手話通訳者のブログ

田舎の登録手話通訳者のブログです。

手話通訳者の立ち位置

2016-04-29 08:44:54 | 手話
主催者側からの手話通訳者派遣申請の場合、特に迷い等は経験していない。

参加者側(聴覚障害者側)からの申請の場合、どうするか。
まず現地で、申請者に合う。
そして、尋ねる。

どこにいればいいですか?
今日の講習会はプロジェクターを使って、資料や写真などを受講生に見てもらいながら、講義を進めるそうです。
講師が口頭で説明している場合、図や写真のどの部分を説明しているのか、通訳者がプロジェクターの横にいれば、該当部分を指し示してお知らせすることができます。
近くの席に座って通訳することもできます。通訳者が近くにいる場合、受講者一人一人に配布されている資料についての説明の際、手元で該当部分を指し示すことができる、という利点があります。

反応は百人十色。
講師の横に立って欲しい、という人。
隣の席に座って欲しい、という人。

通訳現場で、手話通訳者Aさんに叱られたことがある。
「手話通訳者は、講師の横に立ちます。覚えておいてください。通訳者が客席に座るのは間違いです。申請者の希望を聞く必要はありません。」


-----<次回に続く>-----

手話通訳の現場から/広域派遣

2016-04-27 12:38:50 | 手話
手話通訳者派遣制度は市町村が行っている。
従って、当該市町村以外(例えば隣町)への派遣は、断られてしまうことが多い。
高松市で手話通訳者派遣に関する裁判があったことをご存知の方もおられるだろう。
この裁判が始まってから、「広域派遣」という言葉をよく耳にするようになった。
文字通り、手話通訳者派遣制度実施主体である市町村内に止まらず、広い範囲に手話通訳者を派遣することである。
市町村の境界線を越えると、行政上、現地市町村の管轄となってしまう。
だから、地方行政の壁を越えるためにも、手話言語法という法律が必要なのだ。
ただし、手話言語法がなければ何もできないわけではない。
実際、わしらの地域でも広域派遣は始まっている。

地元でも長年、問題視されてきた。
四半世紀前は、市外への派遣はしてもらえなかった。
数十年の時を経て、地元ろう協の要望を受け、少しずつ、条件付で認められるようになった。
条件とは・・・
「手話通訳者の交通費のうち、市外の交通費は、申請者個人が負担する」
これが、ものすごく抵抗があった。
通訳終了後、申請者さんに、市外分交通費を請求して、現金でもらうのだ。

おかしいやんか。ケチくさいこと言わんと、市の予算から出してやらんかい!

ずっと、そう言ってきた。
ようやく、本当に、ようやく、派遣者が、
「市外への派遣も申請者負担なしで対応します」
と言ってくれた。2014年の秋であった。
まだまだ、周知されていない。派遣者は、制度利用者が急に増えることを懸念しているらしく、周知するどころか、隠しているように見える。残念なことや。



手話の勉強は楽しいですか?

2016-04-26 08:25:37 | 手話
学び始めた頃は、楽しかったなあ。
聾者のKと親しくなって、筆談で話をしていた頃。
Kと話をするために、いつもメモ用紙を持ち歩いていた。
手話の勉強を始めてから、筆談用メモ用紙はだんだん減っていって、いつしか、全くいらなくなった。


俺は手話通訳者の世界では「長老」になってしまったけど、長老よりも先輩で、現役でバリバリ活動している方々もいる。
長老以上だから、「仙人」とでも呼ぼうか(笑)

冗談はさておき、手話の世界の第一人者たちは、もうかなりの高齢。
若い人材が育っていない。
今後が心配だ。


一般財団法人 全日本ろうあ連盟

2016-04-25 21:20:39 | 手話
http://www.jfd.or.jp/2016/04/01/pid14733

上記から抜粋させていただく。理事長の手話も見てや。

障害者差別解消法の施行に寄せて
2016年4月1日、障害者差別解消法(※1)および改正障害者雇用促進法(※2)が施行しました。
この法律の施行を私たちは歓迎するとともに、これまでさまざまな形で法制定にご尽力いただいた多くの関係者の方々に改めて敬意を表します。
障害者差別解消法では、各省庁向け「対応要領」や所管の事業者向け「対応指針」がそれぞれ作成され、改正障害者雇用促進法では、「障害者差別禁止指針」、「合理的配慮指針」が示されています。
これらの指針により、障害者を取り巻く環境はまた一歩前進することになりますが、今回示された指針等には、合理的配慮の具体例として人的支援でもある「手話通訳・要約筆記」の記載がほとんど見られません。
今後、教育や職場において障害のある人が暮らしやすい、住みやすい環境となるかどうかは、これから私たち障害のある当事者がこの法律にどれだけ意識的に関わっていけるかが重要になります。
現在、当連盟は「聴覚障害者への合理的配慮とは?」を作成中です。
この冊子を参考にしていただき、法施行後、私たち自身が、全国各地で障害者差別解消支援地域協議会へ参画し、条例を制定し、合理的配慮の事例を積み重ねていくことにより、基礎的環境整備がどのように進むかを注視していく必要があります。
「手話はいのち」です。
私たちろう者にとって、情報アクセスやコミュニケーションは、社会と私たちをつなぐ命綱です。
障害者差別解消法の存在を国民に広くアピールするとともに、他の障害者団体と連携し、障害の有無に関わらず、いつでもどこでも誰もが自由に情報を受け取ったり発信したり、コミュニケーションの方法や手段を自らの意思で自由に選択できる「情報・コミュニケーション法」や手話言語が獲得できる環境を整備する「手話言語法」の法制化を目指していきます。
※1「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下、障害者差別解消法)
※2「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律(以下、改正障害者雇用促進法)」




手話を学ぼう、と思ったきっかけは何ですか?

2016-04-22 12:45:23 | 手話
俺の場合、社会に貢献しようとか、人のために尽くそうとか、そういう立派な動機じゃなかった。
もう、ずいぶん昔のことだけど。
学生時代、同じ学部のKと友達になった。
Kは聾学校を卒業して、見事受験戦争を勝ち抜いて入学した秀才。
今でも聾学校から大学へ進学しようとすると、健聴者には想像できないほど大変だが、当時は比較にならないほど大変で、ろう学校から大学に進学する生徒は本当に珍しかった。
Kが通っていた聾学校から大学へ進学した生徒は、Kが第1号。

Kと親しくなった。
筆談で話をしていた。
親しくなればなるほど、たくさん話をする。
紙がたくさん必要になる。
書くのが、面倒になってきた。
お互いに、そう思った。
Kが卒業した聾学校は、手話は原則禁止。
今は違うようだが。
だから、Kも手話は知らなかった。
(聾学校時代、友達同士で会話する時に、聾学校特有の手話は使っていた。Kによると、この聾学校手話は仲間うちだけで通じるサインみたいなもので、語彙も極端に少なく、世間一般で認識されている手話とは全く違う、とのこと)
「一緒に手話を勉強しよう」
ということになった。

こんなきっかけだったから、手話通訳者になろう、なんて気は全くなかった。