アモーレ・カンターレ・マンジャーレ

自称イタリア人のオヤジが、好きなサッカーやらグルメやら、何でも不定期に気まぐれに書き綴るサイトです。

四宿の繁栄

2011-11-13 08:25:43 | 薀蓄
前回の記事で、大山詣りなどに出かけた一行は。江戸にそのまま入らず、品川で一泊すると書いた。なぜと言われれば、江戸は別世界だからである。

 厳密に言えば、江戸に住んでる人間から見れば、江戸の外は何が起こるかわからない世界。一方で「旅の恥はかき捨て」だから、無事の帰還を祝い、旅の打ち上げもかねて、どんちゃん騒ぎはここでしかやれないといことになる。
 品川・千住・真珠・板橋という江戸から最初の宿場が栄えたのは、そういう事情からだ。

 今、田町から国道一号線を行くと、高輪大木戸跡という信号がある。ここがちょうど江戸と外の世界を分けていた門の跡だ。
 時代劇で、よく江戸処払いなんてご沙汰が下るが、要はこの木戸の処までは来てもいいわけだ。よって、江戸の範囲は今の感覚でいうとかなり狭い。

 おおざっぱに言って、江戸城の東、今の東京駅を中心に約4kmの円で囲まれた地域であり、江戸を横断するには8km。そう、ちょぅど一刻かかるという範囲だ。
 この範囲の中に、公認の岡場所は吉原のみ。江戸の中には他は作らせなかったわけで、では・・・ということで、品川あたりがそういう性格を持つようになる。

 もともとは、宿の女中さんが夜のお相手をしてくれることから、「飯盛女郎」なんて呼ばれていたが、やがてそちらに専業となる。
 すると芝あたりに住んでる輩は、わざわざ吉原に行くより品川の方が近いわけだし、四谷に住んでる人なら当然新宿に・・・となる。

 今の女性からすると、こういう職業の存在自体が問題として騒がれそうだが、実は吉原の女郎は今で言えば、アイドル的な要素もあり、決して恥ずかしい職業ではなかったのだ。
 感覚でいくと、いまどきの女の子の将来なりたい職業に、キャバ嬢があるというが、それに近いのかも。

 浮世絵あたりの美人画の多くは、こうした遊女のものであり、素人の女性を描いたものは圧倒的に少ないのだ。
 浮世絵は版画であったことが、世界的に特徴であるが、今で言えばブロマイドということになる。人気の遊女は、これにより、さらに人気が高まるという・・・

 落語でも吉原や四宿(品川・千住・板橋・新宿)を舞台とする噺は多いが、それだけ当時の人にとって身近だったことの裏返しである。
 だが、それ以上に江戸には、そうした施設の充実を必要とする拝啓があった。そのあたりはまた、別の稿にて。
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2 コメント

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ホッペタを落っことした! (言いたい放題)
2011-11-13 13:06:52
拙宅から高輪大木戸跡まで徒歩5分。品川宿まで30分弱。品川宿には、ホッペタが落っこちそうになる鰻屋があります。それが証拠に。つい先日、片方のホッペタを落っことしてしまいました。
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ほっぺたが落ちる ()
2011-11-13 18:41:11
いやあ、師匠、その鰻屋なんていうとこですか・・・小生もほっぺたを落としたいです。
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