都内で開かれた飲み会に、先日、出席した。集まったのは約20人。ほとんどが、なつかしい顔ぶれだが、初対面の男性たちの姿も。今回は女性の参加者は数人で、男性が多いのでワクワクした。大勢で飲む時は、周囲に男性がたくさんいるほうが楽しい。
会が始まって最初のうちは、隣に座った人とお喋りすることになる。その日、隣り合わせになったのは、医療関係勤務の中年男性。と言っても、医療に直接、携わる仕事ではない。医療関係の仕事の話から、健康診断の話題になった。飲み会に来る前、私は近所の行きつけクリニックで前月受けた特定健診の結果を聞いて来たところだったので、そう話した。
「結果は? 何か引っかかった?」
「何もなかったわ。薬を飲むとか、注意されるとかもなし」
「健康なんですね」
そのやり取りを聞いていた向かい側や隣席側の男性たちが、
「ぼくはコレステロールが高くて」
「ぼくは血圧が高い」
「肝臓の数値が高いんだ」
と、まるで数値の高さが自慢みたいな口調で、口々に言う。
「でも、検査したのは全項目ってわけじゃないわ。ガン検診も精密検査もしてないし」
私は医療関係勤務の男性に、健康診断は勤務先でするのでしょうと質問したら、彼は首を横に振って、
「しない」
と、答える。
「あら、どうして。検査は意味ないから?」
「献血で血液検査してるから」
「ええっ、献血で検査してくれるの?」
私は驚いた。確かに献血の血液を使用するのは健康な血液でなくてはならないから、病気がないか検査するというのは聞いたことがある。
「ひと通りの検査項目、全部出るから。毎年、そうしてる」
「でも、血液検査って、絶対的とは言えないでしょう? 検査の結果がすべて正常値で、どこも悪くないのに突然死したとか、聞いたことあるわ」
「それはそうだけど。数値は目安になるし。だから毎年行くんでしょう?」
「毎年というほどは……去年と今年、続けて受けたの初めて。それまで、あまり受けてなかったの」
あまりどころか、それまでは健康診断が1度、人間ドックが1度である。
「毎年、受けたほうがいいですよ」
「そうね、でも私、検査より、そのクリニックの主治医先生と雑談するのが好きなの」
「へえ、変わってますね。雑談て、どんな」
「それは秘密」
うふふと私は笑った。秘密にするほどのことでもないけれど。年々歳々、秘密にすることが減ってきた。
「でもね、今日、出がけに、玄関に降りたら電話がかかってきて、話し終わって急いでクリニックへ行ったら診療時間を5分か10分過ぎちゃったの。待合室にいたのはベテラン看護師さん3人とベテラン受付係。その4人に、とっても嫌な顔されたわ。もう診療時間過ぎてますとか、ずっと前に検診受けたんでしょうとか、とっても冷ややかに言われて。でも、私、自宅からずっと走って行って、汗かいて、ハンカチで拭きながら、すみません、少し時間過ぎちゃって、ごめんなさいって何度も謝ったの。それで、しぶしぶという感じで、受け付けてもらえて、診察室へ行って、主治医先生から検診結果を聞いて、少し雑談して、診察室を出たら、私の後にもう一人来て、ベテラン看護師さんが主治医先生に『シンカンです』って言ったの。新患ていうことだと思ったわ。私の後から来たその新患の熟年女性は、看護師さんたちから歓迎されて、とってもやさしくされて診察室へ通されたの」
「ハハハ、それは差別ですね」
「そうよ、差別よ。その時、私、思ったの。私は、<招かれざる客>じゃないけど<歓迎されざる患者>なんだって。クリニックの収入に関係あるからかどうかわからないけど、つまり検診に来るだけの患者は素っ気なくされて診療時間を少し過ぎたら嫌な顔をされ冷たくされて、私の後から初診で来た患者は診療時間がもっと過ぎても歓迎されて、やさしくされたのよ。私、そのクリニックの主治医先生は好きなのだけど、スタッフはみんな嫌い。慇懃無礼、という言葉を思い浮かべるわ。言葉づかいだけはていねいで、実際はとっても無礼だし、失礼だし、冷ややかで、意地悪で、不愉快にさせられるんですもの」
そう話したら、彼はアハハと笑って、同情してくれたりアドバイスしてくれたり。
