京都の闇に魅せられて(新館)

京都妖怪探訪(33):五条河原と安倍晴明蘇生伝説




 前回記事でも紹介しました松原橋。
 京の都と洛外と、この世とあの世の境目とも考えられたこともある、かつての五条橋です。

 この松原橋(旧・五条橋)周辺の河原にも、その長い歴史的経緯から、いくつもの伝承があるようです。
 そのひとつ。
 かの偉大な陰陽師・安倍晴明が、宿敵で最大のライバルである芦屋道満と妻の裏切りによって命を奪われるも、師匠の術によって蘇生したという伝説が、この辺りに遺されています。

 今回はその伝説を、現在の鴨川・松原橋周辺の河原で撮影した写真と共に紹介していきたいと思います。





 以下の話は、仮名草紙『安倍晴明物語』に記されたものを、簡単に省略したのもです。

 幼い頃より優れた知性をあらわし、竜宮城で竜王と乙姫から「人の未来を占う」「鳥獣の言葉を解する」などの異能を授かり、さらに家に伝わっていた吉備真備(きびのまきび。奈良時代の遣唐使で優れた賢者、政治家としても知られる人物)の書物を学んで、偉大な陰陽師としての能力を得た安倍晴明。
 その力により、時の天皇の病の原因を占って平癒させます。
 それを契機として昇殿を許され、以後は陰陽師としての能力を発揮して、順調に出世を続け、地位と名声をも得ます。





 道満法師(芦屋道満)という人が居ました。
 優れた能力を持つ法師でしたが、仏法のことは知らずに非行乱行の限りを尽くしている人物でした。
 その道満は、安倍晴明の名声を聞いて、都へ上がり、晴明に術比べを挑みます。
 晴明の方も、道満の挑戦を受けて立つことにしました。
 宮中にて、天皇や貴族たちが見ている前で、二人の術比べ勝負が行われます。
 その結果は、晴明の圧勝でした。
 敗北した道満は、晴明の弟子となり、晴明の家に住み込むことになりました。





 その後も晴明は出世の階段を上り、ある時「さらに陰陽道を極めるために入唐せよ」という天皇の命令により、唐へ渡ることになりました。
 その間、妻の梨花と弟子となった道満に留守を預けました。

 唐の国で晴明は、伯道上人という仙人に弟子入りしました。
 伯道上人とは、文殊菩薩から天地陰陽五行の原理を教わり、悟りを開いて神通力を身につけたという偉大な仙人でした。
 あらゆる占星術や加持祈祷などあらゆる秘術を記した160巻もの書物を記して、殷周革命や『封神演義』で有名な太公望や、張良など、歴史に名を残した賢者・英雄にも伝えたという、大賢者でもありました。
 その大仙人に弟子入りした晴明には毎日、水汲み、萱刈り、木の伐り出しなどに加えて、「夜は深い谷に差し出た岩の上で寝かせられる」などの厳しい修行が三年間課せられました。





 伯道上人は、晴明の身の丈にあった文殊菩薩像を作りました。
 晴明の伐った材木で文殊堂を建て、その屋根に晴明の刈った萱をふきました。
 そして堂内に晴明を招き、『金烏玉兎集』を授けて、奥義を伝えました。
 帰国の際に上人は、晴明に三つの戒めを言い渡しました。

「一つめは、妻に決して心を許してはいけない。
 二つめは、大酒をしてはならない。
 三つめは、片口の議論(一方的に論じ、あとにひくことのできなくなるようないい加減な議論)をしてはならない。
 おまえは一生のうち、この三つの戒めを守ったならば、将来も良いだろう。だがこれに背いたならば、必ず災難が降りかかるであろう」





 こうして晴明は帰国したのち、さらに偉大な力を得て、業績を残しました。
 しかしこの時、晴明は気付いていませんでした。
 弟子となった道満が、かつて晴明との術比べに敗れたことを未だに恨んでいたことを。
 自分が留守にしていた間に、妻の梨花と道満は、不義の関係……つまり、今で言う不倫の関係になっていたことを。
 そして道満と梨花が共謀して、晴明を葬り、自分たちがとって代わろうと企んでいたことを。

 道満は梨花に、晴明が伯道上人から授かった『金烏玉兎集』と、幼い頃に晴明が学んだ吉備真備の書物とを密かに持ち出させました。
 そして全て写し取ることに成功しました。



 

 宮中で行われた宴に、晴明がつい酒を飲みすぎて帰った晩のことでした。
 酔った晴明に道満は語りました。
「私は去る夜の夢に、唐の国の五体山に詣でて、文殊菩薩にお目にかかり、秘術書を授かりました。目が覚めたら、その書が枕元にありました」
 「おまえのような奴に、そんなことがあるわけないだろう」と晴明が否定すると、道満もさらに反論。その言い争いはエスカレートして、そのあまりに晴明は、
 「おまえの話が本当ならば、その書を見せてみろ。本物ならば首を差し出してもいい」
などと言ってしまいました。
 すると道満は、梨花の手引きで密かに写し取った清明の秘術書を取り出し、反論できなくなった清明の首をただちに刎ねてしまいました。
 道満は清明の遺体を五条河原の東の岸に埋めました。





