年末・年始は、12月26日から1月5日まで休信し、1月6日から再開します。どうか、よい年末・年始をお迎えください。
田巻一彦
年末・年始は、12月26日から1月5日まで休信し、1月6日から再開します。どうか、よい年末・年始をお迎えください。
田巻一彦
2024年の日本の政治は、自民党総裁選における石破茂氏の当選と直後の衆院選で自民・公明の過半数割れが起きるという大きな変化が生じた。年が明けて25年は夏に参院選が行われる。現在は過半数を維持する自民・公明がもし、過半数割れとなれば、日本の政治情勢は一段と混迷の度を深めるだろう。
だが、多くの市場関係者は、夏の参院選後に日本の政治がどのように変化するのかほとんど織り込んでいない。筆者は自民・公明の過半数割れの可能性がかなりあると予想する。そこで何が起きるのか──。いくつかのシナリオを考えてみた。
<前哨戦の都議選、自民に裏金問題の暗雲>
まず、参院選の前哨戦となる都議選は、6月から7月に選挙が行われる予定。現有議席(総定数127)は自民30、都民ファーストの会27、公明23、共産19、立民14などとなっているが、今年7月の都知事選で2位になった石丸伸二氏が新党を立ち上げるとみられており、議席数は大きく変動する可能性がある。
そこに都議会自民党会派の裏金問題が浮上。25日付朝日新聞朝刊は、会派事務局が政治資金収支報告書に記載しなかった収入の総額が直近の5年間で3000万円前後に上る疑いがあり、東京地検特捜部が立件の可否を検討していると報道した。
裏金問題が立件されたり、都議会自民党の多くの議員が裏金問題に関与していることが明らかになれば、今年10月の衆院選と同様に自民党への逆風が吹く可能性が高まる。
<来年の参院選、7月20日投開票の報道>
このような中で行われる参院選の投開票日をめぐっては、様々な観測が交錯しているが、20日付読売新聞朝刊は、政府・与党が25年の通常国会の召集日を1月24日とする方向で調整に入り、会期延長がなければ、参院選の日程は「7月3日公示、20日投開票」が有力となる、と伝えた。
参院の現有勢力は、自民が113、公明が27の計140と過半数の125を上回っている。このうち来年の選挙で改選されるのは、自民が52、公明が14の計66。非改選は自民が61、公明が13の計74で、両党で合わせて15議席減の51議席になっても過半数は維持できる。
<衆院選の流れ継続なら、苦戦必至の自民>
10月の衆院選前は、改選議席の少ない自民・公明が過半数割れする可能性は低いとみられていた。ところが、衆院選での与党惨敗で参院選をめぐる情勢は急変した。
読売新聞の試算によると、衆院選の得票数から参院選の比例区の獲得議席は自民14、立民11、公明6、国民6、維新5、共産3、れいわ3となる。前回22年の参院選では自民18、維新8、立民7、公明6、共産3、国民3、れいわ2だった。
また、参院選の結果を左右する1人区32選挙区の勝敗は、野党の一本化が成立すれば、与党が15、野党が17となり、前回の自民28勝4敗から様変わりした結果となる。
野党の一本化には高いハードルが存在するが、足元で30-40%台で推移する石破内閣の支持率を前提にすれば、参院選での与党過半数割れの可能性は、足元で上昇してきたのではないか。
<トランプ関税と株価、賃上げが自民の逆風になる可能性>
23日の当欄「トランプ関税の影響受ける来年の春闘、無防備なら石破政権や日銀利上げにも影響」で指摘したように、トランプ次期米大統領が対メキシコの関税を25%に引き上げた場合、日本の自動車メーカーのメキシコから米国への年間77万台の自動車輸出に大きな影響が発生する可能性がある。
その結果、自動車株の下落や自動車各社の賃上げ率の抑制などで、石破政権が目指す24年並みの25年賃上げ達成が難しくなり、賃金が上がらない中で物価だけが上がる実態に世論の関心が集中すれば、参院選を前に石破内閣と自民党の支持率が一段と低下し、参院選に大きな逆風となる展開が予想されると指摘したい。
