横須賀の鏝絵めぐり。佐原の慈眼院様・大田和の満宗寺様・野比の称名寺様をたずね、帰路に観音崎灯台まで足をのばすことにした。だって京急三浦半島1DAYきっぷあるもん(^^♪



も、あるけど、年末に観音崎に着いた時にはすでに日暮れであった。アレみたかったんだけどなぁ・・・
アレって、関東大震災で崩壊した観音崎灯台2代目灯台の残骸と、第二次世界大戦の時に造られた敵潜水艦の音を捕捉するための聴測所。
京急YRP野比駅から再び電車。
観音崎に行くには、京急本線と平行する国道16号線・途中から神奈川県道209号線を走るバスをどこかのバス停でキャッチすればいい。
今回は堀ノ内駅下車。16号線の春日神社バス停へ向かう。
これが・・我が家方面の東急バスや横浜市営バスは大雪で交通網マヒ状態でない限りほぼ定時運行。が、我が家方面を離れれば京急バスもかな中バスも天候に関わらず10分~20分の遅れは当たり前。本数は一時間に3本くらいはあるが、いつ来るんかなぁ(^^;
お!ツバメさんが子育ての真っ最中(^^♪無聊を慰めてくれる(^^♪

15分くらい遅れてバスが来た。でも乗ってしまえば絶景を眺めながら観音崎へ。

観音崎到着。
東京マーチスをみながら観音崎灯台にむかって歩き出す。


気持ちの好い散策コースであるが、岬の歴史がそこかしこに散らばる。。



まずは観音崎灯台にご挨拶。




日本国最初の洋式灯台。明治元年に起工し翌年1月1日に点灯した。西浦賀の燈明堂灯台はその役割を終えた。ヴェルニー氏の設計で日本国のレンガを使用した四角の建物であったという。が、氏の設計した灯台は地震国日本ではことごとく倒れていて、観音崎灯台の初代も大正11年の地震(関東大震災の前震?)で倒れ、再建された2代目は関東大震災で半年後にあえなく倒壊。今のは大正14年に完成した3代目。
灯台に登ろうと参観寄付金200円払おうとして、あれ?受付のおねえさん大晦日にもいましたよね?えぇ?あ~!声でわかった!あの時のおねえさんね!あの時は着膨れしていたけどスタイル抜群だったんだねぇ。また来てくれたんだ!ととても嬉しそうでこちらも嬉しかった(^^)
3代目に登る。



タイトで急な螺旋階段を登りきると、そこにはフレネルレンズ(^^♪

灯台の外は帽子もカツラもぶっ飛んでしまいそうな強風!でも眺めは最高(^^♪

螺旋階段を降りる。

浦賀水道は様々なお船が行き交う。飽きない。



観音崎灯台を来た道を引き返して、今回の目的の2代目の残骸へと向かう。。
おねえさまから教えてもらった通りに海岸からアプローチ。


・・・!◎◎!

大正12年からここにこうしてある。なんで放置されたままかはわからぬ。
シュール。。。

向こうには、聴測所が見える!なんで放置されたままかはわからぬ。

シュール。。。
でも、私はこの風景をみてみたかったんだなぁ・・・
遊歩道に引き返す。

観音崎自然博物館の開館時間には間に合わないかなぁ・・・

やっぱ閉館のお時間でした(^^;
残念!

灯台ボラードの道を浦賀方面に向かって帰る。



たたら浜から観音崎大橋を渡れば、バス通り。



鴨居バス停から浦賀駅行きのバス。
なんでアレがみたかったんだろうなぁ・・・

浦賀駅から帰る。

