三田和実-陶房KAZUMITACO.

やきものと雑談

岡本太郎の縄文

2015年01月26日 | アート・文化

 

ある番組で太郎さんが言ったそうだ。”縄文は私が発見したのだ。”

司会者:それはすごいですね。一体どこで発見したのですか?

太郎さん:そっ、それは上野の博物館だ!

これを聴いて大笑いした事がある。

当時、研究者の間で縄文は野蛮人のもので文化ではないと認められていなかった。それを太郎さんは上野の博物館で見て、この外に向かうエネルギー、表現力、これはれっきとした文化であると初めて認め、日本人のルーツを掘り下げた功績は大きい。が、いかにも太郎さんらしい発言で笑えますね。

私の住む栃木県は弥生文化が最も遅れた地域だそうだ。稲作が紀元前、北九州に渡来人によってもたらされ徐々に東に移動、京都あたりから2方面に分かれ片方は愛知方面へ、片方は東北に渡り、東北から栃木方面へ南下して行ったそうだ。県の研究者によると、栃木は稲作を特に必要としていなかったのでは、という事だった。

そう言えば確かに栃木には縄文系の顔つきの人が多いかも。日本人の約4割が今も縄文人のY染色体D2になるのだそうだ。

太郎さんを見習って日本人もそろそろ外に向かって爆発しましょうか。


 <上野の博物館本館にて>


 



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