市川稔の米(マイ)情報

問題の核心に触れよ

前幕僚長のこと。

防衛大臣が監督責任などとる必要はまったくない。
ころころ変わる大臣がそんなこと知っているわけがありません。

本人は信念に基づいてやっていることなので大臣や総理に責任などない。

外国(主に中国と韓国)がどうみるかでなく日本の中で再認識せよと言いたい。

戦争に負けた日本は連合国に統治されていました。
マッカサー率いる進駐軍です。
わかりやすい解説はこちら
小生が生まれた年である昭和27年4月28日に日本は独立したのです。

そのときに日本の歴史の一時代を変えたのです。
正確に言えば「変えられた」のです。

前に東京裁判のことを書きました。
戦争に勝った国が負けた国と裁判するとはどういうことになるか?
公平な裁判などできるわけがありません。

日本の戦争犯罪のことを言いますが、たとえば昭和20年3月の東京大空襲で一晩で約10万人の民間人が殺されました。
広島や長崎に原子爆弾を落とし一瞬のうちに無差別殺人を行いました。

広島、長崎で平和を願う式典が毎年行われますが「やられた」ことへの恨みを言わない日本人は偉いと思う。

戦争とはそういう悲惨なものでしょう。

ある部分だけ取り上げていかにも戦前の日本が間違っていたと一方的に教育したことで日本人はおかしくなった。

歴史認識というものは見る角度で異なることは普通です。

92歳になる小生の父は戦争に約4年、捕虜生活1年弱。
計5年を国のために青年時代を捧げました。

もっとも悲惨なもっともひどい作戦の一つであった「インパール作戦」の生き残りです。
生きて帰ることができた戦友たちとの会合に子供の頃よく連れて行ってくれました。

タイやビルマの現地の人たちが日本兵によくしてくれたことなど語っていました。
なにせ、後方支援がなく(食糧も武器弾薬も来ない)ジャングルを逃げ惑う。
死んでいった戦友はほとんどが栄養失調かマラリヤなどの病気だったのです。

あの戦争に実際に行って戦った日本兵はほとんどあの世に行ってしまいました。

今の日本のこのありさまをどう天国から見ているだろうか。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事