
バスがホテルの地下駐車場にぐるっと回って行った。止まると船のグループたちかゾロゾロと一緒に出て行く。裕子と聡美はよくバスの前の方の席に座っていたが一人っきりの裕子はバスから離れなければいけないのになかなか出ていけないでグズグズしていた。バスの通路を通っていった女性の一人が裕子を振り向いた。
「あら 裕子さん? よね」
「えぇ」
裕子は心の中でしまったと思っていた。自分の名前を知っている人の名前がわからない。どうしよう?
「一緒の方は裕子さんのお嫁さんと同じ名前で嫁はイマイチだけどあの方はとてもいい方って」
「私そんなこと前に言ってました?」
かなり自分が恥ずかしくなる。
「後ろの方たちも待っているから急ぎましょ。裕子さんも私たちと一緒にホテルでお買い物しません?」
裕子のお尻がぐぐっと軽くなった。彼女ともう一人の彼女に付いてやっとバスを降りた。だが3人で歩いているとやはり二人連れにはみ出した人が一人。そんな感じ。そして二人で歩いているとたいていおしゃべりとそうでもない人。漫才のツッコミとボケみたい。駐車場のガラスの向こうがホテルの地下2階。向こうにある大きな花瓶にあふれるほどの真っ赤なバラが挿してあるのが見えた。ガラスのドアが開いた途端ツッコミが振り向いて言った。
「彼女の噂話知ってる?」
裕子はよく話を聞かず彼女の向こうのバラに見惚れていた。
「キレイ!! 印度でもやっぱりバラですね」
「悪いわね 私はキレイじゃなくて」
「えっ そんなこと」
「裕子さんと仲いい方」
「聡美さんのこと? ご主人は貿易会社の社長さんで時々港で会うそうですよ。ポンペイでデート。いいわね 夢みたい」
「夢じゃなくて嘘でしょう?」
ボケが横でクスクス笑った。ボケはあくまで無口だ。
「聡美さんが嘘つきなんて」
「信じていらっしゃるならそれでよろしいですけど」
ツッコミはそう言ってボケとスタスタと歩いて行った。こんな人たちと一緒にいたくないと裕子は思った。二人の後ろ姿に
「ごめんなさい バスに忘れ物しちゃいました 後で行きますから」
と走り出した。
戻っていく裕子に
「ここで待ってますよ」
ボケはやさしいがうっとうしい生き物だ。
裕子はバスに戻ろうとしたけど見つからない。忘れ物なんてないけどどうしよう!? 聡美の悪口をいうあの二人とじゃ嫌だけど一人では何も出来ない裕子だった。さてどうすることやら
