大きなバスから男性が降りてきたらドアが閉まって走り出した。もしかしたらあのバス!? と思って裕子はバスを追い掛け始めた。
「片山さん どうしましたか?」
とバスから降りた男性が言った。はたと立ち止まった裕子。
「あっ先生!!」
21 浅野内匠頭 に登場した医師だった。 「片山さん バスに忘れ物でも?」
「あぁ そうじゃないんです でも私の名前をおぼえていてくれるなんて」
「カルテに名前のある方のことは毎日考えますよ 今日もお健やかかと それが医師の務めです」
ガタガタと裕子の身体が崩れ落ちて座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「先生 見て下さい ホテルの入口に二人の女性がこちらを見ているでしょう?」
「えぇ」
「私 あの二人と一緒にいるのが嫌になってしまって」
「それはよくあることです」
「えっ」
「私がお断りしてきますよ」
「先生にそんなことさせるなんて」とってと
「私も船のスタッフの一人ですから 私のあとをゆっくり歩いて来て下さい」
とさっさと歩いて行く医師。裕子は立ち上がりホテルの入口を振り向くと医師の背中が見えた。この先生こんなに背が高かったかな? 何だかとっても魅力的に見えて来た。
ホテルの入口に戻ったらもうツッコミとボケはいなかった。
「片山さんはお疲れなので少し休ませますと言っておきました」
「ありがとうございます わたくしも助かりました」
「ホテルのお買い物に行かないようでしたら お付き合いいただけませんか?」
「えっ」
「他のスタッフに連絡しておきますから ホテルのタクシーなら安心です」
「どこに行くんですか?」
医師は何も言わない。裕子は心の中でわたくしをデートに誘うおつもり? と聞いた途端医師が言った。
「まるでデートですね 片山裕子さん よろしいですか」