「めいにちと かけいずにおもう わがいのち」
父と小樽の伯父の間に「(仮)伯父」になるはずだった男の子がいたのか。たった7か月で命を落としてたなんて…。
9月22日は母の命日。もう13年経った。早いなぁ。
春と秋の彼岸には必ず、おはぎを作っていた母。アズキズキな私も一緒に作るのを手伝っていた。
手をヤケドしそうになりながら、寿司桶2つ分ぐらい、大量に作って。作りたてを一緒に食べて。美味しかったなぁ。
家族5人で食べるから、大量に作ってもすぐなくなったよなぁ。結婚後もしばらくは、おはぎ作りを継続してたけど。
前みたいにもち米3合分とか作ったら、食べきれずに傷ませちゃうので。最近は作らずに買って済ませるようになった。
本来は秋分の日に食べる物なのに。母が旅立ってからは命日に、母を思いながら食べるおはぎ。
手作りじゃなくてゴメンね、お母さん。そして子供の頃からずっと「神様」と崇めていた父方のおじいちゃん。
祖父は私の守護神に違いない、と勝手に決めて生きてきたおかげで、大震災に3度も見舞われながらも無事に過ごせている。
大きなケガも病気もせず、悪い人間が寄り付く事もなく、毎日を平穏に過ごせているのはきっと「守護神」祖父のおかげ。
そういえば先日、父から家系図の画像を送ってもらった。
ご先祖様の駅(藤山駅)がある留萌本線が廃止になっちゃうよ〜、という話を亭主ドノとしていた時。
「(私の旧姓が)藤山って苗字じゃないのになんでご先祖様なん?」と聞かれて、うむむむ…と返答に悩んでしまい。
藤山翁と私の血のつながりを教えてくれ〜、と父に泣きついたら(笑)、家系図を送ってくれた。
結論。藤山翁の娘さん=祖父の母。つまり私の曾祖母。なので、藤山翁は私の高祖父である。
ま、女系って事になるので、ガッツリの「ひいひいじいさま」ではないかもだけど。血はつながってるのだ。
そんな事を確認しながら、初めて見る父方の家系図。
父と小樽の伯父の間に「(仮)伯父」になるはずだった男の子がいたのか。たった7か月で命を落としてたなんて…。
他にも早逝した人たちが多くて。なんで?って父に聞いたら、結核かなと。祖父も結核で30代で亡くなったそうだし。
父も幼少期の結核で「学校を1年ダブってたんだよ〜」と笑いながらよく言ってたな。
でもアメリカから良い薬が入ったおかげで死なずに済んだんだよ〜(笑)と。父が生きてくれたから今の私がいるのね。
「結核」って聞くと、ゴールデンカムイの影響でつい、家族みんなを失った杉元の事を思ってしまうのよ。
父が結核に負けないで生きてくれてよかった。母と出会ってくれてよかった。今も元気でいてくれてよかった。
家系図と祖父の写真と母の写真を見ながら、脈々とつながる自分の命にありがたみを感じた、母の命日でした。