一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

書評&感想

2022年05月31日 | 過去のエッセイ
『いのちの悶え』 富島健夫 著 (扶桑社・九八〇円)

 男の女の愛と性をテーマに人間の心理の微妙な揺れをみごとに描き出しているのが富島文学の特徴だと思う。
 性を決して興味本位に扱っていない。美しいエロティシズムと、叙情性と、文学性が感じられる。主人公が女である作品を読むと、男性である作者が、何故こんなにも女の心理の襞に分け入り、抉り出せるのかと驚いてしまう。会ってみたくなるほど人間性が魅力的な男が登場し、純情な女、可愛い女、エゴイスティックな女が男と関わってドラマを演じる。男も女も本質的には愛を求めるドラマであり、性は美しく描き出され、ヴィヴィッドな会話や、男性的で文学的な文章に、私はいつも陶酔し、一気に読んでしまう。
 本書の主人公は、結婚して一年の若妻。良子は夫とのセックスに真の歓びを得られない。いつも演技をしてしまうのだ。エクスタシーを味わうことができないのは、夫のせいかそれとも自分の肉体に異常があるのかと、焦りを覚える。そんな時、高校時代のクラスメートの安達に誘惑される。夫を愛している良子は、不倫する勇気がない。そのくせ肉体は、夫以外の男に対する好奇心に熱くなる。ついに安達に肌を許してしまう。本物の歓びを、良子は初めて体験する。
 人妻が初めて不倫した時の、心と肉体の動揺が鮮やかに描き出されている。主人公は決して、夫に不満があって不倫に走ったのではない。一年たっても性の最高の歓喜を味わえない悩みは、夫をより深く愛したいためのもどかしさだったのである。安達に求められ、彼の愛撫で身体を熱くしながらも頑なに拒んだ時、未知の感覚を知ってしまう不安と、夫との性生活が変わる予感に心が揺れる。不倫しても、夫を愛している良子は、安達と別れる。安達に愛を感じ始めながらである。
 人妻が夫以外の男に惹かれる危うさ、そして夫をより深く愛したいために性を渇望する心理が、とても興味深く読める作品である。

――産経新聞 1988年7月4日――

※後日メモ
 富島健夫先生と親しくしていた時期の掲載。パーティーの後など大勢で一緒に飲んだことが何度かある知人の産経新聞編集者から原稿依頼された時、書評なんて書けるかしらと自信がなかった。新刊の著書が郵送されて来て、最初は2度読むつもりだったが時間がなくなってしまい、1度読んで、すぐ書いた。後日、富島先生とその話をした時、「あれでいい」の一言で、褒めてくれなかったことが不満だった。けれど、何事にも誰に対しても批判や叱咤の多い富島先生のことだから、駄目と言われるよりマシかもと思った。長年経って読み返してみたら、生意気で稚拙な文章で気恥ずかしいというより、もっと宣伝するような書き方をすれば良かったと小さく後悔した。

                  ✩

『赤い闇』 川田弥一郎 著 (祥伝社・一六〇〇円)

 本書は、時代医学ミステリーである。時代小説プラス医学ミステリーというのは新鮮だ。主人公の「おげん」は、闇の産科医。江戸の町娘や女中に堕胎術を施す。腕ききの女医である。
 殺人事件の謎を「おげん」が解いてゆくのだが、現代にも通じるような男女のドラマが展開され、そのストーリーの面白さにぐいぐい引き込まれる。時代小説を読み慣れない私でも、実に読みやすかったし、その時代の風俗や犯罪にも触れ、興味をそそられた。
 堕胎術、梅毒治療、助産のシーンも出てくる。女体への施術や治療の様子がとてもなまなましく描かれている。麻酔もなかった時代の、女の悲鳴が聞こえてきそうな気がした。読み進めながら、私は怖くなり、けれど“怖い物見たさ”の好奇心を満たされたといっていい。
 殺人、強姦、自殺、浮気のほかに男性機能回復の話まで出てくる。「おげん」の活躍ぶりや謎解きに、わくわくさせられる。
 主人公や登場人物たちの、それぞれのキャラクターが個性的で面白い。
 また、男と女の性の問題や当時の医療事情も、とても興味深く読んだ。
 ハラハラドキドキするような、サスペンスフルなムードも堪能できて、いつの時代も変わらない男女のドラマに感動した。一気に読んでしまうのが惜しいほど、夢中でその世界に浸ることができた。

――日刊現代 1994年12月12日号――

※後日メモ
 さまざまな店へよく飲みに連れて行かれた日刊現代の知人の編集者から、最近読んだ新刊本を取り上げて欲しいと依頼されて、本棚から選んだ本。
 川田弥一郎さんは、パーティーで編集者から紹介されて初めて会い、いろいろなお喋りをして以降、新刊本が出版されるたび贈呈して下さったが、その中の1冊である。読んだばかりだったから、すぐ書けた。
 読み返してみると、多少は宣伝になっているような文章に感じられた。宣伝が目的の原稿依頼ではなかったけれど。
 地方に住んでいる川田弥一郎さんとは手紙のやり取りをしていたが、この感想文に喜んでくれたようなことが書いてあったと記憶している。

                 ✩

(最近、夥しい紙類の断捨離をしていて、掲載文その他の紙を捨てる前に、保存しておきたい内容の紙だけスキャナーでパソコンに取り込んだりスマホ撮影したりしては、パソコンにデータ保存している。書評や感想文は記憶違いでなければ、この2本だけ。私にとっては古い拙(つたな)い文章でも、貴重極まりないと言いたい感じである。




この記事についてブログを書く
« ヨーグルト | トップ | 紙類とデータの断捨離 »

過去のエッセイ」カテゴリの最新記事