23日にも言及したが、石破内閣はトランプ次期米政権の「関税引き上げ」という戦術に対する具体的な対応策が今のところなく、このままでは1月中下旬以降に金融市場が動揺する懸念がある。
<物価高に不満の世論、感度が鈍い政府・与党>
そもそも石破首相と自民党幹部は、10月の衆院選での自民大敗の原因分析が不十分ではないか、と筆者の目には映る。確かに裏金問題が主な争点になり、自民党の選挙態勢が後手を踏んだことが影響したのは間違いないが、それだけでは28議席へと4倍増を果たした国民民主の躍進を説明できない。
いわゆる「103万円の壁」を強調し、178万円への大幅な引き上げを主張した国民民主に支持が集まった背景には、物価高で手取りの所得が目減りしているという金融資産をあまり保有していない階層の支持を集めたことがある、と強調したい。
つまり、物価高に不満を持つ階層が与党ではなく、国民民主など野党を支持し、多くの既存メディアの想定を超えた与党の議席減を生んだとみるべきだ。
<参院選で野党多数になっても、立民中心の政権が難しい理由>
だが、筆者は参院選で仮に与党が過半数割れとなっても、立民を中心とした野党政権が発足する可能性は低いと予想する。立民と国民、維新との安全保障やエネルギー政策などでの距離が大きく、最終的には自民、公明、維新、国民の4党連立か、自民、公明の少数与党を維新、国民が個別政策で支持する「令和版多数派」の形成に落ち着く可能性が高いと予想する。
その際に石破氏が首相を退くのか、それとも政権を維持するのかは、その時の自民党内のパワーバランス次第だろう。
<不透明感増す日本の政治情勢、織り込めないマーケットに弱点>
いずれにしても、参院は半数改選のシステムで選挙を行うため、いったん過半数割れを発生させるとその解消には相当の時間がかかる。それを短期間で解消するには、連立の組み替えか政界再編しかないが、ドラスチックな変化を回避するなら「令和版多数派」の形成で凌ぐしかないだろう。
日本の政治構造が大きく変化する際に、マーケットが事前に織り込めないなら、事後に大きな価格変動があると予想するのが合理的だ。
25年は日本の政治情勢と金融・資本市場が同時に大きく動く局面がある、と予想する。
2025年の世界経済を展望する上で、ドル高・米株高・米金利上昇をもたらすいわゆる「トランプトレード」がどこまで継続するのかが大きなポイントになる。日本の政策当局や市場参加者にとってもドル高・円安がどこまで進展するのかという点は25年に最も注視すべき現象だが、大きな落とし穴が待ち構えている、という思惑もある。
米貿易赤字を拡大させるドル高を嫌っているトランプ次期米大統領が、ドル安誘導の世界的な合意を取り付けるのではないかとの見方が、次期政権の周辺から浮上しているためだ。1985年9月に突如として姿を現したドル高是正のため「プラザ合意」を念頭に置いたトランプ版の「マールアラーゴ合意」が本当に出来上がれば、急速なドル安・円高が現実になる可能性がある。だが、その副作用も大きく、一歩間違えればドル急落をきっかけに米株が大幅に下落し、世界の金融市場が動揺するリスクもある。
<ドル指数、年初から6.6%上昇>
23日のNY市場で、ドル指数は108.5と約2年ぶりの高水準まで上昇。24日の東京市場でも108.1台と年初から6.6%高い水準で推移している。ドル/円も157円台を回復。年末の薄商いの中で勢いが付けば160円台までの上昇もありうる展開となっている。
短期的には米連邦準備理事会(FRB)のタカ派傾斜と日銀のハト派スタンスが重なって、ドル/円はドル高・円安方向のバイアスがかかりやすくなっている。
<ささやかれるマールアラーゴ合意>
さらに来年1月20日に米大統領に就任するトランプ氏の政策が、大規模な減税と高水準の関税賦課という米経済拡大と物価の再上昇を招きかねない「政策ミックス」であるため、当面はドル高・株高・米長期金利上昇というトランプトレードが継続しそうだ、との見方が市場で多数派を形成している。
