図書館・語り・紙芝居・集団相手の絵本よみ・ボランティアなどについて書きます。
絵解きボランティア
「カメのえんそく」は子どもを傷つけるか
以前『これから昔話を語る人へ』松本なお子/著(小澤昔ばなし研究所)を読んだ時に、「カメのえんそく」という話について解説がされていたのを覚えています。子どものカメがいない間に、親ガメが食べ物をがまんできずに食べてしまうというオチが、「子どもの親に対する信頼を損なう」というような説明がされていました。実際に、語った時に、聞き手が引いた・・・という感じを受けた、というようなことが書いてありました。貴重な体験をされたのですね。
おはなしの出典は『カメの遠足』山室静/編(新編世界昔話集I イギリス編(新社会思想社)でしょうか。
それから『カメのえんそく』(イギリス民話 おはなしのたからばこ)新沢としひこ(フェリシモ出版)もあるみたいです。おやすみ前に幼い子どもに聞かせるおはなし集にもあるみたいですね。
これについて、意見を言います。私が言うまでもなく、昔話は、時として不条理を語り、子どもが生きていくうえで必要な免疫を持たせる場合もあるはずです。昔話であるのだから、ずっと昔にあったことが、動物に例えて残っていることもあるでしょう。もちろん、「悪いものは悪い」的な潔癖なオチを語るものもあるでしょう。それはそれぞれの話が持っている個性ですから、あれが良くてこれが悪い、という物差しはあんまりないんじゃないかな、と思います。
この話は紙芝居にもあります。『かめのえんそく』中谷靖彦/脚本・絵(教育画劇)です。絵が明るいタッチで、のんびりとした感じを演じるところがおもしろい話です。私がやった時は、オチで、クスっとわらってもらいました。大笑いをもらう演じ手さんもいるみたいです。
松本なお子さんが書かれていたように、どうして聞き手が引いちゃうのか、ちょっと考えて、すぐ思いつくのは「語り手の雰囲気次第じゃないの?」という理由です。学校の厳しい先生みたいな真面目そうな人が真面目にやると、「信頼感を損なう暗い話」のようになっちゃうんじゃないかと思うんです。
話3割、語り方3割、演じ手のキャラ4割、といったらおおざっぱすぎるでしょうか。語りの魅力って、人の力によるところが大きいよね。おはなしの学習会で、みんなで話し合っているとそういう意見は出ないでしょうか。
本にいろいろ書くのはそれは個人の自由ですが、数人で遠慮なく意見が交換できるような環境を持っていれば、「それって語り手のやり方次第じゃないの」というような意見も出るのではないでしょうか。そのおかげで気楽にものごとに取り組めるし、まじめすぎるという行き過ぎを防ぐことができます。「昔ばなし研究所」てなくらいですから、数人の人がいろんな視点から意見を交わすことはないのでしょうか。「研究所」でありながら特定の先生がフォーマットしたものを広げていくばかりでは困ると思うよ。ましてやそれを、公共図書館が鵜呑みにしていてはもっと困る。大切なのは、自由な意見が交わせる状況を作っていくこと。
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