憧憬の地 ブルターニュ
モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷
2023年3月18日〜6月11日
国立西洋美術館
ブルターニュ。
フランスの北西端、大西洋に突き出た半島を核とするブルターニュ地方。
古くケルト人を祖に持ち、16世紀まで独立国をなす。
入り組んだ海岸線、荒野、内陸部の深い森などの豊かな自然。
各地に残る古代の巨石遺構。
中近世のキリスト教モニュメント。
日常的に話される(19世紀頃まで)ケルト系言語の「ブルトン語」。
多くの地域で営まれる素朴な生活様式。
独自の自然景観と歴史文化を持つフランスの内なる「異郷」ブルターニュ。
19世紀初め、絵になる風景を地方に探す「ピクチャレスク・ツアー」が流行する。
生涯に数多く旅をし、制作したイギリスの画家ターナーが、1829年にブルターニュを旅した際に制作した水彩画。
本展のトップバッター。
ウィリアム・ターナー
《ナント》
1829年、ブルターニュ大公城・ナント歴史博物館
1857年のパリ・レンヌ間の開通を皮切りとした鉄道網の拡充により、ブルターニュは、近代的な観光旅行の時代を迎える。
「異郷」ブルターニュの異国情緒を前面に出したイメージが流布する。
以上、当時の絵葉書(会場のパネル)
エミール・オーギュスト・ウェリー
《ブルターニュ》
『エスタンプ・モデルヌ』第4巻、第16図
1897年8月刊、町田市立国際版画美術館
印象派世代の画家たちも、ブルターニュを旅し、作品を制作する。
クロード・モネ
《嵐のベリール》
1886年、オルセー美術館
クロード・モネ
《ポール=ドモワの洞窟》
1886年、茨城県近代美術館
モネは、1886年9〜11月の約2ヶ月間、「美しい島」という意味の名を持つ小島、ベリールに滞在する。
滞在中に制作した作品として知られるのは39点。
38点が風景画(ほとんどが海景画)で、1点が肖像画である。
本展には、そのうち海景画2点が出品される。
もう1点出品の、国立西洋美術館所蔵の素描《ベリールの海》1890-91年 は、現オルセー美術館所蔵の油彩作品にもとづいて後年制作されたもの。
(参考)オルセー美術館所蔵の油彩作品
本展非出品であるが、国内にはもう1点、ベリールを描いた油彩作品がある。
クロード・モネ
《雨のベリール》
1886年、アーティゾン美術館
(本展非出品、所蔵館展示時に撮影)
本作は旧松方コレクション(ハンセン・コレクションより購入)。
国内に持ち込まれ、松方家に残り、1953年から当時のブリヂストン美術館に寄託、1984年に寄贈される。
以下、石橋財団ブリヂストン美術館館報No.64所収、賀川恭子氏『クロード・モネの1886年のベリール滞在』による。
モネは、ノルマンディー地方の温泉町フォルジュ=レゾー滞在後、当初予定のエトルタではなく、急遽、ブルターニュを旅することを決める。
1886年9月12日 、ベリールに到着。
最初に滞在したのは、島の北東岸に位置する中心地ル・パレであったが、あまりにも都会すぎて興味を惹かず。
9月15日以降、島の西側の小さな村ケルヴィラウアンに滞在することとする。
アリス・ オシュデには次のように説明してい る。
明日の朝に町を発ち、8軒から10軒の家からなる小さな集落に滞在することにしました。
『ラ・メール・テリーブル(恐ろしい海)』と呼ばれる場所のそばです。
10キロ四方に木はなく、魅力的な洞窟と岩場があります。
不吉で、恐ろしいのですが、とても美しいのです。
同じものを他で見つけることはできないでしょう。
ここで絵を何枚か制作したいと思います。
モネは、この土地を気に入り、制作に励む。
到着時には恵まれていた天候も、10月は風雨や嵐で荒れ模様となって制作がままならない日もあったものの、39点ほどの作品を制作。
11月25日に島を離れる。およそ2ヶ月の滞在となった。
ベリールにおけるモネの海景画は、ドゥルーシュによると、描かれた場所に応じて以下の9つに分類分けできるらしい。
1 ポール・コトンの尖岩群
2 ポール・ドモワの入江
3 ポール・ドモワの島々
4 ポール・グールファーの岩場
5 ラ・ロシュ・ペル セ(1)
6 ラ・ロシュ・ペルセ(2)
7 ポール・グールファー
8 ラ・ロッシェ・ド・リヨン
9 嵐
茨城県近代美術館所蔵作は「3」。
ポール・ドモワの岩場が右側に多く配置されるグループ。
アーティゾン美術館所蔵作は「6」。
ポール・ドモワとポワント・デュ・タリュの中間地点よりポール・ドモワ寄りの視点となり、島々は水平線上にかためられ、岩の穴は目立たないグループ。
日本に2点も所在するとは、素晴らしい。
モネは、どうやらブルターニュの風俗には関心が薄く、自然・奇景が関心の対象であったようだ。
【本展の構成】
1 見出されたブルターニュ:異郷への旅
(1)ブルターニュ・イメージの生成と流布
(2)旅行者のまなざし:印象派世代がとらえた風景
2 風土にはぐくまれる感性:ゴーガン、ポン=タヴェン派の土地と精神」
3 土地に根を下ろす:ブルターニュを見つめ続けた画家たち
(1)アンリ・リヴィエールと和訳されたブルターニュ
(2)モーリス・ドニと海辺のアルカディア
(3)「バンド・ノワール」と近代ブルターニュの諸相
4 日本発、パリ経由、ブルターニュ行:日本出身画家たちのまなざし