だが、永遠に続く市場現象はないという「鉄則」があるだけでなく、一部の市場関係者は「トランプ版プラザ合意」が25年のどこかで形成され、急速なドル安が起こるのではないかと予想している。
プラザ合意は1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルにニューヨークの先進5カ国(G5=日・米・英・独・仏)の蔵相と中央銀行総裁が秘かに集まって作成され、参加各国はドルに対して自国通貨を一律に10-12%ポイント切り上げ、そのために外為市場で協調介入を実施」するとされた。ドル/円は合意直前の240円台から1年後に150円台まで下落した。
来年はプラザ合意から40年目となるが、事情に詳しい関係者によると、トランプ次期政権のスタッフ周辺からは、プラザ合意を模した「マールアラーゴ合意」のアイデアが浮上しているという。
実際、米ニュースサイトのポリティコは今年4月に「トランプ前政権の元高官らが政権奪取後に導入するドル安誘導策を議論している」と報じている。
トランプ氏が米貿易赤字の削減を目指し、ドル安志向が強いということが背景にあるとみられている。
<トランプ版ドル安誘導、米株の大幅下落などショック誘発も>
しかし、世界の外国為替取引高は1日当たり平均で7兆5000億ドルに達しており、ドルの水準を経済のファンダメンタルズからかい離したところに誘導するのは「至難の技」という問題がまず、存在している。
さらにユーロ圏は景気悪化の兆候を見つつ、足元で欧州中銀(ECB)が利下げを実施中であり、対ドルでユーロを切り上げる介入に賛成しない可能性が高いという大きな「障害」がある。
また、ドルの価値安定を前提に海外から米株投資のマネーが流入している現状では、ドル切り下げがマネーの逆流を生み、高値圏で推移する米株の大幅下落を引き起こすパワーを生みかねない。
米株の下落幅が大きく、かつ急速に進めば、世界の金融・資本市場がリスクオフと判定して「ショック」を誘発する懸念も高まる。
<ドル高に悩む新興国、受け入れ余地も>
他方、ドル高の進行の反射的効果として自国通貨の急速な下落に悩んできた新興国は、トランプ氏のドル安誘導に賛意を示し、協調介入に参加するという見方も一部で出ている。
160円を突破し、170円も意識されるような大幅な円安圧力に直面していた場合、日本もドル安誘導に「乗る」余地はあると筆者は考える。政局混乱以降のウォン安に悩む韓国も同様の判断を下す可能性はあるだろう。
<注目されるトランプ氏の判断>
このように見ると、大きな副作用が想定されるトランプ版のプラザ合意は、従来の通貨マフィアの常識から見れば、採用困難な政策手段ということになると思われる。
しかし、トランプ氏が旧来の常識から外れた政策を遂行するのは、大幅な関税引き上げの例を挙げるまでもなく、トランプ氏の価値判断からみると「合理的」と考えるからだろう。
足元で見られるドル高が年明けに次第に加速し、どこかの段階でトランプ氏の荒療治が展開されるのかどうか──。関税の大幅な引き上げとともに最も注目するべき点だろう。
2025年の日本経済を展望する上で、最初のチェックポイントは1月20日だろう。トランプ氏が米大統領に就任する日だが、その日のうちにメキシコとカナダに対して25%の関税をかけると発表する可能性が高い。メキシコにある日産やトヨタなど日系自動車メーカー4社は2023年に約77万台を米国に輸出している。25%の関税実施なら事実上、輸出が止まって日本メーカの経営に大打撃となる。
このシナリオが現実化するなら、来年の春闘でけん引役を期待される自動車メーカーの賃上げ率が圧迫され、24年並みの賃上げ実現を目指す石破茂政権の経済政策にも大きな負荷となり、日銀の利上げパスにも相応の影響が出るだろう。対メキシコで25%というトランプ関税の実施は、日本の自動車メーカーへのマイナスインパクトー春闘相場の下振れという経路で日本のマクロ政策にも大きな波紋を生み出すと予想する。
