京都の闇に魅せられて(新館)

京都妖怪探訪(117):雨の東寺(その2)・八島社~善女竜王石碑~夜叉神堂





 今回も前回と同じく、世界遺産にも登録された京都市内の霊的スポットのひとつ、東寺をとりあげます。
 今回は境内にある「大元帥明王堂」「善女竜王」「夜叉神堂」などをとりあげます。
 仏教、特に密教系の寺院には、他宗教や民間信仰の神々、鬼神や竜王なども祀っているところも多いようです。
 今回は東寺境内の建物のうち、そんな異形の神仏を祀った場所を中心に紹介していきたいと思います。


 前回の続き、東寺の南大門から。






 南大門から入ってすぐの場所に立つ「修行大師」像。






 同じく南大門のすぐ近くに立つ「八島社」。





 この社なんと、東寺建立以前からこの場所に立っているそうです。
 弘法大師・空海はこの神様に、方位安全、寺門建立の成功、法道の繁栄などを祈ったと言われています。
 日本の仏教寺院には、このような「異教の神」が鎮守・地主神として同じ境内に祀られているケースが数多くあります。
 こうした「異教の神」とも共存をしている日本人のあり方は、私は非常に面白く、興味深いと思うのです。


 雨の境内をさらに奥(北方向)へ。






 国宝・大師堂の門前付近。






 さらに北側の一角に、弁財天堂。





 七福神のうちの一人で、美と智恵(学問)と音楽、そして富と財の神様として有名ですが、元はサラスヴァティという豊穣をもたらす河の女神だったそうです。


 弁財天北の端を渡った場所にある「開運大元帥明王堂」。





 「大元帥」と言えば、随分とご大層な名前だと思いましたが。
 昔の陸軍・海軍では、特に優れた大将は「元帥」と呼ばれました。また、旧憲法では最高権力者とされている天皇は「大元帥」とも呼ばれていました。
 後で知ったのですがこの「元帥」という称号は、ここに祀られている大元帥明王の名前に由来するのです。
 この大元帥明王は、元はアタバクというインドの鬼神であり、全ての明王の総帥となる明王とされています。
 そんな強力な仏様だけあって、国家の守護や、国家の敵を倒すための修法では本尊として祀られます。
 元寇の時や、あの平将門が反乱を起こした時など、国家に対する反乱や、外敵の脅威が現れた時などに、この大元帥明王の修法が使われてきたことは有名です。
 権力者ではない一般人のレベルでも、悪鬼・悪霊などの諸悪から守ってくれる仏様として信仰されているそうです。

(ここで、ちょっとゲームマニアな話を。神々と悪魔、人類の戦いを描いたアトラス社の人気RPG『真・女神転生』シリーズの第2作においては、この大元帥明王アタバクは、唯一神ヤハウェに敵対する混沌の陣営に属し、なんと魔界の大魔王ルシファーの手先として、薬師如来から借りた十二神将を率いて、主人公たちの前に敵として立ちはだかります。最後は十二神将と共に主人公たちに倒され、「ルシファー様ばんざい」という言葉を遺して果てますが。
 今から思えば、ゲームとはいえこんな凄い仏様や薬師如来配下の十二神将を、そのような描き方をして大丈夫だったのだろうか、という気がしないでもないです……)


 大元帥堂の前に祀られていた不動明王。





 特に怨敵調伏、勝負必勝、立身出世、商売繁盛など、諸願成就の仏様として有名です。
 この不動明王も、元はインドのシヴァ神だったと言われています。


 ちょっと道を戻って、弁財天堂の裏手に行きます。
 そこには、善女竜王の名を刻まれた石碑が建っています。
 わざわざ鳥居と祭壇まで設けられています。





 これだけの小さなものに過ぎませんが、ここで祀られている「善女竜王」には空海にまつわる不思議な伝説が遺されています。
 それは以下のような話です。

 天長元(824)年、旱魃が起こり、朝廷は祈祷の力に優れた二人の高僧、東寺の空海と、西寺の守敏に祈雨の祈祷を行うよう命じました。つまり、両者の「雨請い術くらべ勝負」となったわけです。
 そして勝負の時を迎えましたが、空海が祈祷しても雨が降りません。
 不審に思った空海が、法力を使って原因を調べてみると、ライバル守敏の仕業だということがわかりました。
 空海の祈祷が始まる前に守敏は、法力でて世界のほぼ全ての竜王を閉じ込めてしまうことによって、空海が祈祷をしても雨が降らないように仕掛けておいたのです(当時、雨は水神である竜が降らせるものと考えられていました)。
 しかし、天竺(インド)に居た善女竜王にだけは守敏の法力が及んでいませんでした。
 そこで空海は、善女竜王を召還して雨を降らせることに成功しました。
 こうして勝負は空海が勝ち、栄誉が与えられました。
 
 この伝説によって、善女竜王が当時の境内に祀られているのです。
 なお、この勝負に負けてから守敏の西寺の方は衰退し、現在では東寺だけが残っていると伝えられています。


