
ミニョンはすっかり酔いが醒めた頭で、母親のミヒが眠っているホテルの部屋にもどり、まんじりともせずに、ミヒのそばに座り続けた。ミヒが心配なのもあったが、どうしてもミヒの目が覚めたら、すぐに聞きたいことがあったのだ。夜は緩やかに更けていき、やがて東の空が白み始めた。すると、ミヒがゆっくりと目を開けて身体を起こした。
「母さん、大丈夫?」
「あら、ずっと居てくれたの?ごめんなさいね。ねぇ、なんだか顔色が悪いけど大丈夫?」
「母さん、実はどうしても聞きたい事があって、、、。」
ミニョンがいつになく真剣な面持ちでいるのを見て、ミヒも姿勢を正した。
「分かったわ。」
「、、、母さん、カンジュンサンて名前を聞いたことはある?」
すると、ミニョンの予想通り、ミヒは激しい狼狽をしめした。
「カンジュンサン?、、、誰なの?」
「それはこっちのセリフだよ。母さん、隠さないで。彼は一体誰なの?」
いつになく怖いくらい真剣な眼差しで見つめるミニョン。
「カンジュンサンだよ。本当に知らないの?」
「だっ、誰なの?知らないわ、、、」
ミヒはシラを切ろうと目を泳がせて答える。
「僕と全く同じ顔をしていて、同じように川で溺れた経験がある男だよ。」
ミヒの脳裏に自分の失態が浮かんだ。
ミニョンに、韓国の川で溺れた経験があると話してしまったのを、決して忘れていなかったのだ。
「そっ、そうなの、、、」
「母さん、本当に知らない?」
「、、、本当に知らないってば。ミニョン、いったいどうしちゃったの?最近あなたってすごく変よ。わたし、疲れたからもう少し寝るわね。」

そういうと、ミヒは視線を合わせないまま、くるりと向こうを向いて、シーツを頭からかぶって寝てしまった。ミニョンは、そんなミヒの狼狽ぶりに、疑念と不信感でいっぱいになりながらも、何も言わずに布団をかけてあげた。たった一人の家族、今まで一人きりで自分を育ててくれた母親は大好きだけれど、どうしても信じられないのだ。湧き上がる疑念の行き場をどうしたら良いのか、途方にくれていた。ミヒもそんなミニョンの気配を背中に感じて、でも本当の事を打ち明けることも出来ずに、ぎゅっと目をつぶるしかなかった。

その頃ユジンは、自室で出勤の支度をしていた。
「チンスク、今日は遅くなりそう?わたし、何か美味しい物を作ろうか?」会社の出勤時間が遅いチンスクが、それには答えずにスエット姿で何が言いたげに立っている。ユジンが何?という顔を向けると、気まずそうに話し始めた。
「チェリンがね、あの人とまた会ってるみたいよ。この前の夜、楽しそうに出かけて行ったから。」
すると、ユジンはなんでもない、というふうに笑顔で言った。
「あの人ってミニョンさんのこと?良かったわね。」
チンスクはほっとした顔になった。
「本当に?良かった。私、ユジンを信じてるからね。」
「大丈夫よ。心配しないで。」
ユジンは張り付いたような笑顔を浮かべて、手早くマフラーを結ぶと、逃げるようにドアを閉めて出て行ってしまった。
ユジンが事務所で仕事をしていると、電話が鳴り響いた。ユジンは電話に出ると、荷物を持って出て行った。その顔には緊張の色が見てとれた。

ユジンはカフェで女性と向かい合わせに座っていた。相手はチェリンだった。チェリンは元気がない様子で、ユジンを見ている。生気が抜けてしまったような気がする。
「チェリン、急にどうしたの?」
「ユジン、私たち友達でしょ?会うのに理由がいる?それに、ウエディングドレスの打ち合わせもしたいし。」
チェリンはユジンを見つめて思った。ユジンは最近何故か雰囲気が違って見える。多分ミニョンと付き合ってから、変わった気がする。大人になってからはサンヒョクの一歩後ろを歩くような、控えめな雰囲気だったのに、少しずつ昔の率直に物を言う、明るい感じが戻ってきたのだ。今もチェリンを真っ直ぐ笑顔で見つめている。

「チェリン、いつも素直じゃなくてもいいけど、たまには正直になってもいいんじゃない?わたしに言いたいことがあるなら言ってよ。今日はわたしにミニョンさんとヨリが戻った報告をしたかったんでしょう?」
しかし、チェリンは今にも泣きそうな顔で話し始めた。
「ううん。その反対よ。わたしの言うコトなんて、何も聞いてくれないの。お願いよ。ユジンからミニョンさんに言ってくれないかしら。わたしね、ユジンとサンヒョクさえ結婚すれば、ミニョンさんはわたしのところに戻ってくるって思ってた。でも、そうじゃなかった。彼はあなたが忘れられないんだって。でも、それでも良いから、わたしは彼のそばにいたいの。苦しんでる彼の力になりたいのに、それさえも許してくれない、、、。ねぇ、お願いよ、ユジン。わたしのためじゃなくて、ミニョンさんのために何とか助けてくれないかな?」

チェリンは涙を流しながら懇願した。ユジンは予想外のチェリンの話に驚いた。どうせいつものように自慢のされるとばかり思いこんでいたから。こんなに悲しそうで、弱々しいチェリンを見るのははじめてだった。いつも自信満々でプライドの高い彼女がここまで困っているのはよほどのことに違いない。ユジンはミニョンを愛する気持ちと、サンヒョクと結婚する予定の自分と、チェリンがミニョンを思う気持ちの狭間で、激しく揺れていた。事務所に戻る道すがら、そして事務所に戻ってからも、ユジンはずっと考え続けた。真っ暗になった事務所で、ポラリスのネックレスを大事そうに触った後、ついに電話を手に取り、連絡をつけたのだった。