<トランプ関税の威力、カナダでは不信任案可決の可能性>
トランプ関税の威力は、すでにカナダの政局を動かすということで世界中の注目を集めている。トルドー首相を支えてきたフリーランド副首相兼財務相が16日、電撃的に辞任した。フリーランド氏はトランプ関税に備えるために財政資金を厚めにすべきと主張し、トルドー首相の提案していた減税案に反対を表明。これに対してトルドー首相はフリーランド氏に財務相辞任を求めたためだ。
トルドー氏は20日に内閣改造に踏み切ったが、野党の新民主党(NDP)が来年1月27日に内閣不信任案を提出すると表明。地元メディアによると、政権の支持率は急低下し、不信任案可決の可能性が高まっているという。
<対米77万台の輸出停止なら、日系4社に多大な打撃>
年明けの日本では、対メキシコ関税の問題が大きな焦点になると予想される。これまでのところ、トランプ次期米大統領が本当に1月20日に対メキシコ、カナダの関税を25%に引き上げるのか、日本市場関係者は懐疑的な見方を示し、日本の自動車メーカーへの打撃を織り込んでいないと筆者の目には映る。したがって大統領就任式が接近してくるにつれ「関税実施は確実」などの報道が米メディアから出てくると、日本の自動車各社の株価はかなり下落すると予想する。
メキシコ国立統計地理情報院(INEGI)のデータをまとめた日本貿易振興機構(JETRO)のまとめによると、2023年に日本メーカー4社がメキシコで生産した自動車は123万5521台。
23年の日系メーカー4社からの対米輸出はメキシコでの生産の60%に当たる77万台強。これは日本からの対米輸出台数の148万5000台に次ぐ規模となっている。
メーカー別にみると、日産が約26万8000台、トヨタが約22万8000台、ホンダが約13万8000台、マツダが約10万9000台となっている。
自動車業界筋によると、対米輸出は相対的に価格の安い車種が多く、25%の関税賦課によって価格競争力が大幅に低下し、実質的に輸出が全面ストップする可能性があるという。
このマイナス・インパクトは相当な規模に上るだけでなく、短期的にその打撃を吸収するような「妙手」がないとみられ、日系自動車メーカーの財務環境を急速に悪化させる要因になると思われる。
<自動車が前年比マイナスなら、春闘に大きな下振れ圧力>
ここまで言及してきたことは、自動車4社に限定したミクロの問題だったが、これがマクロの問題に発展する懸念がある。来年の春闘への波及だ。
主要製造業の労組で構成される金属労協は今月3日、25年の賃上げ交渉で過去最高となる月額1万2000円以上のベースアップを要求する方針を決めた。ベア率は4%程度となり、連合が設定したベア3%、定期昇給込みで5%という目標を上回っている。
トランプ氏の米大統領選での当選がはっきりしていなかった段階では、労組の強気の要求も人手不足の深刻化という社会構造の変化を背景に、経営側も要求を受け入れるのではないかとの観測が根強く存在していた。
だが、トランプ関税の「第1波攻撃」とも言うべき対メキシコの25%関税実施で、日本の自動車メーカーは大打撃を被る可能性が高まっている。筆者は、ベア4%の要求だけでなく、昨年並みの賃上げ率での妥結に対し、経営側はかなり難色を示すのではないか、と予想する。
春闘における自動車のウエートは高く、仮に自動車が昨年比でマイナスの賃上げになった場合、他の製造業への波及も十分に予想される。人手不足が顕著な非製造業では、人員確保を最優先に製造業を上回る賃上げ率で決着する可能性があるとみているが、賃上げ獲得で攻める側の労働組合が、トランプ関税のマイナス効果に関して「無策」で臨めば、金融市場関係者の想定を超えて前年比のマイナス幅が拡大する可能性もあると予想する。
<賃上げ空振りと支持率低迷の悪夢>