 弁財天堂の場所から南へ。
 境内のほぼ中央にある 「食堂(じきどう)」という建物。
そのすぐ南のそばにある「夜叉神堂」。





 「夜叉」という名前にもあるように、ここに祀られているのは鬼神です。
 しかも面白いことに、「雌夜叉神」と「雄夜叉神」という夫婦(カップル?)で祀られている鬼神です。
 現在ではご覧のとおり、ふたつに並んだ神堂に一体ずつ別々に祀られています。
 雌雄ペアで祀られていることから、縁結びや性愛などのご利益があるとも考えられていたそうです。
 この夜叉神ペアは、元々は東寺の大門(南大門か?)を守っていたのですが、無礼な通行人などに罰を与えるので、大門より奥の中門に移動させられたという伝説が残っています。
 現在は東寺境内に中門は存在していませんが、夜叉神を祀った神堂だけはこうして残されています。
 
 となると、いつもしょうもない妄想などを抱えている私のような者には、夜叉神による罰が下されてもおかしくないかもしれませんが……。
 幸いなことに、現在では夜叉神ご夫妻はおとなしくされているようで、私のような者でもこうして無事いられました(笑)。



 今回は密教に取り入れられ、東寺境内でも祀られている異形の神々をいくつか紹介しました。
 第113回の「陀枳尼尊天堂」にも見られたように、日本仏教の寺院では、他宗教の神々や鬼神、魔神、竜神なども守護神として取り込まれていたりして、非常に面白く興味深いことだと思います。


 それでは今回はここまで。
 シリーズ次回でも東寺の話をしますが、妖怪や異能者などの話とはちょっとばかり離れて、東寺の象徴でもある五重塔や、雨上がりの美しい庭園風景などをとりあげていきたいと思います。


 
 
*東寺(教王護国寺)への周辺地図及びアクセスはこちらをご覧ください。


*東寺(教王護国寺)のホームページはこちら




*京都妖怪探訪まとめページ
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コメント一覧

小路
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 いつもコメントありがとうございます。
 密教の高僧に限らず、歴史・伝説上の有名人が使っていたものを目にする機会は、私にも何度もありました。
 「これが本人に使っていたものか」と感慨にふけることはありますが、頭がふわ~っとなることはないですねえ。
 わ~い、お茶さんには何かを感じる特殊な感覚みたいなものがあるのかもしれません。
 私の場合は、幸か不幸か、そうした霊感とか特別な感覚というのはあまりないようです。
 もっとも、あまり霊感等がなかったからこそ、今まで多くの霊的スポットをめぐることが出来、このようなシリーズを続けられたのかもしれませんが(笑)。

 もっとも、特殊な感覚には恵まれなかった私ですが……。
 ごくたまに、「?」と思うような写真や、不思議な人たちに出会ったりすることがあります。
 そうした話も、いずれいたしましょうか……。
わ~い、お茶
こんばんは、そういえば密教で思い出したのですが、高僧が使用していたものには本人の
記憶等が宿り、修行が進んだり、祈祷の際効験が有るそうですが、私は歴史上の物、例えば本人が所持していた刀剣や書簡、茶器等を
みると「これが本人が持っていた物か、本人は確かにこの世に生きていたんだ。」そう思うと時々頭がふわ~っとなる事があります。
私だけでしょうか?小路さんはどうですか。
わ~い、お茶
こんにちは、訂正があります。四日市の寺院の行者の方の名前ですが「和田洗心」と書きましたが正しくは「仙心」の間違いです。失礼しました。
小路@管理人
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>わ~い、お茶さん

 いつもコメントありがとうございます。
 大元帥明王について、かなり詳しくご存知のようですね。
 もしかして、あなたもかなりのマニア(注:誉め言葉)ですか?(笑)

 秋篠寺について少し調べましたが、奈良市の郊外ですか。
 私の居るところからは、わりと近くですね。
 また、奈良まで出かけた時には訪れたいと思います。
 ただ……。
 大元帥明王は秘仏とされているそうで、年1回・6月6日にしか公開されていないのが、私にはちょっと難点ですねえ……。
 今の仕事では、なかなか思うようには休みを取れませんので、その日に都合良く休みがゲットできるかどうか……。
 
 どこかで、大元帥明王の姿を見た記憶がありますが、確かに凄い姿でしたね。
 また機会があれば、(仏像でも仏画でも)生でその姿を見たいものだと思います。
わ~い、お茶
こんばんは。大元帥明王といえば常暁が中国へ渡り伝法の際、僧が居並ぶ前で剃刀で自らの手の甲を剥ぎその皮に明王像を描き丁寧に
なめされた後金銅塔に収められた、と言う話があります。日本では確か秋篠寺に祀られて
いるそうです。あの寺院には伎芸天も祀られているそうです。常暁が帰国後秋篠寺の井戸を見た際明王の姿が映り余りの恐ろしい姿に
失神したと伝えられています。現在は行われていませんが、その明王が映った井戸は修法の際閼伽水を汲む井戸となっています。閼伽水と言うのは修法の時本尊にお供えする水の
事です。確か四日市の八王子にこの大元帥明王を御祀りしている寺院があります。他には
和田洗心と言う行者の方が病気平癒の為に修法されていると聞きました。明王の誓願は敵国、逆賊、怨敵の降伏や天変地異や妖魔やそれらによる災厄の一掃等が請願になっています。なんでも「アシヤアシヤ・・・」から始まる真言を唱えると一切の災難から逃れ、護られるといいますが余りにも長い為に市販の
本では紹介されていない所が多いそうです。
もともとは全ての仏菩薩の合体した明王だそうです。18面36臀の姿の掛け軸が日本に
伝わっています。
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