自燈明・法燈明の考察

御本尊を信じる意義

 昨日は昼間に子供と一緒に散歩に出ました。私は日々テレワークしていますが、ここ最近、天気もよくなかったり、仕事もかなり忙しかった事から、あまり歩かない生活をしていました。結果、運動不足気味になり、以前なら楽に歩けた距離も辛くなっている事が判りました。

 老いは足から来ると言われてますが、やはり日々意識して歩かないと、今の生活様式は厳しいですね。

 さて、Twitterの話題で恐縮ですが、何やら「祈り」について書かれていて、そこで読んだ事や考えた事を、少し記事にして見たいと思います。

 人は日々生きる中で、様々な悩みごとに直面します。そうなると創価学会の活動家の中では「十時間唱題」に挑戦したり、「百万遍唱題」に挑戦する人が出てきます。要は「南無妙法蓮華経」というお題目を、それこそ呪術のマントラの様に必死に唱え、祈祷するという事ですね。私の先輩にも「祈祷師の様に祈るんだ!」という事を言っていた人がいました。

 私は思うのですが、この御本尊という日蓮の文字曼荼羅を凝視し、長時間に渡りお題目を繰り返し唱えるという事は、瞑想行為の一部に当たると思います。ただ違うのは、一般的に瞑想というのは「内観」と言い、自身の心の動きを観察する行為であり、観心という事にも通じると思いますが、創価学会でいうところの長時間唱題とは、「内観」というよりも「願望成就」の思いが強い事から、祈るという行為には常に「こうしたい!」「こうなりたい!」という執着が渦巻いており、その願望を自分の心に刷り込むという傾向が強く、それは仏教でいう内観とは異なる事であるようです。

 人の心というのは「思考を具現化する力」があると私は考えています。そして思考を具現化するのは、その思考、願望成就という事で言えば願望を、より強く心に思い描く必要があるようです。このあたりについては、昨今、欧米で話題となった「ザ・シークレット」という書籍に書かれています。だから創価学会が事ある度に会員に指導する、十時間唱題とか百万遍唱題というのは、個人的には仏教の祈りというよりも、どちらかと言うと昨今、欧米などで提唱されている「願望をかなえるには」という祈り、ある意味で願望の刷り込みに極めて近い行為だと言えるでしょう。

 ただここで問題になるのは、創価学会の指導通りに祈り、それこそマントラの様にひたすらお題目を唱え、結果として自分自身の環境に変化が起こり、それにより「祈りが叶った」とか「自分自身が変わる事が出来た」と実感すると、それこそが仏教の祈りの結果であり、日蓮の文字曼荼羅の力による事だという、抜きがたい誤解を生じてしまうという事です。

 日蓮の語った一念三千とか、久遠実成の釈尊によって表現された心のかたちを理解する以前に、自分自身が思う通り生きていけるという、ある意味で万能感を持ってしまう事になり、しかも実体験が付いて回る事から、この誤解を解く事は容易ではなくなってしまうのです。

 長時間、マントラの様に御題目を唱えて、いきなり「私は勝利した!」と実感するなんてのは、瞑想にふける中で魔境に遭遇する事と、実は何も変わらない事であり、それは仏教の本質とはまったく違う事なんですが、それを体験した当の本人は、それこそが日蓮大聖人の仏法であり、創価学会の信心だと確信してしまうでしょう。

 しかし結果として、そういった間違えた確信は、間違えた仏教観を与えてしまい、自便自身の心の在りようや姿の理解をより難しくしてしまうのではないでしょうか。

 私は日蓮が文字曼荼羅を顕した意義というのは、そんな事では無いと思うのですが、創価学会で教えた事とは、この魔境への誘い、そういった事なのでしょう。だから日蓮の言葉を借りるのであれば、「傍を好んで正を忘る善神怒を為さざらんや円を捨てて偏を好む悪鬼便りを得ざらんや、如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。」という事になると思うのです。

 そういえば創価学会が戦後七十年に渡り「発展」してきた結果が、今の問題山積で貧困格差が顕著となり、問題山積した日本社会であれば、確かにこれも「一凶」によるものなんだろうかと、私なんかは思ってしまいますけどね。

 でも「創価学会の信心の確信深き人達」には、そういった事は理解できないでしょう。皮肉な事ですが「立正安国論」を提唱する人達が、自分自身の中で日蓮の言う「一凶」を刷り込むだけではなく、人に対してもそれを拡大するのですからね。

 やってられない気分にも、なるというものです。


クリックをお願いします。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日蓮仏法再考」カテゴリーもっと見る