この3連休、栃木市にある国府と下野市にある国分寺、薬師寺跡を中心に古くからある神社や古墳を見学してきた。
国府とは奈良時代の日本に60か所以上置かれた、国庁を中心に作られた現在の県庁所在地的都市機能を持つ所だが、下野に於いては国庁から薬師寺あたりまで10Km以上の広さ。もちろん当時の中心、奈良に比べたら比べ物にはならないが各施設もなかなかの大きさ、こんなところにもこんな大きな立派な施設をよく作ったものだとつくずく感心する。同時に当時の農民への重税と兵役、そこに乗っかる貴族階級という構図は常に見逃す訳には行かない。
とは言え残念な事に下野に於いて、残っているのはすべて広大な空き地に僅かに復元された建物と建物の礎石のみ。ほとんどすべてが焼失または破壊されてしまい、もぬけの殻状態。
多くの遺跡、古代文明ファン同様、私もその地に立ち、歴史をひも解きながら、過去にそこで行われて来たことを想像や空想を楽しむものだが、さすがにここまで何も無いと、感じるはだだ広い空間に吹く冷たい風ばかりか・・・・。
その中で今回とくに感じたものが大きかったのは、孝謙天皇(称徳天皇)の寵を受け太政大臣まで上り詰め、一時は天皇にまで推薦され、国作りを推進して行った”道鏡”がおそらくは陰謀の上、姦通、巨根説まで流され失脚し、最後に左遷され亡くなったのがここ下野薬師寺別当で、現在の龍興寺に塚が残っている。
どんな思いであったろう?さぞかし無念な事だったろう。
<下野国庁跡前殿>
<総社町大神神社>
奈良県桜井市にある大神神社(最近かっこいいJRコマーシャルやってますね)の摂社。この写真は境内にある”室の八島”。奈良時代から、歌枕として万葉集や古今和歌集などに登場し、芭蕉も訪れた。
<篠塚稲荷神社>
田畑の中にある古墳の上に建てられた神社。観光情報にも載っていない小さな神社だが、とても味わいがある。
<国分寺跡>
<七重の塔跡>
この先の基台部分に七重の塔が建っていたそうだ。立派だったでしょうね。是非復元して欲しい。
<薬師寺回廊跡>
<道鏡塚>
龍興寺の隅にひっそりと建っています。
連休中日には自治会での”お焚き上げ”がありました。