昇は、1月20日が近づくにつれて意識され、市場の大幅な変動要因になるだろう。
特に対メキシコで25%の関税実施が発表された後、日本の自動車メーカーやその他の輸出産業の株価に対する下落圧力は、市場の想定を超える可能性があると予想する。
さらに時間的な経過を経て、自動車メーカーの収益見通しにはっきりとした下押しの影響が出る場合、その影響は株価だけでなく、今年の賃上げ相場(春闘)にも大きな影を投げかけるだろう。
そうした点を考慮すると、石破政権の対米交渉スタンスはあまりにも「無手勝流」と筆者には映る。