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サンヒョクはDJユヨルにカンミヒの演奏会のチケットをねだっていた。ミヒが番組に出演することになったので、事務所から無料チケットをもらったのだ。あと開演まで二時間しかないのに、なんで譲らなくちゃならない?と真っ当なことを言うユヨルから、一緒に行く人がいないでしょう?と失礼な返答をして無理矢理チケットを貰うと、上機嫌で車に乗り込んだ。
サンヒョクはもちろんユジンと演奏会に行きたくて、急いで車を走らせて、ユジンの会社のポラリスの前までやって来た。
すると、ユジンがポラリスから飛び出して、一心不乱に走り出すのが見えた。あんなに真剣な表情で必死になって走るユジンを見るのは、高校生で遅刻ギリギリにバスに乗り込んでくるのを見て以来だった。ユジンは急いでタクシーを捕まえると、タクシーに滑り込んだ。サンヒョクは嫌な予感に駆られて、車で後を追うことにした。
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やがてユジンは、吸い込まれるように、一軒のカフェに入って行った。白い真四角の建物はガラス張りで、店内が良く見える作りになっている。ユジンがゆっくりと歩み寄る視線の先には、静かに微笑むミニョンがいた。二人は向かい合う形で座って、静かに視線を交わしている。それだけ見れば、サンヒョクには充分だった。サンヒョクは静かに車をスタートさせて、その場を去るしかなかった。
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ミニョンはカフェの中で一人、じっとユジンの事を待っていた。ユジンから電話が来たときは、自分でも驚くほどに胸がドキドキと高鳴った。ユジンの会社からほど近いカフェを指定して、急いでシャワーを浴びて、身支度をととのえた後に、カフェへと向かった。ミヒのホテルを後にしてから、丸一日眠り続けていて、寝起きのままだったからだ。
やがて、カフェのドアのベルが🔔揺れて、ユジンがゆっくりと入ってきた。冷たい冬の風と一緒に、ふんわりとユジンの香りが漂ってきた。
ユジンはそっと席に着くと、節目がちのまま、静かに座っている。ミニョンはそんなユジンが眩しくて、笑みを浮かべたまま、じっとみつめていた。愛しさがどんどん込み上げてきてしまう。
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一方で、ユジンはおずおずと目を上げてミニョンを見つめた。久しぶりに見るミニョンは、相変わらず優しくて温かな眼差しで、ユジンを見つめている。あまりに久しぶりで少し気恥ずかしくて、でも目を逸らすことも出来ずに、ユジンは少しはにかんだ。あまり長い間見つめていると、ミニョンの目の中に吸い込まれそうになる。心まで持っていかれそうで、気持ちを振り切るように、口を開こうとした。
「お久しぶり」
すると、ミニョンが先に口を開いた。
「、、、ええ。今日お電話したのは、、、」
ユジンが話をしかけた時、ミニョンがそれを遮った。
「ちょっと待って。用件を聞く前に、もう少しこのままでいてもいいですか。ユジンさんを見ていたいんです。ほんの少しの間でいいから、ユジンさんが何の用事もなくて、ただ僕に会いに来たんだと考えてもいいですか。」
そう言ってミニョンはじっと見つめて微笑んだ。まるでこの瞬間瞬間を目に焼き付けておきたいというように。
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ユジンは戸惑った。ストレートに気持ちを表現されてしまい、自分の気持ちも口から溢れてしまいそうだったのだ。どうしようもないほど、心が揺らいでしまう。しかし、気持ちを奮い立たせて言葉を続けた。
「今日来た理由はこれを返すためです。」
そして、静かにテーブルにポラリスのネックレスを置いた。その左手の薬指に、キラリと婚約指輪が光っているのを見て、ミニョンの顔はい一気に曇った。はっきりと現実に引き戻されるのを感じたのだ。
