最近になって、すごく今の自分にやりたいことが見つかった。
中学生、高校生の頃に
ちょっとだけ耳にしていた、青年海外協力隊
2年間、発展途上国に行き、自分の知識や技術を活かし
開発途上国の人々のために貢献してくる。
有償のボランティア活動である。
自分が大学3年にもなり、そろそろ自分の進路も
決めていかなければいけないと考えた。
春休みに、新潟大学のプログラムで10日間ほど
シンガポールの短期留学をさせてもらった。
僕が青年海外協力隊を目指すきっかけはここにあった。
当初、行く予定だった先生に事情があってこられなくなり、
代わりに、国際課の職員の人が引率に加わった。
その人は、青年海外協力隊の経験者だった。
今まで、自分が協力隊について知っていたのは
パンフレットから得られるわずかな情報でしかなかった。
でも、シンガポールの旅で、僕は移動中や暇な時間に
その人から協力隊の生の経験談を聞くことで、
話を聞けば聞くほど、自分にとって魅力的なものだった。
「いつでも帰っておいで」という自分にとって第2のふるさとが出来ること
派遣先は違えど、一緒に研修や同じ特別な経験をした協力隊の友達は一生の宝であること
決して、望まれていく場合もない。日本人が来るということで
金銭を狙われる場合もある。
予防注射はたくさん行うも、マラリアなどの地域特有の病気にもなりかねない
メリットもデメリットもたくさん聞いた。
4月には、新潟市の朱鷺メッセで開かれた
「青年海外協力隊の体験会&説明会」に参加をしてきた。
また、JICAの新潟支局にいる鎌田さんにもお話を伺ってきた。
6月、岩手・宮城内陸沖地震が起こった。
もし、自分が協力隊に行ってしまえば、家族には
何もしてあげることはできない。協力隊に2年間派遣されるということは
よほどのことがなければ、日本に帰ってくることはできない。
たとえ地震が起きて大変な事態でも、すぐに帰ることはできない。
支えてくれた家族、友だちの側にいられないこと
協力隊を本当に目指していいのか、迷った。
7月、JOYJOBでの留学セミナー
そこには、自分の意思を尊重した生き方があった。
家族に背中を押された人、反対されながらも、留学、自分らしい生き方を
している人に触れた。
そして、ノリの刺激として
なかなか会える時間は少ないものの、それぞれが頑張っている
シンガポールのメンバーがいる。
留学をしに行くもの、住み込みのインターンシップをやっているもの
将来の夢にもがいているもの、彼らに負けない活動をしてみたいと思う。
教育実習の時に、感じた違和感があった。
もちろん、たかが2週間の教育実習ではあるが、
ゆとり教育や、教育に関する問題が社会問題として
挙げられるも、日本の子どもは義務教育によって
小、中学校と教育を受けられるんだ。
僕が、本当に教えたいことは、学校の勉強なのだろうか
自分の目指す道、学校の先生とは決められなかった。
4月から、4ヶ月間・・・色々と話を聞き
自分の中で、迷い、友だちにも話し悩んだ。
8月
僕は海外協力隊で、発展途上国の人に
教育を教えたいと強く思うようになった。学校のない地域で、子どもたちに
教育をしにいくこと。校舎のない、青空の学校のところで
学校の先生をしてみたい、
大学を卒業してから、すぐに行って見たい
自分に何ができるんだろうか
不安はあるものの、発展途上国の子どもたちの笑顔を見ている
自分の姿が、未来の自分の姿として見える。
ちょっとずつアウトプットして自分の頭を整理していきたいと
考えてます。しばらく、ノリの夢の話、付き合っていただければと
思います。
来週に続く
中学生、高校生の頃に
ちょっとだけ耳にしていた、青年海外協力隊
2年間、発展途上国に行き、自分の知識や技術を活かし
開発途上国の人々のために貢献してくる。
有償のボランティア活動である。
自分が大学3年にもなり、そろそろ自分の進路も
決めていかなければいけないと考えた。
春休みに、新潟大学のプログラムで10日間ほど
シンガポールの短期留学をさせてもらった。
僕が青年海外協力隊を目指すきっかけはここにあった。
当初、行く予定だった先生に事情があってこられなくなり、
代わりに、国際課の職員の人が引率に加わった。
その人は、青年海外協力隊の経験者だった。
今まで、自分が協力隊について知っていたのは
パンフレットから得られるわずかな情報でしかなかった。
でも、シンガポールの旅で、僕は移動中や暇な時間に
その人から協力隊の生の経験談を聞くことで、
話を聞けば聞くほど、自分にとって魅力的なものだった。
「いつでも帰っておいで」という自分にとって第2のふるさとが出来ること
派遣先は違えど、一緒に研修や同じ特別な経験をした協力隊の友達は一生の宝であること
決して、望まれていく場合もない。日本人が来るということで
金銭を狙われる場合もある。
予防注射はたくさん行うも、マラリアなどの地域特有の病気にもなりかねない
メリットもデメリットもたくさん聞いた。
4月には、新潟市の朱鷺メッセで開かれた
「青年海外協力隊の体験会&説明会」に参加をしてきた。
また、JICAの新潟支局にいる鎌田さんにもお話を伺ってきた。
6月、岩手・宮城内陸沖地震が起こった。
もし、自分が協力隊に行ってしまえば、家族には
何もしてあげることはできない。協力隊に2年間派遣されるということは
よほどのことがなければ、日本に帰ってくることはできない。
たとえ地震が起きて大変な事態でも、すぐに帰ることはできない。
支えてくれた家族、友だちの側にいられないこと
協力隊を本当に目指していいのか、迷った。
7月、JOYJOBでの留学セミナー
そこには、自分の意思を尊重した生き方があった。
家族に背中を押された人、反対されながらも、留学、自分らしい生き方を
している人に触れた。
そして、ノリの刺激として
なかなか会える時間は少ないものの、それぞれが頑張っている
シンガポールのメンバーがいる。
留学をしに行くもの、住み込みのインターンシップをやっているもの
将来の夢にもがいているもの、彼らに負けない活動をしてみたいと思う。
教育実習の時に、感じた違和感があった。
もちろん、たかが2週間の教育実習ではあるが、
ゆとり教育や、教育に関する問題が社会問題として
挙げられるも、日本の子どもは義務教育によって
小、中学校と教育を受けられるんだ。
僕が、本当に教えたいことは、学校の勉強なのだろうか
自分の目指す道、学校の先生とは決められなかった。
4月から、4ヶ月間・・・色々と話を聞き
自分の中で、迷い、友だちにも話し悩んだ。
8月
僕は海外協力隊で、発展途上国の人に
教育を教えたいと強く思うようになった。学校のない地域で、子どもたちに
教育をしにいくこと。校舎のない、青空の学校のところで
学校の先生をしてみたい、
大学を卒業してから、すぐに行って見たい
自分に何ができるんだろうか
不安はあるものの、発展途上国の子どもたちの笑顔を見ている
自分の姿が、未来の自分の姿として見える。
ちょっとずつアウトプットして自分の頭を整理していきたいと
考えてます。しばらく、ノリの夢の話、付き合っていただければと
思います。
来週に続く
私自身来年何をするか決まっておらず良いアドバイスもできません。
それでも私はあなたを応援したい。頑張れ!
つながっていく自分の中で、
すぐに未来だけを切り離して考えるものは
難しいことのように思います。
現在の自分と未来の自分で何をつなげられるのか、自分でも掘り下げて考えてみるつもりです。
応援ありがとうございます。
私の夢の話が少しでも、
カズさんの1歩になれれば嬉しい限りです。