このことは、大幅な賃上げを要請している石破政権にとっても、大きな痛手になりかねない。石破首相は11月26日の「政労使会議」で大幅な賃上げへの協力を経営側と労働側の双方に求めたが、発言内容をチェックしてみると、トランプ関税など海外経済の変動に対する言及がほとんど見られなかった。
つまり、トランプ関税が実施されて日本メーカーに大きな影響が出た場合、政府が取りうる打撃緩和策が全くないのであれば、自動車をはじめとした製造業の賃上げ率は大幅に圧縮され、賃上げから消費への景気拡大のメカニズムがとん挫することを意味する。
そうなれば、少数与党で25年度予算案の成立を手探りで模索している石破政権にとって、大きな支持率低下要因となり、来年夏の参院選を乗り切れるのか、という声が与党内から噴出する展開も十分にあり得るということになるだろう。
<トランプ関税と春闘への影響、見極め必要なら1月利上げも見送りか>
同様に利上げを検討している日銀にとっても、春闘の賃上げ率圧縮の動きは大きな変動要因となるだろう。利上げを見送った12月金融政策決定会合後の会見で、植田和男総裁は「(トランプ)次期政権の経済政策を巡る不確実性が大きく、その影響を見極めていく必要もある」「(春闘に関し)、もう少し情報がほしいなというのが、今回慎重な判断を下した一つの理由でもある」と述べていた。
もし、1月20日にトランプ氏が対メキシコ25%の関税実施を表明した場合、23-24日の1月会合の前の時点で、春闘への下押し圧力がどの程度かかってくるのかは、相当に不確かではないかと予想する。賃上げから消費への拡大メカニズムの行方を見たいとすれば、1月会合時点で利上げを決断するのは「尚早」との声が上がることも十分に考えられる。
<早期立ち上げが必要な「対米交渉チーム」>
このように政府・日銀にとって、対メキシコ、カナダのトランプ関税の影響は相当に大きいと覚悟するべき状況だと考える。
だが、石破内閣は、対米関税交渉が省庁の枠を超えて多くの範囲に広がると予想されるにもかかわらず、いまだに省庁横断的な「対米交渉チーム」がなく、何を優先課題として処理していくのかということも明らかになっていない。
筆者の目からは、日系自動車4社の対米輸出は、何ら防御態勢が取られないまま、飛行場に並んでいる軍用機を彷彿とさせる「無防備」と映る。
その意味で、1月20日前とみられている石破首相とトランプ氏の会談の内容が、一段と重要性を増すと指摘したい。
日銀の利上げ期待が19日の植田和男総裁の会見で後退し、20日の東京外為市場で一時、158円寸前までドル高・円安が進展した。筆者は、この円安進展と外国株投信に代表される外貨建て商品への資金シフトは表裏一体であり、実質の政策金利を大幅にマイナスの水準で維持すれば、預金の目減りを嫌気した個人による外貨建て商品の購入がさらに活発化し、「家計の反乱」による円安進展の加速が大きなリスクとして浮上すると予想する。
足元で公募投資信託「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」(オルカン)の投信残高が5兆円を突破した現象は、家計の反乱の前兆ではないかと筆者は指摘したい。日本の家計の潤沢なマネーは本来、国内の投資に使われて日本経済の成長力増進に寄与すべきであるが、あたかも一強・米国に吸い上げられ、米国経済の高成長に貢献するという構図は、日本経済の成長力を押し上げる観点からも好ましくない現象だ。緩慢な利上げと大幅な実質金利マイナスの放置を続ければ、家計資金の国外流出と円安の進行という21世紀版の「副作用」が表面化しかねない。
<157.93円まで進んだ円安、日銀のハト派傾斜に反応>
ドル/円は20日午前に一時、157.93円までドル高・円安が進行した。19日の当欄で指摘した通り、市場は植田総裁の会見での発言を「ハト派傾斜」と受け止め、来年1月の金融政策決定会合における利上げの織り込みが低下。ドル高・円安の勢いが20日の市場でも継続した。
ただ、加藤勝信財務相が20日の閣議後会見で、最近の円安には一方的で急激な動きがみられるとの認識を示して「口先介入」を敢行。その後は157円前半までドル安・円高が進んだ。