「やっぱりお返しすべきかと思ったんです。これはもう私のものではないかと、、、本当にごめんなさい」
すると、呆然とユジンを見つめていたミニョンが柔らかく微笑んだ。
「いいえ、僕の方こそすみません。ユジンさんから電話をいただいたとき、きっとネックレスのことだとは思ってました。それでもどこかで期待していたんです。バカですよね、僕って。でも、どんな理由でもユジンさんに会えて嬉しかったです。」
そう言ってネックレスに触れようとして思い直して話を続けた。
「ずっとスキー場で過ごしていたから、ソウルに帰ったら不思議な気分なんです。まるで別世界にいるようで。ユジンさんは?」
ユジンもミニョンを見ているのか、遠い思い出に浸っているのか分からない目でつぶやいた。
「ここは冬が去ってしまったみたい。雪も降っていないし、歩いている人たちも変わってしまったみたい、、、。馴染めないですね。」
「僕もです、、、。」
二人は窓の外をじっと見つめた。変わったのは二人の気持ちではなく周りの状況で、二人の気持ちはドラゴンバレーに置いてきてしまったようだった。
「僕は冬の中に取り残されたみたいです。ここではいろんなものが鮮明に見えすぎるんです。だから、僕がすべき事、してはならないことがあらわになる、、、。あの頃に戻りたい。」
そう言ってユジンをじっと見つめた。ユジンはそんなミニョンを眩しそうに見つめていたが、振り切るように、また口を開いた。
「チェリンに、、、チェリンに会ったんです。彼女がミニョンさんのことをまだ大好きで、辛そうで、痛々しかったです。わたしさえいなければ、あなたとまだ付き合っていたのに、、、」
するとミニョンは真顔になって言った。
「僕とチェリンにやり直せなんて言わないでください。お願いです。」
ユジンはそんなミニョンに困ったような顔を向けた。ミニョンは静かに目を閉じて続けた。
「あなたの望みなら何でも叶えたいけれど、それだけは無理です。」
「出すぎたことを言ってごめんなさい。」
ミニョンとユジンの間に気まずい沈黙が訪れた。二人はしばらく俯いていたが、またミニョンが口を開いた。
「ユジンさん、最近どうですか?」
「ええ、まぁ。ミニョンさんは?」
「、、、はい、元気です、、、」
二人とも心にもない事を言い合うと、もはやこれ以上話すことはなかった。目を合わせることもなく、明るく光街並みをしばらく眺めていた。そして言いたい事を心に仕舞い込んだまま、二人はカフェを後にした。
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沈黙のまま歩いていると、ひとつの信号の前まできた。信号は故障していて、いつまでたっても赤のままだ。ミニョンは突然話し始めた。
「ユジンさん、僕がカンジュンサンとそっくりでなければ、好きにならなかった?はじめはカンジュンサンだと思ったんでしょう?」
「思いました。後で勘違いだと分かりましたが、、、」
「ですよね。僕がカンジュンサンのはずはないんだけど。近頃は変わらない信号を待ってる気分です。今みたいに。」
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「ミニョンさん、そんなふうに考えないで。」
「バカみたいですよね。遠回りして渡りましょうか。」
すると、ユジンは意を決して話し始めた。
「小さい頃におんなじ事があったんです。子供だったから壊れた信号をさけて、遠回りして帰りました。でも、道のりが遠すぎて、かえって迷ってしまって辛かったです。私の行く道は決まってるんです。だから遠回りしてもしょうがない。また辛い思いをするだけなんです。わたしは故障していても、この道を行きますね。」
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そう言ってミニョンを見つめると赤信号を渡りはじめた、振り返りもせずに。ミニョンは追いかけることはせずに、ポケットから取り出したネックレスを見つめていた。これでユジンと会うのは最後なのだ、と寂しく思いながら。一方ユジンもバスの席で揺られながら、寂しさと悲しみに暮れていた。久しぶりの再会は悲しみの中で終わったのだった。