木曜日担当のノリです![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_nika.gif)
まったく、風が強い新潟の天気は、
一気に体力を奪ってしまいます。
寒さと蓄積した疲れによって、
この前また風邪をひいてしまいました。
去年の11月、12月と長めに風邪を引いたから、
予防に努めていたのですが、
あまりの気持ち良さに吸い込まれ、
こたつで寝てしまったことが、風邪を引いてしまった原因でした。
今年、12日成人の日は、
平成生まれの新成人の誕生です![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
20歳といって、何かがガラッと変わるわけではないんだけど、
でも、大人として見られることを意識しなければいけないのかも
しれないですね。
ちょうど、成人の日の夜
NHKの「爆問学問」という番組で、
成人の日スペシャルを放送していました。
レギュラーの爆笑問題、ゲストに糸井重里さん、立花隆さん、
矢口真里さんを呼んでのトークでした。
放送の中で、このようなテーマも話に挙がりました。
大人になるってどういうこと
大人になった時の実感はどんな時
糸井さん、立花さんも実際20代のころは、
わからなくて、30代、40代と年齢を重ねるようにつれて、
なんとなくわかるものはあるとおっしゃっていました。
ノリ自身、自分の頭の基本的な考えは
小学5、6年の時から、自分の中で変わっていないと感じています。
小学4年まで、と小学5年で何が頭の中で変わったのか![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/eq_2.gif)
それは、自分と他者とを分けて考えることが出来るようになった時の
ことかなと感じています。
たぶん、小学4年生くらいまでは、色々考えてみても
それが自分のことなのか、他人のことなのか、
自分とつながりのあることなのか、無関係なのか
それらの境界線はグチャグチャで、
根本的に楽しい、面白いだけで選択できてしまう気がします。
自己と他者を分けて考えるようになると、
そうはいかなくなるのかもしれません。
昨年の年末、部屋の掃除をしながら、
小学校の頃の通信簿を眺めたりしました。
小学5年生の1学期の先生からのコメントに
「例え自分に不利な状況にあっても、正しいことは正しいと
言える潔白な子です。」
自分が、考えても何のエピソードがあって
先生から、このようなコメントが出てきたのか、不思議です。
ノリにとって、小学5年生は、
初めて近しい人の死に直面した年でもありました。
昨日まで自分とつながっていたものが、
今日にはなくなっているといった感じでしょうか。
さすがに、小学5年で大人といったら、変ですが、
ノリにとって大人であるということは、
自己と何かを分けて考えが出来ることであり、
また自己と混同して考えないことのような気がします。
自分で文章にしながらも、まだまだわからないものです。
重松 清の「とんび」という作品の中で、
成人に当てるこのようなメッセージがあります。
「おまえは母に命を守られ、父に育てられ、たくさんのひとに
助けられて、成人式を迎えるまで大きくなった。
それをどうか、幸せだと思ってほしい。生きてあることの
幸せを噛みしめ、育つことの喜びを噛みしめて、
これからの長い人生を生きてほしい。
感謝の心を忘れないおとなになってほしい。
母に、まわりのひとたちに、
そして何より父に----おまえを世界の誰よりも愛してくれた父に、
いつか、ありがとう、と言ってやってほしい・・・。」
(重松 清 「とんび」より抜粋)
昨日、お会いした40代の社会人の方は、このようなことを言っていました。
「仕事を通じて、成長したことなんてないが、
しいて言うなら、色んなことに感謝が出来るようになった。
自分だけの力じゃ何にもならなくて、みんなの力を借りてここまれだことに
ありがとうって思えることだな。
大人になった実感
たくさんの人の支えを実感して感謝を素直に言えることなのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_nika.gif)
まったく、風が強い新潟の天気は、
一気に体力を奪ってしまいます。
寒さと蓄積した疲れによって、
この前また風邪をひいてしまいました。
去年の11月、12月と長めに風邪を引いたから、
予防に努めていたのですが、
あまりの気持ち良さに吸い込まれ、
こたつで寝てしまったことが、風邪を引いてしまった原因でした。
今年、12日成人の日は、
平成生まれの新成人の誕生です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
20歳といって、何かがガラッと変わるわけではないんだけど、
でも、大人として見られることを意識しなければいけないのかも
しれないですね。
ちょうど、成人の日の夜
NHKの「爆問学問」という番組で、
成人の日スペシャルを放送していました。
レギュラーの爆笑問題、ゲストに糸井重里さん、立花隆さん、
矢口真里さんを呼んでのトークでした。
放送の中で、このようなテーマも話に挙がりました。
大人になるってどういうこと
大人になった時の実感はどんな時
糸井さん、立花さんも実際20代のころは、
わからなくて、30代、40代と年齢を重ねるようにつれて、
なんとなくわかるものはあるとおっしゃっていました。
ノリ自身、自分の頭の基本的な考えは
小学5、6年の時から、自分の中で変わっていないと感じています。
小学4年まで、と小学5年で何が頭の中で変わったのか
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/eq_2.gif)
それは、自分と他者とを分けて考えることが出来るようになった時の
ことかなと感じています。
たぶん、小学4年生くらいまでは、色々考えてみても
それが自分のことなのか、他人のことなのか、
自分とつながりのあることなのか、無関係なのか
それらの境界線はグチャグチャで、
根本的に楽しい、面白いだけで選択できてしまう気がします。
自己と他者を分けて考えるようになると、
そうはいかなくなるのかもしれません。
昨年の年末、部屋の掃除をしながら、
小学校の頃の通信簿を眺めたりしました。
小学5年生の1学期の先生からのコメントに
「例え自分に不利な状況にあっても、正しいことは正しいと
言える潔白な子です。」
自分が、考えても何のエピソードがあって
先生から、このようなコメントが出てきたのか、不思議です。
ノリにとって、小学5年生は、
初めて近しい人の死に直面した年でもありました。
昨日まで自分とつながっていたものが、
今日にはなくなっているといった感じでしょうか。
さすがに、小学5年で大人といったら、変ですが、
ノリにとって大人であるということは、
自己と何かを分けて考えが出来ることであり、
また自己と混同して考えないことのような気がします。
自分で文章にしながらも、まだまだわからないものです。
重松 清の「とんび」という作品の中で、
成人に当てるこのようなメッセージがあります。
「おまえは母に命を守られ、父に育てられ、たくさんのひとに
助けられて、成人式を迎えるまで大きくなった。
それをどうか、幸せだと思ってほしい。生きてあることの
幸せを噛みしめ、育つことの喜びを噛みしめて、
これからの長い人生を生きてほしい。
感謝の心を忘れないおとなになってほしい。
母に、まわりのひとたちに、
そして何より父に----おまえを世界の誰よりも愛してくれた父に、
いつか、ありがとう、と言ってやってほしい・・・。」
(重松 清 「とんび」より抜粋)
昨日、お会いした40代の社会人の方は、このようなことを言っていました。
「仕事を通じて、成長したことなんてないが、
しいて言うなら、色んなことに感謝が出来るようになった。
自分だけの力じゃ何にもならなくて、みんなの力を借りてここまれだことに
ありがとうって思えることだな。
大人になった実感
たくさんの人の支えを実感して感謝を素直に言えることなのかもしれません。
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