20日の市場で円売りが出やすかったのは、同日朝に公表された11月全国消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)が前年同月比プラス2.7%と前月の同2.3%からプラス幅が拡大したことも影響した。日銀にとっては見通し通り(オントラック)の結果になっているにもかかわらず、前日に植田総裁が利上げに慎重な見解を表明しており、円売りを仕掛けやすいと一部の短期筋は判断した模様だ。
<オルカン残高の急増、円安進展も追い風>
ドル/円は今年9月に一時、139円半ばまでドル安・円高が進行したこともあり、その時点から19円近くも円安が進んだことになる。
円安の進行は米国株で運用する投資信託の円換算評価を押し上げ、それが実質マイナスの預金金利で目減りが目立ってきた国内に滞留させてきた預金からのシフトを加速させるという現象を生むことになる。
全世界の株式に低コストで投資できる三菱UFJアセットマネジメントのオルカンの純資産残高が今月17日に5兆円を突破したのも、そうした実質マイナスの預金金利からプラスのリターンを期待できる商品への資金シフトの典型とみることができる。
<今年1-11月、投信経由の外国株買いは7.9兆円に>
実際、投資信託等委託会社を経由した対外証券投資の中の株式・投資ファンド持ち分は、11月だけで5505億円の買い越しとなっている。この買い越し額は今年1月から11月の累計で7兆9291億円に達している。
日銀が仮に来年1月の金融政策決定会合でも利上げを見送った場合、ドル/円はいったん160円を突破するドル高・円安水準まで円売りが加速すると筆者は予想する。
そのような状況下では、新NISA(少額投資非課税制度)を経由した個人マネーも加わって、家計資金の海外流出が増大し、そのことがさらに円安を加速させるというスパイラルを招く可能性もある。
<家計の現預金は1116兆円、目減り回避の外国株シフト加速も>
日本の家計の金融資産残高は今年9月末で2179兆円。そのうち現預金は1116兆円と今年6月末から0.3%増加していた。
だが、多くの個人にとって日銀の利上げペースが緩慢で、預金金利の実質マイナスによる目減りが長期化すると判断すれば、相対的にリターンの高い米国株式などへのマネーシフト加速の局面が、将来のどこかの時点で発生するリスクが高まる。
<円安は物価押し上げ要因に>
これは2つの点で好ましくないと指摘したい。1つは、1000兆円単位の個人の現預金が数パーセントでも海外にシフトすれば、それだけで大幅な円安になり、輸入物価の上昇を通じた国内物価の大幅な上昇に結びつく懸念があることだ。
<国内投資に向かうべき資金、海外流出が継続するおそれ>
もう1つは日本経済の成長力を高めるという視点で問題が生じる。家計の現預金が国内投資のための資金として使用され、それが国内設備投資増を起点にした国内経済のプラスの循環に資することが本来の望むべき姿であるのに対し、せっかく蓄積された家計の資金が吸い寄せられるように米国市場に流れ込み、米国のイノベーションに貢献して日米の成長力格差が一段と広がるなら、この現象を止めて国内の投資に資金が向かいやすいようにするのが日本の政策当局の取るべき対応ではないか。
<金融緩和長期化の弊害、21世紀は円安加速で>
1980年代に発生した金融引き締めの遅れによるバブルは、金融機関の野放図な融資を経由して不動産や株式の価格上昇を現出させた。ところが、昨今はそのような様子が見られず、実質マイナスの政策金利を長期化させても目立った弊害はないとの声が多い。
だが、これまで見てきたように21世紀の日本で起きる可能性があるのは、利上げの遅れによる個人マネーを中心とした資金の海外流出による想定を超えた円安の進展ではないか。「副作用は円安の急進展」という可能性を政策当局だけでなく、多くの国民が認識すべ局面に入ってきたと指摘したい。