 その頃唐の伯道上人のもとでは、上人が生命に奥義を授けた際に築いた文殊堂が、突然火を噴きました。
 「清明の身に何かあったに違いない」と異変を察した上人は、東の海を見て死気を感じ取り、術を使って清明の死を確信しました。
 ただちに日本へ渡った上人は、一条戻り橋で人から「清明は、弟子の道満との言い争いがもとで首を刎ねられ、五条河原の岸に埋められた」ということを聞きました。





 上人は晴明が葬られたという塚を探し出して、掘り返しました。
 晴明の遺体は、十二の大骨、三百六十もの小骨がみなバラバラで、皮、肉なども全て爛れて流れていたというひどい状態でした。
 しかし上人は、それらを全て一箇所に集めて、「生活続命(しょうかつぞくめい)の法」という術を使って、晴明を生前の姿そのままに完全に蘇生させました。
 晴明は、生き返らせてくれた師匠に両手を合わせて感謝し、喜びました。
 上人は、だいたいの事情を知りつつも、あえて晴明からこのような事態になったいきさつを尋ねました。
 そして、晴明を叱りつけました。
「わしはおまえに、三つの戒めを与えたはずだ。女に心を許してはいけないと言ったのに、梨花の容貌のいいのに溺れて、心を許し、不義も見抜けなかった。大酒を戒めたのに、酒によって正気を失い、片口の議論をしてはならないと言ったのに、道満の策にはまり、一方的な言い争いをしたあげくに命を失った」
 晴明がひと言も言い返せなかったのは言うまでもないでしょう。





 伯道上人と晴明は、道満と梨花のものになった館に向かいました。
 上人だけが家の中に入り、「晴明殿にお会いしたい」と申し出ると、道満は「晴明は去年に死んだ」と返答しました。
 上人が「昨夜晴明と会った」と反論すると、道満は「そんなはずはない」と言い返し、ついには上人と道満が、「晴明が本当に生きているか、死んでいるか」で互いの生命をかけるというところまで言い争いはエスカレートしてしまいました。
 そこへ隠れていた清明が現れ、ただちに道満の首を刎ね、続いて道満と共謀して晴明を裏切った梨花の首をも刎ねました。

 晴明は、伯道上人に深く感謝をしました。
 その後晴明は、宮中に復帰し、以後も活躍を続けました。





 道満と梨花の遺体はその後、晴明が埋められたのと同じ塚に葬られました。
 しかしその塚は、時代の移り変わりとともに、川の流れも変わって全て崩れて流れ、今では深い淵の底に沈んでしまった……と、『安倍晴明物語』は伝えています。

 現在では、すっかり整備され、市民の生活や憩いの場となっている京都・鴨川の松原周辺の河原(かつての五条河原)。
 中州や葦原もでき、水鳥なども棲むこの川の底に、かつて大陰陽師・安倍晴明が埋められ、その宿敵・道満と裏切りの妻・梨花が今でも眠っているかもしれない……。
 普段は見慣れた光景も、そのような伝説を知った上では、また違って見えて面白いかと思います。





 また、今回紹介しました『安倍晴明物語』のエピソードは、数ある安倍晴明伝説の中でも、特に面白いもののひとつだと思います。

 一般的には、「常人を超越した境地に達した大賢者・陰陽師」というイメージのある安部晴明です。
 しかしこの話では、「師匠の注意を聞かなかったばかりに、大失敗して自ら墓穴を掘り、厳しく叱られる」という何とも情けない、そして人間くさい晴明像が描かれています。

 特に、妻の裏切りによって生命を奪われるところなどは、アーサー王伝説の大魔術師マーリンの最期を思い出してしまいました。
 アーサー王を導き、支え続けてきた偉大な賢者・魔術師も、自分が愛した恋人である湖の妖精・ビビアンによって、しかも自分自身が教えた魔法によって「永遠に魔法の塔に幽閉される」という最期をむかえています。
 晴明やマーリンだけでなく、女の裏切りによって身を滅ぼしたり、大ピンチに陥ったりした賢者や英雄の話は、古今東西の歴史や伝説にたくさん見かけます。
 いかに優れた賢者・英雄といえども、女には弱かった。惚れた弱みには勝てなかった、ということでしょうか……。
 
 一面、ほほえましくもあるかもしれませんが、私自身も一応は男の一人として、何だか哀しくもなってきます(苦笑)。



 それでは、長くなりましたが、今回はこれにて。
 また次回!



*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm





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