それから話題は変わって、次第にアルコールの酔いが回り、皆で席を移動しては笑いとお喋りが弾んで、楽しい飲み会の夜のひとときを過ごした。
会が始まって最初のうちは、隣に座った人とお喋りすることになる。その日、隣り合わせになったのは、医療関係勤務の中年男性。と言っても、医療に直接、携わる仕事ではない。医療関係の仕事の話から、健康診断の話題になった。飲み会に来る前、私は近所の行きつけクリニックで前月受けた特定健診の結果を聞いて来たところだったので、そう話した。
「結果は? 何か引っかかった?」
「何もなかったわ。薬を飲むとか、注意されるとかもなし」
「健康なんですね」
そのやり取りを聞いていた向かい側や隣席側の男性たちが、
「ぼくはコレステロールが高くて」
「ぼくは血圧が高い」
「肝臓の数値が高いんだ」
と、まるで数値の高さが自慢みたいな口調で、口々に言う。
「でも、検査したのは全項目ってわけじゃないわ。ガン検診も精密検査もしてないし」
私は医療関係勤務の男性に、健康診断は勤務先でするのでしょうと質問したら、彼は首を横に振って、
「しない」
と、答える。
「あら、どうして。検査は意味ないから?」
「献血で血液検査してるから」
「ええっ、献血で検査してくれるの?」
私は驚いた。確かに献血の血液を使用するのは健康な血液でなくてはならないから、病気がないか検査するというのは聞いたことがある。
「ひと通りの検査項目、全部出るから。毎年、そうしてる」
「でも、血液検査って、絶対的とは言えないでしょう? 検査の結果がすべて正常値で、どこも悪くないのに突然死したとか、聞いたことあるわ」
「それはそうだけど。数値は目安になるし。だから毎年行くんでしょう?」
「毎年というほどは……去年と今年、続けて受けたの初めて。それまで、あまり受けてなかったの」
あまりどころか、それまでは健康診断が1度、人間ドックが1度である。
「毎年、受けたほうがいいですよ」
「そうね、でも私、検査より、そのクリニックの主治医先生と雑談するのが好きなの」
「へえ、変わってますね。雑談て、どんな」
「それは秘密」
うふふと私は笑った。秘密にするほどのことでもないけれど。年々歳々、秘密にすることが減ってきた。
「でもね、今日、出がけに、玄関に降りたら電話がかかってきて、話し終わって急いでクリニックへ行ったら診療時間を5分か10分過ぎちゃったの。待合室にいたのはベテラン看護師さん3人とベテラン受付係。その4人に、とっても嫌な顔されたわ。もう診療時間過ぎてますとか、ずっと前に検診受けたんでしょうとか、とっても冷ややかに言われて。でも、私、自宅からずっと走って行って、汗かいて、ハンカチで拭きながら、すみません、少し時間過ぎちゃって、ごめんなさいって何度も謝ったの。それで、しぶしぶという感じで、受け付けてもらえて、診察室へ行って、主治医先生から検診結果を聞いて、少し雑談して、診察室を出たら、私の後にもう一人来て、ベテラン看護師さんが主治医先生に『シンカンです』って言ったの。新患ていうことだと思ったわ。私の後から来たその新患の熟年女性は、看護師さんたちから歓迎されて、とってもやさしくされて診察室へ通されたの」
「ハハハ、それは差別ですね」
「そうよ、差別よ。その時、私、思ったの。私は、<招かれざる客>じゃないけど<歓迎されざる患者>なんだって。クリニックの収入に関係あるからかどうかわからないけど、つまり検診に来るだけの患者は素っ気なくされて診療時間を少し過ぎたら嫌な顔をされ冷たくされて、私の後から初診で来た患者は診療時間がもっと過ぎても歓迎されて、やさしくされたのよ。私、そのクリニックの主治医先生は好きなのだけど、スタッフはみんな嫌い。慇懃無礼、という言葉を思い浮かべるわ。言葉づかいだけはていねいで、実際はとっても無礼だし、失礼だし、冷ややかで、意地悪で、不愉快にさせられるんですもの」
そう話したら、彼はアハハと笑って、同情してくれたりアドバイスしてくれたり。
それから話題は変わって、次第にアルコールの酔いが回り、皆で席を移動しては笑いとお喋りが弾んで、楽しい飲み会の夜のひとときを過ごした。